京都市交響楽団第678回定期演奏会


  2023年5月20日(土)14:30開演
京都コンサートホール大ホール

井上道義指揮/京都市交響楽団
京響コーラス(女声)

ラヴェル/「ダフニスとクロエ」組曲第2番
ドビュッシー/夜想曲
武満徹/地平線のドーリア
ドビュッシー/交響詩「海」

座席:S席 3階C2列14番



2024年12月での引退を表明した井上道義が、京都市交響楽団を指揮しました。井上は2021年12月にブログ「Blog ~道義より~」で引退を表明しましたが、本当なのか論議を呼んでいましたが、ついにプログラムのプロフィールにも「2024年12月での指揮活動引退を公表している」と記載されました。今年で76歳で、引退まであと1年半なので、これからの演奏会は貴重です。
本公演はフランス音楽のプログラムですが、井上が指揮するフランス音楽を聴くのは今回が初めてでした。井上が京響を指揮するのは、第663回定期演奏会以来です。たまたまですが、今月から3ヶ月連続で井上指揮の演奏会を聴きに行きます。
 
井上道義は、今年1月に自作のミュージカルオペラ「A Way from Surrender ~降福からの道~」を新日本フィルを指揮して初演しました。クラウドファンディングが実施されて、私も支援しました(詳細は後述)。また、本公演の前週には、名古屋フィルを指揮して、円形配置のクセナキス「ノモス・ガンマ」(京都市交響楽団第516回定期演奏会でも演奏した)とラヴェル「ボレロ」を指揮しました(2023.5.12-13 第512回定期演奏会〈継承されざる個性〉、2日間とも全席完売)。
 
本公演のチケットは、今年から入会した定期会員の「セレクト・セット会員(Sセット)」では発売日の3日前に購入できました。クーポンIDと会員番号を入力してオンライン購入。チケット引取方法は、チケットれすQ(電子チケット)のみで、紙のチケットは発券されないのが少し残念。スマートフォンで取得した「入場用QRコード」をスキャンして入場します。QRコードの下に「入場操作(係員用)」というボタンも表示されますが、入場時に操作はされませんでした。チケットは2日前に全席完売しました。
 
5月8日から新型コロナウイルスの感染症法上の位置付けが2類から5類に移行されて、京都コンサートホールもついに検温のカメラがなくなりました。
 
プレトークは、いつもは14:00からですが、この日は14:10からとのアナウンスがありました。井上は「じじいなので座ってやる」とコンサートマスターの椅子に座って話しました(途中で立ち上がりました)。「京響の定期を振るときはいつも雨か雪だったが、今日は晴れた。俺の力が弱くなった 」と自虐的に話しました。「今日はオールフレンチプログラム。京響に合うと思うが、あまりフレンチをやってない」と話しましたが、確かに広上淳一が指揮したことはありませんでしたが、後述するように他の指揮者によって演奏されています。
また、「売り切れなのに、あそこはなぜ空いているの?」と空席のポディウム席を指差しましたが、「このホールを設計した磯崎新に相談されたことがある」と話し、「オルガンを中心からずらしたのは、オルガンは唯一神で、キリスト教は正面だが、日本はよろずの神だから」と解説して、「こんなに奥行きが遠いホールは珍しい」と話しました。また、「以前は京響の演奏会をKBS京都で放映していたが、しぼんでなくなった」と嘆きましたが、「録画しといたほうがいい。今日も8カメで隠し撮りしてる」と話しました。カメラマンはいませんが、確かにパイプオルガン付近に小さなカメラは置いてありました。
「来年でやめちまおう」と引退について自ら切り出し、「理由はいろいろあって、話すと30分くらいかかるが、指揮者は自分をいかしてくれる世界だった。体力も限界で(引退は)悪いことじゃないと思った」と話しました。なお、体調については、ブログ「Blog ~道義より~」で尿路結石だったことが明かされました(詳細は後述)。
「来年はこのオーケストラを5回指揮する」と予告すると客席から拍手。「ショスタコーヴィチのコンチェルト2番、「ラ・ボエーム」をロームシアターで森山開次と一緒にやる、ブルックナーの8番もやる」と話しました。プレトークは10分で終了しましたが、スラスラではなく、少し詰まりながらのトークでした。井上は本当に体調が悪かったようで、ブログには「京都でのフレンチプロは自身の体調が滅茶苦茶で大変でした。今も家で休んでいるが、まあ大丈夫。でもブログを核エネルギーはないから後ほど・・・・。(原文ママ)」と書いたままでしたが、しばらくした後に更新されて「本番2日前に早朝30年来の持病尿路結石の痛みで突然起こされた」「帰宅して半日経ってかねてから予約してあった泌尿器科に即入院、即施術」と状況が説明されています。そんな大変な状況を感じさせなかったのはさすがプロです。
 
コンサートマスターは会田莉凡(特別客演コンサートマスター)。その隣に泉原隆志(コンサートマスター)。オーケストラの団員はマスクはほとんどしていません。指揮台はなし。オーケストラの配置は半円形の雛壇が客席に近づける広上シフトでしたが、第663回定期演奏会のプレトークでは井上は批判的に話していました。ポディウム席の販売はありませんでした。
 
プログラム1曲目は、ラヴェル作曲/「ダフニスとクロエ」組曲第2番。本公演の4曲のなかで一番いい演奏でした。現常任指揮者の沖澤のどかが京響を初めて指揮した第661回定期演奏会ではメインの曲だったので、同じ曲を取り上げたのは沖澤への対抗意識があるのかもしれません。井上の指揮は、沖澤よりも感情がこもっていて、もやっとしないで、メリハリがあります。京響も最高の演奏で応えます。次の「夜想曲」は女声合唱が加わるので、この曲でも合唱があればよかったですが、少し残念。
第1曲「夜明け」は、冒頭から弦楽器の長い音符を表情を持って聴かせました。最初のfまでで目頭が熱くなりました。第2曲「無言劇」に続いて、第3曲「全員の踊り」では第661回定期演奏会のようにオーケストラが人の声のように聴こえるようなことはありませんでしたが。熱狂的に盛り上げて、最後は客席を振り向きました。カーテンコールが2回ありましたが、井上は中央まで行くのがしんどいのか、端の方で礼。
 
プログラム2曲目は、ドビュッシー作曲/夜想曲。プレトークで井上道義は「夜想曲は夜なので、照明を使う。明るすぎる」と語りました。女声合唱が必要なので、演奏会ではめったに演奏されることはなく、演奏会で聴くのはNHK交響楽団第1635回定期公演以来でした。京響コーラスの前身の京響第九合唱団は、1995年に当時音楽監督だった井上道義が提唱して創設され、現在も「創立カペルマイスター」として名を連ねています。引退前に共演できてよかったです。
京響コーラスのメンバーが2階席下手の扉から白い服で入場。ソプラノ12名、メゾ・ソプラノ12名で、パイプオルガンの左横にあるボックスの中へ。ポディウム席で歌うと思っていたので意外でした。ボックスの中は、上に1列、下に2列で並びました。井上道義は京都市交響楽団練習風景見学のショスタコーヴィチ「レニングラード」のバンダでもボックスを使用しましたが、階段を上って上に行けることを初めて知りました。井上は指揮棒なしで指揮。
第1曲「雲」は、音符の動きがはっきり分かる演奏ですが、繊細に進めます。88小節からのコントラバスのトレモロを効かせます。弦楽器はもう少し色気があったほうがいい。
第2曲「祭り」はテンポが速い。井上の強力なリーダーシップで推し進めます。2/4拍子に変わる116小節(Modéré mais toujours très rythmé)の前では間を空けません。124小節からのトランペットのメロディーはテヌート気味に演奏。156小節から弦楽器の細かな音符が埋もれて聴こえなくて残念。I゜tempo(174小節)からはまた速い。
第3曲「海の精」は、ホールの照明が暗くなって、ボックスの足元のライトで青白い照明が点きました。白い衣装が青白く見えました。女声合唱はマスクなしで歌いました。井上道義は合唱団のマスク着用に強い拒否反応を示してきましたが、京響コーラスは昨年末の京都市交響楽団特別演奏会「第九コンサート」ではマスクをしていたので、ついにコロナ禍前に戻りました。コーラスが歌うボックスと指揮者の距離が離れていて歌いにくいのか、合唱はやや不安定。スコアの指定はソプラノ8+メゾソプラノ8=16人なので、それよりも人数が多いのでそこまで頑張らなくてもよくて、もう少し澄んだ声がふさわしいですが、がなり気味で残念。視覚的には斬新な演出でしたが、音楽的にはポディウム席で歌ったほうがよかったでしょう。 カーテンコールでは合唱指揮の福島章恭(あきやす)が1階席からステージに登場しました。福島は大阪フィルハーモニー合唱団の指揮者を務めています。
 
休憩後のプログラム3曲目は、武満徹作曲/地平線のドーリア。1966年の作曲。プレトークで井上は「ドーリアはこれを使います、後で分かります」と話して、ステージ後方を指差しましたが、何のことか分かりませんでした。この作品は17人の弦楽器奏者で演奏。舞台前方の「ハーモニック・ピッチ」と舞台後方の「エコー」に分かれます。「ハーモニック・ピッチ」の8人は、ステージ左から、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス2,チェロ、ヴィオラ、ヴァイオリン。「エコー」の9人はポディウム席で演奏しました(ヴァイオリン6、後ろにコントラバス3)。ポディウム席がある京都コンサートホールで聴くにふさわしい作品です。井上も団員と一緒に登場して、チューニングなしで演奏。照明を暗くして、上と下の奏者を浮かび上がらせました。
ドーリアとはドーリア旋法のことですが、メロディーらしい旋律はなく、不協和音もあって繊細な音楽。各奏者の音符はしっかり書き込まれていて、不思議な世界です。テンポは一定ではなく、緩急があります。各奏者の演奏レベルが高くないと無理で、今の京響で聴くべき作品でした。
ポディウム席の椅子、譜面台、コントラバスを撤去して、ステージは椅子と譜面台を復旧するのに、時間がかかりました。コントラバスをポディウム席まで持って上げるのも大変だったことでしょう。
 
プログラム4曲目は、ドビュッシー作曲/交響詩「海」京都市交響楽団第658回定期演奏会で大植英次の指揮で聴きました。井上にとっても「「ラメール」はミラノスカラ座ギドカンテルリコンクールで優勝し、キャリアを始められることになった時の曲目です。50年前。」と思い出深い曲です。
演奏は「ダフニスとクロエ」と同じスタンスで躍動感がありますが、透明感やみずみずしさには乏しい。第1楽章「海の夜明けから真昼まで」は、12小節からのトランペットソロでコントラバスのトレモロを聴かせました。第1楽章の最後は少し乱れました(井上が拍を振らなかったからでしょうか)。
第2楽章「波の戯れ」は、82小節からのヴァイオリンソロが埋もれるほど音量が大きい。187小節(en animant beaucoup)からのメロディーは絶品。199小節から対旋律のチェロを聴かせましたが、チェロはfでtrès expressif et très soutenuの指示があり、ヴァイオリンとヴィオラがmfなのでスコアに忠実な解釈と言えるでしょう。
第3楽章「風と海との対話」は、冒頭のコントラバスがいきなり大きい(スコアではppからの<>)。ゆっくりしたテンポから盛り上げます。56小節(cédez très légèrement et retrouvez peu à peu le mouvement initial)からテンポを伸縮させました。195小節から弦楽器のメロディーが全開で、Πは強めのアクセントで演奏。237小節からのトランペットとホルンのファンファーレはなし。続く245小節からピッコロを聴かせるのが井上らしい。258小節(trés sonore mais sans dureté)からの金管楽器のコラールは、あえてあまり鳴らさない態度。最後はタムタム(ドラ)を派手に鳴らしました。
 
同じフランス音楽でも沖澤と違ってグイグイ引っ張る井上道義らしい演奏でした。あと京響を5回指揮してくれるので楽しみです。
 
井上道義は、上述したように、今年1月に自作のミュージカルオペラ「A Way from Surrender ~降福からの道~」を新日本フィルを指揮して初演しました(「ミュージカルオペラ(オペラ形式)」2023.1.21 トリフォニーホール・シリーズ、「演奏会形式」2023.1.23 サントリーホール・シリーズ)。井上は総監督(指揮、脚本、作曲、演出、振付)を務めました。「降福」とは「戦後70年余りに渡る平和とその基盤の危うさを表す、井上の造語」で、オペラの主題は「人の一生に一番大切なものは何か?愛か?何に向かう愛か? 希望はどこに向かうのか?思い出とは何か?無心とは何か?」で、「父正義の一生を追悼し、結果として道義自身の存在を肯定する作品」とのこと。第一幕「絵描きの朝」、第二幕「マニラ」 、第三幕「第一幕と同じ日、同じ場所」から構成されていますが、2011年の京都市交響楽団特別演奏会「ニューイヤーコンサート」のアンコールで「間奏曲(ポルカ)」が演奏されたことがありました。主人公の絵描きのタローは井上道義自身がモデルで、タローの両親は井上道義と同じく正義とみちこです。
 
クラウドファンディング「新日本フィル50周年記念、井上道義氏渾身作のオペラを成功させたい!」が2022年5月13日から6月12日まで実施されて、目標金額300万円に対して、190名から4,657,000円が集まりました。私も1万円の「サイン入り台本コース」(サンクスカード、プログラム冊子へお名前掲載、事前オンラインレクチャー無料参加、サイン入り台本)で支援しました。プログラムには私の名前も載っています。サインは直筆ではなくコピーになってしまったのが残念。台本によると、2009年から執筆が開始されて、2020年3月26日に完成、2022年7月20日に詳細改。なお、「台本構想時の要素が残してあり、実際の上演と異なる点がある」とのこと。
 
また、井上は2023年1月に『降福からの道 欲張り指揮者のエッセイ集』を出版しました。新聞の連載記事をはじめとするさまざまな媒体に寄稿した文章を抜粋が中心で、一部に書き下ろしがありますが、引退表明後に書かれた文章はほとんどありません。本公演のプレトークで挙げられたKBS京都のテレビ放送や森山開次についても書いてあります。京都市交響楽団音楽監督・第9代常任指揮者を務めたため、京都についても多く書かれてあり、「新しい京都駅ビルはおおむね肯定する」「第九演奏会の前に演奏されていた京都市委嘱作品が1997年で休止された(廃止ではない)」「京響は確かに音楽に専念できる場であるが、戦いの場でもある」(京響の年間の予算額も書いてあり、1998年度は9億円)、「京響の音楽監督の契約は単年度契約」「京都市長選に立候補しようと考えた」などが興味深い。
若いときの写真も多く掲載されていて、チェリビダッケとのツーショットなどは貴重です。井上道義の本当の父は正義ではなく、アメリカ軍人のガーディナー中尉で、正義が亡くなった42歳のときに知ったことは、上述のミュージカルオペラの創作意欲につながるでしょう。他にも「新日本フィルの音楽監督は団員たちと上手くいかなかったから辞めた」「自作のメモリーコンクリートの解説」「自宅で飼っていたアヒルが死んだ」「バービィ・ヤールは真実のシンフォニーで、ショスタコで1曲だけ聴くならこの曲をおすすめする」(2024年2月の大阪フィル第575回定期演奏会で指揮予定)、「指揮者はなぜじじいになってまでやれるのか?疑問が解けない」「チェリさん(チェリビダッケ)はどこのオーケストラでも楽員の自発性を殺しすぎていた」「クラウディオ・アバドは恩人」「朝食のコーヒーや野菜がいいかげんなホテルは二度と泊まらない」「北朝鮮で指揮した」「東京に9つ、大阪に4つのプロオケがあるがどちらも多すぎる」「水の江瀧子の隠遁生活は僕の引退宣言に強く影響がある」など。「新日本フィル、京響、アンサンブル金沢、大フィルのことはじっくり自伝に書こうと思う」と著しており、別途自伝を執筆するようです。
 

京都コンサートホールのスロープにある井上道義の写真パネル

 

(2023.6.6記)

 

高槻城公園芸術文化劇場開館記念 ベートーヴェン「第九」演奏会 兵庫芸術文化センター管弦楽団第142回定期演奏会「井上道義 最後の火の鳥」