京都市交響楽団第657回定期演奏会


  2021年6月25日(金)19:00開演
京都コンサートホール大ホール

広上淳一指揮/京都市交響楽団
米元響子(ヴァイオリン)

ウェーベルン(シュウォーツ編)/緩徐楽章(弦楽合奏版)
尾高惇忠/ヴァイオリン協奏曲[世界初演]
グリーグ/「ペール・ギュント」組曲第1番、第2番

座席:S席 3階C1列19番



京都市交響楽団の第657回定期演奏会に行きました。指揮は、第13代常任指揮者兼芸術顧問を務める広上淳一。先月の第656回定期演奏会(鈴木優人指揮)は無観客ライブ配信となりました。また、広上が指揮する予定だった大阪特別公演(2021.6.5 ザ・シンフォニーホール)は新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言の延長及び大阪府の要請に従い、2年連続で中止になってしまいました。本公演が無事に開催できて本当によかったです。

本公演は5月からチケットの発売が開始される予定でしたが、3回目の緊急事態宣言の延長を受けて、発売が延期になりました。開催が危ぶまれましたが、6月5日から発売が開始されました。今年度の定期演奏会は、2020年度京響友の会会員先行発売→京都コンサートホール・ロームシアター京都Club会員先行発売→一般発売の順でチケットが発売されますが、今回は演奏会開催までの間隔が短いためか、先行発売はなく、全席が一斉発売でした。また、座席の100%で発売されました。6月21日に緊急事態宣言が解除され、まん延防止等重点措置に移行しましたが、京都コンサートホールは6月1日から利用が再開されました。

今回はひさびさに当日券と学生券も発売されました(ただし、後半券の発売はなし)。消毒して、カメラで検温、チケットは自分で半券を切ってケースに入れ、テーブルに置かれたプログラムを自分で取ります。ホワイエに、本公演はNHKが収録していて、放送日は未定との掲示がありました。ホール内にカメラはなかったので、ラジオの収録でしょうか。

18:30からプレトーク。広上淳一と、聞き手として音楽評論家の奥田佳道が登場。奥田佳道は広上淳一とは長い付き合いとのこと。マスクをして話しました。話題はプログラム2曲目の世界初演の尾高惇忠作曲/ヴァイオリン協奏曲の話がほとんどでした。詳細は後述します。広上淳一は「今回の曲目は、感謝の気持ちでプログラミングした」と話しました。広上淳一はもっと話したかったようですが、15分で終了しました。雨模様だったこともあり、この時点でホールに着いた人は少なく、200人くらいでした。

客の入りは少なく、2割ほど。第465回定期演奏会よりも少なく、これまで京都コンサートホール大ホールで聴いた演奏会で過去最少かもしれません。
オーケストラは通常配置に戻りました。コンサートマスターは石田泰尚(特別客演コンサートマスター)。隣に泉原隆志(コンサートマスター)が座りました。第2ヴァイオリン客演首席奏者に直江智沙子(神奈川フィルハーモニー管弦楽団第2ヴァイオリン首席奏者)が特別演奏会「ニューイヤーコンサート」に続いて出演しました。また、あまり出演されないソロ首席ヴィオラ奏者の店村眞積を本当に久々にお見かけしました。団員は入退場時はマスク着用で、演奏中は外す人もいました。

プログラム1曲目は、ウェーベルン作曲(シュウォーツ編)/緩徐楽章(弦楽合奏版)。1905年に「弦楽四重奏のための緩徐楽章」として作曲され、アメリカの指揮者のジェラード・シュウォーツが弦楽合奏版に編曲して、1982年に初演されました。弦楽器のみの演奏ですが、大編成で50人での演奏。シェーンベルク「浄夜」に似た響きで、ウェーベルンの作品だとは気づかないでしょう。広上はメガネをかけて指揮。

プログラム2曲目は、尾高惇忠(あつただ)作曲/ヴァイオリン協奏曲。本公演が世界初演です。
尾高惇忠は2021年2月16日に76歳で亡くなりました。広上は尾高惇忠の愛弟子で、プログラムに寄せた広上のメッセージによると、亡くなられる3日前にも長電話をしていたとのこと。「私は“尾高先生に作ってもらった作品”なのだと言っても過言ではありません」と綴っています。なお、広上淳一は日本フィルハーモニー交響楽団を指揮した「尾高惇忠:管弦楽作品集」が3月にストリーミングで配信され、5月にはNHK交響楽団を指揮して、交響曲「交響曲〜時の彼方へ〜」を演奏しました。

奥田佳道によると、惇忠が亡くなった2月16日は、父の尾高尚忠(ひさただ)(新交響楽団(NHK交響楽団の前身)専任指揮者)と同じ命日とのこと。このヴァイオリン協奏曲は2020年5月に作曲されましたが、尾高惇忠が亡くなる前にプログラミングされていました。奇しくもこの作品が遺作となってしまいましたが、京都市交響楽団のInstagramに掲載された広上淳一の動画によると、京都に来るのを楽しみにしていたとのこと。なお、尾高忠明は尾高惇忠の弟です。
プレトークで、広上は「惇忠先生とは16歳の高校生の時に出会った」と出会いを振り返りました。奥田佳道は、尾高惇忠の広上の印象について「全然言うことを聞かない奴だったが、なんとも味のあるピアノを弾く高校生だった」と紹介。惇忠の作品数が少ないことについて、広上は「高いレベルに向かって戦っておられた。音楽を純粋に愛する方だった」と偲びました。奥田は「今日来られた方は、音楽史の証言者になる」と語りました。作品について、奥田は「美しい現代音楽」、広上は「札がそぎ落とされて美しい。簡潔でダラダラ長くない。初めて聴いても分かりやすい」と説明しました。

ヴァイオリン独奏は、米元響子。米元は広上淳一がまだ常任指揮者に就任する前の第467回定期演奏会で、演奏したチャイコフスキーが印象に残っています。広上淳一によると、尊敬するボリス・ベルキンの高弟とのこと。現在は、オランダのマーストリヒト音楽院で教授を務めています。奥田によると、米元は本日が誕生日とのこと。米元がグレーのドレスで登場。譜面台を置いて演奏しました。
3つの楽章からなります。広上がプレトークで話したように、確かにムダがなく純度が高い作品で、演奏にはオーケストラもヴァイオリン独奏も繊細さが要求されます。曲想の切り替わりが激しいのも特徴です。第1楽章「十分に生き生きと」は冒頭から、シロフォン、チェレスタ、ジュ・ドゥ・タンブルなど打楽器が活躍します(打楽器奏者が7人必要です)。プログラムの柴辻純子の解説では「発火するような開始」と表現しています。一つの楽器が長く演奏することはなく、いろいろな楽器が断片をつなぎ合わせて受け継いでいきます。打楽器もその隙間に入ります。途中のカデンツァは、シベリウスのヴァイオリン協奏曲のようなメロディーがありました。同じ音が続いて昇天しそうになったところで、ティンパニの一撃で終わります。第2楽章「アンダンテ・コン・モート」は、米元がギターを弾くようにヴァイオリンを持ち方でピツィカート。オーケストラは弱奏で、同じテーマを繰り返します。第3楽章「十分に生き生きと」は変拍子。ヴァイオリン独奏とチェレスタの掛け合いが珍しい。米元は丁寧な演奏でこの作品の独奏者にふさわしい。
演奏後は広上がスコアを掲げました。客席の照明が明るくなり、1階席に座っていた女性が立ち上がりました。おそらく惇忠の奥様の尾高綾子(声楽家)でしょう。
ユニークな作品で楽しめました。多くの打楽器奏者が必要なので、演奏される機会は多くないかもしれません。なお、京都市交響楽団のTwitterによると、演奏後に誕生日の米元にバースデーケーキが贈呈されたようです。

休憩後のプログラム3曲目は、グリーグ作曲/「ペール・ギュント」組曲第1番、第2番。広上淳一は、Instagramの動画で「何かあったときの、お祈りをするようなときに、ここぞというときに私のキャラクターを知ってもらったときに演奏する。京響と私の真価が問われる」と語っています。第1番第1曲の「朝」は速めのテンポ。すがすがしい演奏で、ステージの照明が明るくなったようでした。装飾音の扱いが独特です。第2曲「オーセの死」は気品のある音。センチュリー豊中名曲シリーズVol.17を指揮した川瀬賢太郎のほうがアーティキュレーションがはっきりしていました。第3曲「アニトラの踊り」もやや速め。第4曲「山の魔王の宮殿で」も速めのテンポではじまりました。Piu vivoからはヴァイオリンがかなりがんばって弾かないとメロディーが聴こえません。
そのまま続けて組曲第2番へ。第1曲「イングリッドの嘆き」のようなシンフォニックで歌える曲が京響は得意です。第2曲「アラビアの踊り」は、打楽器の歯切れがいい。オーケストラは完成されたサウンドで華やか。第3曲「ペール・ギュントの帰郷」から休みなく第4曲「ソルヴェイグの歌」へ。広上淳一は「ソルヴェイグの歌」は指揮棒なしで指揮。Allegretto tranquillamente(25小節〜、56小節〜)はゆっくりしたテンポ。心に染み入ります。この演奏が退任コンサートの最後の演奏だったら、みんな涙だったでしょう。

広上が長めの挨拶。「コロナがまだ落ち着かない中、お越しいただきありがとうございました。今日は縁のある曲をプログラムにしたが、縁を楽しめた。ハイティンク先生は「オーケストラが俺を育てた」と言っていたが、私は京響に育ててもらった指揮者」としみじみと語りました。

アンコールは佐藤直紀作曲/NHK大河ドラマ「青天を衝け」メインテーマを演奏。広上は「佐藤直紀は私の教え子。ドラマでは尾高忠明先生がN響を指揮しておられる」と語り、ドラマに出てくる尾高惇忠(じゅんちゅう)が、その後、富岡製糸場の初代工場長を務めたことなども説明しました。尾高忠明は尾高惇忠(じゅんちゅう)のひ孫にあたるようです。
最近の大河ドラマは観ていないので初めて聴きました。同じ佐藤直紀の作曲でも「龍馬伝」とは違って、ガンガン鳴る曲ではなく、はじめと終わりはしっとりした曲です。広上淳一は大河ドラマの音楽が大好きで、京都市交響楽団スプリング・コンサートではメインプログラムになりました。
終演後は規制退場が行なわれました。

今年度末で退任する広上淳一が今年度の定期演奏会を指揮するのは2回しかなく、次回は、ラストの第665回定期演奏会(2022.3.12&13)のマーラー「交響曲第3番」を残すだけとなりました。今回はいわゆる「ラス2」の定期演奏会だった割には、客の入りが少なくて残念でした。定期会員を今年度はなくした影響は大きいかもしれません。

なお、広上淳一は、翌週の「オーケストラ・ディスカバリー2021「発見!もっとオーケストラ!!」第1回 オーケストラの一日大解剖!!」(2021.7.4)も指揮する予定でしたが、「諸般の事情」により、喜古恵理香(きこえりか)に交代しました。喜古は広上淳一などに師事し、京都市ジュニアオーケストラでアシスタントコンダクターを務めた経験があるとのこと。諸般の事情の詳細が気になりますが、広上の健康問題ではないようです。

来月の第658回定期演奏会(2021.7.18-19)は、ひさびさの2日公演です。新型コロナウイルス感染症拡大防止のための入国制限の影響等により、指揮者がパスカル・ロフェから大植英次に変更になりました。お客さんはたくさん集まるでしょうか。

(2021.7.3記)


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