京都市交響楽団練習風景見学


   
      
2008年10月25日(土)13:00開演
京都コンサートホール大ホール

井上道義指揮/京都市交響楽団
ムソルグスキー(ラヴェル編)/組曲「展覧会の絵」

井上道義指揮/京都市ジュニアオーケストラと京都市交響楽団の合同
ストラヴィンスキー/幻想曲「花火」
ショスタコーヴィチ/交響曲第7番「レニングラード」より第1楽章

座席:全席自由


京都市交響楽団は毎月1回、練習風景を公開しています。今回は京都コンサートホール友の会会員を対象とした別企画で、京都コンサートホールで練習見学が行なわれました。京都コンサートホールでの京響の練習風景公開は初めての試みのようです。京都コンサートホールのホームページに見学者募集の案内が掲載されました。見学は無料で、往復ハガキで申し込みです。定員50名ということですが、運よく参加票が届きました。
翌日に京都コンサートホールで行なわれる「ミュージック・フリー」のリハーサルの見学です。「ミュージック・フリー」とは、2005年から行なわれている「座席自由」「入出場自由」の演奏会です。12:00から18:00までの6時間に、全5ステージが行なわれます。井上道義指揮の京都市交響楽団が、17:00からの「クロージング〜煌めきの彩り」でトリを務めます。曲目はムソルグスキー(ラヴェル編)作曲/組曲「展覧会の絵」。ポケットスコアを持って行きました。

練習見学は12:30開場、13:00練習開始、14:00練習終了のスケジュールでした。2階の大ホール入口で、注意事項が書かれた紙を受け取りました。13:00から14:00まで演奏中のホールの出入りは禁止とのこと。また、座席は指定された見学者席(1階席9列目から15列目までの中央ブロック)に座るようにとのことでした。見学者は40人ほどでした。
ホール内では、京都市交響楽団の団員が音出しをしていました。もちろん私服です。客席に楽器ケースを置いたり、客席に座って音出しをされている方もいました。ホールの客席で楽器を演奏する姿は見ることがないので、ちょっとびっくり。その後も、楽器を持って続々と集合してきます。また、首にネックストラップをかけたホールの裏方さんやスタッフがステージをうろうろされていました。
練習に先立って、事務長がマイクで客席の見学者にアナウンス。途中休憩が入るまで見学できること、終了後にロビーでチケットを販売することを伝えました。客席の照明が暗くなって、事務局員が指揮台の前に出て、明日のスケジュールについて団員に説明しました。コンサートマスターが立ち上がってチューニング。

井上道義が指揮台に上がりました。白の半袖Tシャツに、薄い灰色のジーンズという服装でした。指揮台の上には、赤い丸イスが置かれていました。京都市交響楽団練習風景公開で金聖響が座っていたイスと同じと思うので、おそらく練習場から持ち込んだものでしょう。見学者に向かって「好きなところに座ってください」と話しました。受付で受け取ったプリントには「指揮者 井上道義よりご挨拶」と書いてありましたが、挨拶めいた話もなく練習がスタート。井上は指揮台のイスに座ると何もしゃべらないで、いきなり指揮を始めました。
井上道義の練習の特徴は、けっこう頻繁に演奏を止めることでしょう。これまでに練習を見た高関健と金聖響よりも、指示が細かく、オーケストラへの要求が多いと言えるでしょう。もっともこの作品は組曲なので、途中で止めながら練習したほうが効果的だからかもしれません。オーケストラへの指示も、テンポや音量だけでなく、ブレス位置や音色など多岐に渡りました。団員もいくぶん緊張気味に見えました。井上道義はときには団員を笑わせる話をしました。特に音楽監督・常任指揮者を務めていた頃からの古参の団員とは気楽にコミュニケーションをとっていたようです。
冒頭の「プロムナード」は、速いテンポで指揮。「こびと」ではイスから立ち上がって指揮しました。以降も気持ちが乗ると、イスから立ち上がりました。練習番号14の7小節の3番トロンボーンとテューバに「ブレスする場所を変えません?」と指示。練習番号15からはヴァイオリンに「圧力をもうちょっと強く」。練習番号17の5小節の金管楽器は、最初の二分音符を短くして「飛び込むくらいに」と指示。珍しい解釈です。次の「プロムナード」は、終わり2小節のヴァイオリンに「もうちょっとヴィヴラートが欲しい」。「古城」は全曲の中で最も時間を多くかけて練習しました。ミスが多くて少々ご立腹。練習番号19の3小節からのファゴットとコントラバスに「同じような音色で」。サクソフォーンのソロには「もうちょっとソロっぽく」。その他、弦楽器に対して細かな音量調整。続く「プロムナード」は、練習番号33の4小節でホルンが音を外しました。井上は正確な音程を笑って歌いました。「テュイルリーの庭 遊んだあとのこどものけんか」練習番号35の1小節3拍目の跳躍は「上の音(3拍目の裏)を短く」。練習番号36のクラリネットに「クレシェンド大きめで」。「ブイドロ ポーランドの牛車」のテューバソロは、小バスをトロンボーン奏者が吹きました。井上から音程について指摘。練習番号43の1小節の小バスのfの音符をしっかり聴かせたいとのこと。メロディーが弦楽器から小バスが引き継がれるので「朝青龍! 相撲取りの気分で」「最初の一発だけでも(強く)出て」と話しました。また、見学席を振り返って「(fの音符が)聴こえてます? あれ」と問いかけて見学者の反応を見ました。「サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ」練習番号57の1小節前は「ディミヌエンドないと思っていいくらいです」。「リモージュの市場(言い争う女たち)」練習番号69は、ヴァイオリンに「前にグリッサンドがあるけど、頭は合わせる」。「カタコンブ」練習番号74の2小節のホルンに「ディミヌエンドがあるトランペットとトロンボーンに引きつられてディミヌエンドしないで」。スコアを見ると確かにホルンだけディミヌエンドがついていません。丁寧にスコアを読み込まれています。練習番号74最後のトランペットに「ミュート音聴かせて」。ppですが、細かな音楽作りです。「バーバ・ヤガーの小屋(めんどりの足の上に立つ小屋)」練習番号83のトランペットのメロディーの装飾音について、ハラルド・ナエスのために英語で「エキサイティング」などの単語を使って指示しました。井上が英語で話したのはここだけでした。練習番号94最後のタムタムが聴こえないとのことで、見学席に向かって「タムタム聴こえてます? ドラです」と話しました。スコアの指示はppですが、鳴っていることを客席に意識的に聴かせたいようです。「キエフの大門」練習番号121からのチェレスタに「チェレスタも鐘(と同じ旋律)をやって」と話しました。たぶん冗談だと思いますが、チェレスタが休みなのが気になったようです。最後の小節まで演奏しないで途中で指揮をやめて練習終了。最後の強奏は本番のお楽しみということでしょうか。

13:55に練習が終わりました。井上道義が見学席まで歩いてきて、「正式にはこれで終わりですが、いてもらってもかまいません」と話しました。音楽主幹から補足で説明があり、このあと14:45から17:00までの予定で、京都市ジュニアオーケストラのメンバーが加わって練習が行なわれるとのこと。曲目は、明日の「ミュージック・フリー」で12:00からの「オープニング〜融合、そして、爆発!」で演奏されるストラヴィンスキーとショスタコーヴィチを演奏するとのことです。このあと特に予定がなかったので、このまま居座って見学しました。ラッキー。14:45までの間は、スタッフが楽器や譜面台やイスを移動させていました。また、ひな壇が機械操作で上昇する様子を見ました。井上道義は暇なようで、ステージ上のピアノを弾いていました。
京都市ジュニアオーケストラは、京都市内に在住・通学している10歳から22歳までの青少年で構成されたオーケストラです。2005年に大友直人の指揮でデビューしました。指導者として、京都市交響楽団楽団員、広上淳一、井上道義が名を連ねています。今回のステージは、メンバー全員ではなく選抜メンバーでの演奏のようです。まだ小学生のような子供もいて、持っている楽器が大きく見えました。男女比は、女の子の方が多かったです。京都市交響楽団との合同演奏ということでしたが、大半が京都市ジュニアオーケストラのメンバーで、京都市交響楽団のメンバーは目立ちません。コンサートマスターも女の子でした。

14:45になって音出しの音が鳴り止み、明日の本番の事務連絡。それを隣で聞いていた井上は「お弁当は出ないの?」と質問して笑わせました。井上が見学席を振り向いて「だいぶ減りましたね。お客さんがちょっとだけいます」と話しました。残っていた見学者は私を含めて6人でした。演奏前に、井上道義がメンバーに、先週行ったベネズエラの話をしました。ベネズエラ・シモン・ボリバル・ユース管弦楽団では、「4歳くらいからやってる」「国じゅうやってる」「練習場はすっげえ広い」と話しました。ベネズエラの子供たちに負けないようにがんばろうという意味でしょう。
1曲目のストラヴィンスキー作曲/幻想曲「花火」の練習がスタート。まず初めに1回通して演奏しました。京都市ジュニアオーケストラの演奏を聴いたのは今回が初めてでしたが、予想以上にうまくてびっくりしました。入場料を払って聴く価値がある演奏です。通した後に井上は「後半はいいんだけど、前半が…」「最初のトランペットとホルンのソロはもう少し大きくていいです」。また、弦楽器には「クレシェンドが煮え切らない。音量が欲しい」。第2ヴァイオリンとヴィオラには「ダウンで弱くならない」。指示のあと、もう一度最初から演奏。「最初はいつ始まったのか分からないくらい(の音量)がいい」と言って、フルートに「強い」と言って、音量を抑えさせました。1回目の通し演奏は音色が不統一でしたが、2回目の演奏では解消されてまとまって聴こえました。井上にしても、指揮を止めて指示をする必要がないほどの演奏レベルでした。アマチュアとは思えないなかなかの腕前です。演奏後に井上は客席を振り返って「何かあります?」と意見を求めました。京都市ジュニアオーケストラの指導者と思われるスキンヘッドの男性からいくつかアドバイスがありました。また、客席で聴いていた京都市交響楽団首席トランペット奏者の宮村聡氏からは「塊で聴こえない」「早坂(宏明)君だけが聴こえる」とトランペットパートに手厳しいコメントを述べました。井上道義は「演奏が終わったら、上に楽器を上げましょう」と話しました。本番はどうなったでしょうか。

続いて、2曲目のショスタコーヴィチ作曲/交響曲第7番「レニングラード」より第1楽章の練習。まず、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3からなるバンダの位置を確認。演奏位置は、パイプオルガンの左横にある高い場所(井上道義は「ハコ」と呼びました)で、上段にホルン4、下段にトランペット3、トロンボーン3が並びました。また、「ホルンは(練習番号)34で入ってこれる? トランペットとトロンボーンは(練習番号41)で入ってこれる?」と入場のタイミングを指示。「そこにイスはありますか。イスはやめましょう」と話しました。さらに「(練習番号)34まで暗くしといて。(タイミングは)俺が指差す」と照明のタイミングも指示して、演出効果にも気を配っていました。また、「何であそこにはハコがあるのか」という雑談。「パイプオルガンはど真ん中にあるんだけど、ホールを設計した磯崎新が(日本的なものを意識して?)右にずらした」。「するとここ(左側)あいちゃった。どうしよう」ということで作られたようです。「日本中でも世界中にもないです」と自慢げに話しました。このホールのオープンにもかかわった井上にしか語れないエピソードでしょう。
いよいよ演奏。井上は指揮台のイスを前に置いて、立って指揮しました。まず1回通して演奏しました。うまい。ストラヴィンスキーよりも完成度が上がりました。音程も正確で表情もある。そこらへんの大学オーケストラよりもずっと上手です。京都市交響楽団員のサポートはいらないのではないかと思うほどでした。ただし、弱奏になると技術的な弱さが見えました。また、金管楽器の音色が少し汚いのが気になりましたが、許容範囲でしょうか。
通し演奏が終わると、まずバンダが入場するタイミングについて「できるかぎりギリギリがいい」と話しました。また、「緊張した感じで出て来て欲しい」と入場時の姿勢も指示しました。イスを指揮台に戻して座って、気になったところを練習です。ところどころ飛ばしながら部分的に取り出して練習しました。井上が指示したことのほとんどを1回でクリアー。井上の指示に対するオーケストラの反応がすごくいい。プロのオーケストラよりも飲み込みは早いかもしれません。また練習を重ねるたびに、オーケストラがどんどんうまくなるのがよく分かりました。すばらしい。この作品は全曲で80分近い大曲で長すぎるのであまり好きではないですが、第1楽章だけ取り出して聴くとなかなかの名曲ですね。作品の魅力を見直しました。
冒頭は「最初は戦争関係ない、日常生活」とイメージを語り、ヴァイオリンには「のびのびと弓をたくさん使って欲しい」と話しました。指揮台に、メンバーの名前が書かれた配置表が置かれているようで、井上はたまにメンバーの名前を呼んでいました。2小節3〜4拍目の跳躍は「空中に持って行ってくれる?」と話しました。また、「このホールはやわらかく聴こえちゃう。もう少しカチッとやって。十六分音符を短く」と話しました。練習番号1の4小節のピッコロに「もっと本気でクレシェンド」。ここで、ステージ袖の事務局から「井上さん、休憩させてもらったらうれしいですが」と声がかかりました。井上が「もうそんな時間か。まだいいよ」と言いつつも、「4時5分からお願いします」の事務局の声で、15:50から休憩に入りました。集中力が切れたからとかいう理由ではなく、1時間単位でコンスタントに休憩するのが京響のルールのようです。休憩のあと16:05から練習再開。練習番号6は「ここはもっとロマンティックにやって欲しい」。練習番号10の弦楽器の四分音符+八分音符のスラーは、「作曲家さんは何かひねって欲しい(と思って書いた)。「あのう」とか」とアーティキュレーションを指示。練習番号19からの小太鼓は「紙ではなく皮の音色が欲しい」。何パターンかたたかせて、井上は客席後方で聴きました。「初めて聴く人は太鼓の音に聴こえない」「どのへんでたたいていますか? 端から2センチくらい?」などと聞きました。また、3人の小太鼓は指揮者の正面で並んで演奏していましたが「3人一緒は効果的でない」と言って、左右に1人ずつ移動させました。左は第2ヴァイオリンの後ろ、右はトロンボーンの前です。また、右の奏者には、6拍目裏の十六分音符にアクセントを大げさにつけるように指示。小太鼓を目立たせるためのようです。練習番号40からのバンダホルンは、休憩中にハコの上段からポディウム席最後列(6列目)に移動させました。ハコの中では音が聴こえなかったためらしく、井上も「かっこいいです」と満足していました。通常の演奏会ではこれだけ大きな配置変更は難しいですが、「ミュージック・フリー」は座席が自由なのでポディウム席での演奏が実現できたと思われます。また、ピアノもステージ向かって左端に置かれていましたが、明日の本番では右に持ってくるとのこと。練習番号45からのタンブリンは強く叩かせました。練習番号47からのシロフォンに「一番音が出るマレットですか?」と確認して音量を要求。結果的には「シロフォンは場所が悪い」「あそこがあいてる」ということで、ステージ左からスネア2台がもともといた指揮者の正面に移動させました。練習番号49からのバンダに「弱い。聴こえない」。練習番号67は「重たさが欲しい」。練習番号69のチェロとコントラバスのボウイングのアップ・ダウンを揃えました。最後は「はい、ありがとう。オッケーです」と言って、16:40に練習が終わりました。

京響の練習よりも、おまけで見せてもらった京都市ジュニアオーケストラとの合同練習のほうが楽しめました。見学させていただいた井上氏には感謝です。ありがとうございます。リハーサル中に大胆に楽器位置を変えるなど音楽が作られていく過程を興味深く見ることができて、感銘を受けました。まさにリハーサルの醍醐味と言えるでしょう。井上道義はアイデアマンですね。引き出しの多さを実感しました。井上氏も楽しんで練習している様子が伝わりました。また、かつて音楽監督・常任指揮者としてかかわっただけあって、京都市交響楽団に対する思い入れの深さを感じました。客演ですが、厳しい態度で練習に臨んでいる姿が印象に残りました。ときには笑わせるなど、メリハリのある練習でした
それにしても、京都市ジュニアオーケストラの存在は、クラシックファンにとってはうれしい限りです。こんなにレベルの高い演奏が聴けるとは、まったく予想外でした。きっとこれからの日本のクラシック音楽界をリードする人材が育ってくれるでしょう。井上氏の練習も京響よりも手を抜いている感じはまったく受けませんでした。京都コンサートホールのホームページに掲載されている情報では、パート練習2日、合奏6日(うち井上の指揮は4日)で本番を迎えるようです。短期間でレベルの高い演奏を聴かせるところを見ると、メンバー個人のレベルがかなり高いようです。彼らは1日何時間くらい個人練習をしているのでしょうか。年に1回、定期演奏会が開かれています。京都市交響楽団のサポートを得た一大プロジェクトだと思うので、応援したいです。演奏会もぜひ一度聴きに行きたいです。
いつもの京都市交響楽団練習場と違って、京都コンサートホールでの練習は、視覚的にも聴覚的にも段違いの環境でした。またの企画をぜひお願いします。

(2008.10.28記)


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