京都市交響楽団第665回定期演奏会


   
   
2022年3月13日(日)14:30開演
京都コンサートホール大ホール

広上淳一指揮/京都市交響楽団
京響コーラス(女声)、藤村実穂子(メゾ・ソプラノ)

尾高惇忠/女声合唱曲集「春の岬に来て」から「甃のうへ」「子守歌」
マーラー/リュッケルトの詩による5つの歌曲
マーラー/交響曲第1番「巨人」

座席:S席 3階C2列23番



2008年から14年に渡って京都市交響楽団常任指揮者を務めてきた広上淳一が、最後に京響を指揮する演奏会です。2日公演の2日目で、まさに集大成の千秋楽です。
広上淳一は2008年4月に第511回定期演奏会「第12代常任指揮者就任披露演奏会」で第12代常任指揮者に就任。2014年4月からミュージック・アドヴァイザーを兼任しました。2020年4月からは、第13代常任指揮者兼芸術顧問に就任しましたが、わずか2年で退任することになりました。それでも14年間の在任は、京響史上最長です。
広上淳一は、2月3日(日)に「福知山市文化公演自主事業 20周年記念コンサート(延期公演)」(福知山市厚生会館大ホール)で、ベートーヴェンの「皇帝」(ピアノは小山実稚恵)と「英雄」で京響を指揮する予定でしたが、新型コロナウイルス感染症予防のために中止となってしまいました。昨年末の京都市交響楽団特別演奏会「第九コンサート」以来の共演です。

チケットは、2月5日の京都コンサートホール・ロームシアター京都Club会員の先行発売で購入。曲目は、マーラー「交響曲第3番」の予定で、広上にとっては首席客演指揮者を務めていたロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団以来、約20年ぶりの指揮となる予定でした。ところが、2月25日に出演者とプログラムの変更が発表されました。理由は、新型コロナウイルス感染症の影響で、京都市少年合唱団の出演が困難になったためで、少年合唱団抜きではマーラー「交響曲第3番」を演奏するのは不可能と判断されたようです。特別演奏会「第九コンサート」で京響コーラスに新兵器の扇風機が導入されて準備万端でしたが、意外な理由で曲目が変更になりました。
変更後のプログラムは上記の3曲で、マーラー「交響曲第3番」に出演する予定だった京響コーラス(女声)とメゾ・ソプラノの藤村実穂子が1曲ずつ出演。メインは、マーラー「交響曲第1番」に変更されました。ちなみに、前任の大友直人の第11代常任指揮者最後の第510回定期演奏会も、同じマーラーの「交響曲第9番」でした。
京都市交響楽団のFacebookに約5分の動画が公開され、広上は「指揮者人生の至福の時だった」「指揮者広上淳一を京都市交響楽団が育ててくれた」と話しました。

京都府には、まん延防止等重点措置が適用中で、この日の新規感染者数は1131人。春が訪れて、北山界隈は人が増えました。ホワイエには、広上淳一の巨大パネルが設置され、「広上淳一 14年間のご声援に心から感謝」とのメッセージが添えられました。また、花が置かれていて、広上淳一が指揮科教授を務める「東京音楽大学」、2014年4月から2020年3月まで常任首席客演指揮者を務めた「森三中  高関健 下野竜也」、「特別名誉友情コンサートマスター 豊嶋泰嗣」からでした。プログラムにも「退任のメッセージ」が1ページ掲載されました。「私の人生が終わるまで京響を見届け、これからも見守っていきたい」などと綴っています。写真集も1ページされました。14年前の写真は今見ると若いですね。

14:00からプレトーク。広上淳一と、京都市交響楽団の楽団長を務める門川大作京都市長が着物で登場。広上に花束を贈呈し、謝意を述べました。いったん二人とも退場。市長のお見送りのためのようで、礼儀正しい。
続いて、広上と音楽評論家の奥田佳道、演奏事業部長の川本伸治の3人が登場。広上が「セリが狭くなった」と話し、大ホールの音響改善に取り組んだことを報告しました。半円形の雛壇が客席に近づきましたが、「こうすることでホールの音響が変わる。音響の専門家にも見てもらった」とのこと。京都コンサートホール館長にふさわしいいい仕事をしました。余談ですが、第663回定期演奏会で井上道義が開館当初のオリジナルな座席配置で演奏したのは、あまり快く思っていないからかもしれません。
来年度の京都コンサートホール主催公演の「Jun'ichi's Café〜京都コンサートホール館長の音楽談義〜(全3回)」を紹介。広上がバリスタを目指して、なんと自分でコーヒーを入れるとのこと。常任指揮者を退任することについては、「肩書上はなくなるだけ」と話しました。
奥田佳道は「京響だけ素晴らしかったのでも、広上だけすばらしかったのでもなく、相乗効果を発揮した。サントリー音楽賞では「広上淳一と京都市交響楽団」で受賞したのは異例。いい音を出す共同作業はミラクルに近い」と賞賛しました。川本伸治は京響に来て9ヶ月で、その前は新日本フィルにいたとのこと。京響を車に例えて「超豪華なメルセデスベンツをいただいた。より磨き、性能のいいものにしたい」と話しました。
曲目については、広上が「マーラー3番の予定だったが、児童合唱の練習日が取れなかった。2〜3年後に演奏したい。災い転じて福となすプログラムになった」と説明。各曲については後述します。時間がなくなったようで、開演ギリギリの14:27まで話しました。

チケットは前売りで完売にはならず、当日券も発売されました(1日目も同じ)。ポディウム席は販売なしですが、ほぼ満席。開演前の客席がやたら静かで、特別な演奏会にふさわしい緊張感がありました。なお、1日目の公演は、NHKのテレビ収録があったようです。
コンサートマスターは石田泰尚(特別客演コンサートマスター)。その左に、泉原隆志(コンサートマスター)。ちなみに、会田莉凡(特別客演コンサートマスター)は札幌交響楽団の定期演奏会のため、出演しませんでした。「京都市交響楽団 東京公演」(2021.11.7 サントリーホール)では3人が揃い踏みだったので、今回も期待しましたが残念。ちなみに、石田泰尚は前週にも首席ソロ・コンサートマスターを務める神奈川フィルで「巨人」を演奏したので、2週連続の演奏となりました(2022.3.5 神奈川フィルハーモニー管弦楽団第375回定期演奏会「神奈川フィル創立50周年記念公演」 当初はマーラー「交響曲第8番「千人の交響曲」の予定」)。

プログラム1曲目は、尾高惇忠(あつただ)作曲/女声合唱曲集「春の岬に来て」から「甃(いし)のうへ」「子守歌」。合唱は京響コーラス(女声)。尾高惇忠の作品は、6月の第657回定期演奏会で、ヴァイオリン協奏曲を指揮しました。プレトークで、尾高惇忠について、広上は「一番の先生」と話しました。奥田は、尾高は広上について「こんなに味のあるピアノを弾く高校生はいないと語った」と話しましたが、広上が「その続きにオチがあって、でも来週また聴きたいとは思わないと言われた」と笑って話しました。
この作品は、もともと女性三部合唱とピアノのための作品でしたが、広上の提案で、2018年に尾高がオーケストラに編曲しました。全7曲のうちの2曲です。「甃のうへ」の作詞は三好達治。「子守歌」の作詞は立原道造。歌詞はパンフレット掲載が間に合わなかったのか、ホワイエに紙が置かれていました。
京響コーラス(女声)がポディウム席に入場。ソプラノ17、メゾ・ソプラノ19、アルト16の編成。3列に並び、1席開けて座りました。マスクをつけたまま歌います。特別演奏会「第九コンサート」で使用した扇風機はありませんでした。2曲とも優しいメロディーでオーケストラと合唱団がいいバランスでした。カーテンコールでは合唱指揮の浅井隆仁も登場。カーテンコールでは、ステージのヘリを歩きましたが、上述したようにセリが前に出て狭くなったので、客席に落ちそうでした。京響コーラスは退場。

プログラム2曲目は、マーラー作曲/リュッケルトの詩による5つの歌曲。メゾ・ソプラノ独唱は藤村実穂子。藤村は日本でのソロ公演が中止になりましたが、本公演のためにドイツから2週間の隔離を経て帰国したとのこと。プレトークで、広上は藤村を「藤村先生」と呼び、「マーラー3番なら出番がもっと短かったが、曲が変わったので長く聴ける」「祈りと愛情を込めて歌われる」と話しました。
藤村が赤いドレスで登場。譜面台があり、めくりながら歌いました。よく通る声です。約20分の作品で、1曲あたりが短い。決まった曲順はないようです。
第1曲「美しさゆえに愛するなら」はかわいらしい。第2曲「私の歌を見ないで」は室内楽的。第3曲「優しい香りを吸い込んだ」は弱奏が安定。第4曲「真夜中に」は弦楽器が休みで、ほとんどが管楽器の弱奏。中盤でトランペットが盛り上がります。第5曲「私はこの世から姿を消した」も弱奏。京響の弱奏での安定感が光りました。
カーテンコールで藤村が感極まったようです。ちなみに、藤村が参加したマーラー「交響曲第8番「千人の交響曲」」が、第64回グラミー賞の最優秀合唱パフォーマンス賞を受賞しました。

休憩後のプログラム3曲目は、マーラー作曲/交響曲第1番「巨人」。プレトークで、広上は「NHKでも放送されて、上昇気流に乗った曲」と話しました。京都市交響楽団第577回定期演奏会で聴きました。
ステージを改造した効果が大きく、たしかによく響いて、ヴァイオリンの音がよく飛んできます。第1楽章冒頭のソロの入りがあまり合わなかったのが残念。トランペットの「In sehr weiter Entfernung aufgestellt」は、下手で3名で演奏。162小節の繰り返しはあり。落ち着いたテンポで、音量を極力落とした表現で、弱奏の安定感が増しました。強奏でテンポアップしましたが、バランスが崩れません。上品で、すがすがしい。
第2楽章は、やや遅めのテンポ。50小節からのホルンのゲシュトプを強調。第3楽章は、小さな音量でよくそろっています。レベルアップした証で、まさに集大成にふさわしい正攻法の演奏です。
間をおいて第4楽章。14年間を噛みしめるようなやや遅めのテンポ。強奏でもあまり大振りしません。冒頭と木管楽器がベルアップする317小節からは泣けました。607小節からの低弦の下降音型がやや遅め。657小節からは、ホルン7+トロンボーン1+コルネット1が立奏。ずっと立ったままではなく、695小節で座りました。ラストは猛烈なアッチェレランド。

カーテンコールの後に、広上がマイクで挨拶。「昨日も今日も満席に近いお客様で感無量です」と話し、「オーケストラは、ベルリンフィルとウィーンフィルがあればいいというわけではなく、世界には歴史のある街には特色を持ったオーケストラがある。日本には味のある柔らかく優しい音を出す京響がみなさんのおかげで誕生した。メンバーの能力をいかに開花させるか、長所をどうやって伸ばすか、急ぐと失敗するので、兼ね合いが大事で、運命的なものがあった。レベルアップは瞠目すべきで、ゆっくり煮込んだシチューの煮込んだ牛肉を食べる楽しみがある。どんな指揮者やソリストが来ても対応できる。オーケストラが少しのアドバイスを真摯に受け止めたので、指揮者としてこんな幸せなことはない。長くいるという記録よりも、練習や昨日と違うことを受け取ってくれるのが楽しい。みなさんが支援していただけるからで、聴衆がいないと成り立たないので、これからも支援していただきたい。すぐれた街の文化を守っていただきたい」と語りました。広上が京響では現代音楽はほとんど指揮しなかったのは「味のある柔らかく優しい音」を作りたかったからだと納得しました。
アンコールに行こうとしましたが、「段取りを忘れてました」と謝って、退団される団員2名(第1ヴァイオリン廣瀬佳代子、チェロ古川真差男)に花束を贈呈。2名がマイクであいさつ。お二人ともなんと勤続43年とのこと。長い間お疲れさまでした。広上にも花束贈呈。団員からの記念品は、なんと肖像画。「京都市立芸術大学の赤松学長の推薦で、城愛音(じょうあやね)に描いてもらう。昨日の演奏会で広上の顔がよく見える席で聴いてもらった。これから描くので本日は目録を贈呈する」とのこと。なお、城愛音は、2019年に京都市立芸術大学大学院修士課程絵画専攻油絵を修了し、Twitter(@iue_joe)によると「作品はまだまだ制作段階ですが、また実際にお渡しする際、発表いたします」とのこと。楽しみです。

アンコールは、ふたたび尾高惇忠作曲/女声合唱曲集「春の岬に来て」から「子守歌」。京響コーラスがポディウム席に再入場。広上はウクライナ情勢に触れて「心を痛めることもある」と話し、「曲目が変わってから、たった2週間でマスターしてくれた」と謝意を述べました。2回目なので、歌詞がよく聴きとれました。17:10に終演。東京では拍手が長く続いて、指揮者だけがステージに呼び出される「一般参賀」がよく行われるそうですが、それに比べると京響の聴衆はあっさりしています。時間差退場のアナウンスがありましたが、ほとんど守られません。

広上淳一が京響を指揮する演奏会は、常任指揮者就任前を含めて、定期演奏会を11回、特別演奏会「第九コンサート」を2回、「スプリング・コンサート」を4回、「オーケストラ・ディスカバリー」を3回、「みんなのコンサート」を1回、「京都の秋音楽祭開会記念コンサート」を3回、大阪特別公演を2回、名古屋公演を1回聴きました。京都市交響楽団 at 円山公園音楽堂!や、シュトックハウゼン「グルッペン」を指揮した創立60周年記念特別演奏会も記憶に残っています。
14年間の功績は大きく、京響のレベルアップは言うまでもなく、第511回定期演奏会「第12代常任指揮者就任披露演奏会」から開演前の「プレトーク」と終演後の「レセプション」を始めたこと、第564回定期演奏会(2013年1月)から第579回(2014年5月)まで定期演奏会のチケット完売記録が続いたこと。2015年からは土日2日公演を開始したことなどが挙げられるでしょう。コロナ禍の影響で2020年度以降はレセプションが開催できなくなったのは残念です。
広上は常任指揮者を退任した後の名誉職のポジションを辞退したようですが、京都市交響楽団のホームページには「首席客演指揮者 ジョン・アクセルロッド」「桂冠指揮者 大友直人」に続いて、「指揮者 広上淳一」として名を連ねています。事実上の「名誉指揮者」の扱いでしょうか。2020年4月に就任した京都コンサートホール館長は続投します。また、日本フィルハーモニー交響楽団のフレンド・オブ・JPO(芸術顧問)(2021年9月〜)、オーケストラ・アンサンブル金沢のアドバイザー(2022年4月〜8月)、アーティスティック・リーダー(2022年9月〜)、札幌交響楽団友情指揮者(2022年4月〜)を務めます。
2022年度シーズンで、広上淳一が京都市交響楽団を指揮するのは、現時点では、大阪特別公演(2022.10.1)、第12回名古屋公演(2022.10.2)、特別演奏会「ニューイヤーコンサート」(2023.1.8)の3公演です。

なお、2020年10月にクラウドファンディングで3万円で購入した「2021年度シーズン定期演奏会全公演の指揮者・ソリストのサイン入りプログラム」の2022年分が届きました。「ニューイヤーコンサート」と、第663回(2022年1月)、第664回(2022年2月)、第665回=今回(2022年3月)の定期演奏会のプログラムの4冊で、指揮者、独奏者、独唱者のサインが書かれています。大切にします。


巨大パネル 森三中 高関健 下野竜也 特別名誉友情コンサートマスター 豊嶋泰嗣 巨大パネルと花 スロープにある広上淳一の写真

(2022.5.1記)


避難訓練コンサート 兵庫芸術文化センター管弦楽団第131回定期演奏会「インキネン シベリウス&春の祭典」