京都市交響楽団第661回定期演奏会


  2021年10月15日(金)19:00開演
京都コンサートホール大ホール

沖澤のどか指揮/京都市交響楽団
務川慧悟(ピアノ)

ドビュッシー/牧神の午後への前奏曲
サン・サーンス/ピアノ協奏曲第2番
ラヴェル/「ダフニスとクロエ」組曲第1番、第2番

座席:S席 3階C1列20番



注目の若手指揮者、沖澤(おきさわ)のどかを初めて聴きました。1987年生まれで、2018年の東京国際音楽コンクール(指揮部門)で、女性で初めて優勝し、2019年のブザンソン国際若手指揮者コンクールでも優勝しました。

日本国内のオーケストラから引く手あまたのようで、前週には読売日本交響楽団を山田和樹(首席客演指揮者)の代役で指揮しました(2021.10.9&10 第241回土曜・日曜マチネーシリーズ)。その前には、7月に日本フィルをアレクサンダー・リープライヒの代役で指揮(2021.7.9&10 第732回東京定期演奏会)、続いて、NHK交響楽団(2021.7.25 第23回N響松山定期演奏会)を指揮しました。
一方で、新型コロナウイルスの影響で来日できなかったために、いくつかの公演で出演がキャンセルになり、6月の大阪フィルハーモニー交響楽団第549回定期演奏会(大山平一郎が代役)、9月の「OEK&仙台フィル合同公演「楽都の響」」(川瀬賢太郎(オーケストラ・アンサンブル金沢常任客演指揮者)が代役)は指揮できませんでした。そのため、本公演は沖澤が近畿圏で初めて指揮する演奏会となりました。

また、9月24日に、沖澤が2022年1月に出産予定であることが発表され、11月以降の出演を辞退。11月の「神奈川フィルハーモニー管弦楽団第373回定期演奏会」(沼尻竜典(次期音楽監督)に変更)、2022年2月の「日本フィル&サントリーホール とっておきアフタヌーンVol.18」(坂入健司郎に変更)は指揮できませんでした。妊娠中なのに、京都に来ていただけて本当にラッキーです。京都市交響楽団のTwitterによると、リハーサルは椅子に座って指揮したようです。ちなみに、ご結婚相手が誰かは発表されていません。

9月末で緊急事態宣言が解除され、この日の京都府の新規感染者数も13人と激減しました。当日券と学生券が発売されました(後半券の発売はなし)。ひさびさ(1年ぶりくらい?)にクロークやホワイエのドリンクコーナーの営業も再開しました。

18:30からプレトーク。沖澤が登場。妊婦さんだとは気づかない普通の歩き方で、ズボンではなく、スカートでした。髪型もポニーテールではなく、ハーフアップでした。「プレトークは初めてで、指揮よりも緊張する」と話しましたが、原稿なしで流暢に話しました。
京都に来たのは高校の修学旅行以来とのこと。京響を3日間指揮した印象は「音がふくよかで音色のパレットが多い」と語り、「ベルリンに住んでいて、ベルリンフィルのアシスタントを務めているが、オーケストラが人の声のように聴こえることがある。京響とラヴェルを自分で指揮して初めて体験した。本番でもお聴かせしたい」と話しました。
本日の公演のプログラムについては、「コロナ禍で人間と自然の切ってもきれない関係であることをさらに感じるようになった」とのことで、「ドビュッシーにもラヴェルにも、パンが出てくる。ドビュッシーでのパンは、オフでゆったりまどろんでいるが、ダフニスとクロエでは超能力的なものを発揮する。それは抽象的なもので、現代は何でも可視化しようとするが、音楽ははっきりさせないままでもよいと考えている」と自信の音楽論を展開。「ダフニスとクロエでのパンの登場は、地鳴りのようで、録音だと聞き取れないが、ステージの床が共鳴する。スコアを読んでいるときに床が揺れたのでびっくりしたが、本当の地震だった(10月7日に東京で震度5の地震)」と言って笑わせました。また、「芸術はartと訳されるが、形容詞のartificialは人工的なという意味で、artの反対語はnature(自然)。それを考えるとアートネイチャーはすごいネーミングだと思う」と話しました。「客席が暗くなったら裸になった気分で(いやらしい意味ではなくて)自由に音楽を受け取って欲しい」と話して、10分で終了。 初めてのプレトークとは思えないほど、話がおもしろく、メッセージ性やオチもあって笑わせました。

客の入りは7割ほど。直近の平日夜公演だった6月の第657回定期演奏会に比べるとだいぶ増えました。P席は完売でぎっしり。
コンサートマスターは、特別客演コンサートマスターの会田莉凡。その隣に泉原隆志。NHK交響楽団首席チェロ奏者の藤森亮一が、客演首席奏者として出演しました。京都のご出身なんですね。

プログラム1曲目は、ドビュッシー作曲/牧神の午後への前奏曲。音量は抑えめですが、しっかり響かせて、京響には珍しく油絵のような厚い音色でした。どの音符も平坦にならず抑揚があり、表情豊かです。ホルンの前に配置したハープ2台を目立たせました。上野博昭のフルートはいつもすばらしいですが、今日は雰囲気を作り出して、いつも以上にすばらしい音色。この作品は何回も聴いていますが、こんなに聴きどころが多く、魅力的な作品だったとは気づきませんでした。沖澤がプレトークで語ったように、 録音では聴けないようなやわらかさやふんわりした触感がありました。1曲目からすばらしい演奏で、カーテンコールが珍しく2回もありました。

プログラム2曲目は、サン・サーンス作曲/ピアノ協奏曲第2番。ピアノ独奏は、務川慧悟。沖澤はプレトークで、務川について「毎回いい意味で違う。そのときの気分やムードによって変わる曲」と話しました。務川は京都市交響楽団のTwitterへの動画で「フランスでは、バッハのように始まり、オッフェンバッハのように終わる曲と知られている」「宗教的な、シリアスな雰囲気と、ちょっとしたユーモアを表裏一体くっつけたような不思議な魅力を持った名作」と紹介していますが、うなづけます。サン=サーンスは今年没後100年を迎えました。彼のピアノ協奏曲では第5番「エジプト風」が有名ですが、この第2番のほうが演奏頻度が高いようです。初めて聴きました。
第1楽章冒頭から長いピアノソロから始まり、もっぱらメロディーはピアノ独奏が担当して、オーケストラとのかけあいが少なく、オーケストラはピアノの完全な伴奏。務川のピアノは正確なテクニックで、強奏はカチッとした勢いのある打鍵ですが、緩徐的な部分は柔らかいタッチです。第2楽章はピアノ独奏が休みなく弾きっぱなしで大変です。第3楽章の中盤で、やっと息の長いコラール風のメロディーが木管楽器に現れます。音色が融合されて神々しい。沖澤がプレトークで話した人の声に近い感覚かもしれません。この部分は、のちに作曲される「動物の謝肉祭」の「森の奥に住むかっこう」のピアノパートとよく似ています。
拍手に応えて、務川がアンコール。ラヴェル作曲/「クープランの墓」から第5曲「メヌエット」を演奏。3拍子で子守唄のような心が落ち着く演奏です 。
意外にも務川のステージマナーにあどけなさがあり、遠目では大学生のようでした。なお、第18回ショパン国際ピアノコンクールが開催中で、本公演終了後すぐに務川もワルシャワに行ったようです。フットワークが軽くてびっくり。コンクールの決勝に進出した反田恭平や小林愛実との写真が務川のTwitterに掲載されました。コンクールの結果は、反田が2位、小林が4位のダブル入賞でした。おめでとうございます。

休憩後のプログラム3曲目は、ラヴェル作曲/「ダフニスとクロエ」組曲第1番、第2番第563回定期演奏会の高関健は、硬めの音楽づくりでしたが、この日はいつもの京響では聴けない色っぽさのある音色で、楽器の生音ではないブレンドされた音色が官能的と言っても過言ではありません。プレトークで語った「抽象的でいい」という姿勢が団員からも受け入れられたのか一体感がすばらしく、とても初共演とは思えません。沖澤は指揮台を動き回ることはなく、大きな円を描くような指揮 で、派手なアクションはありませんが、丁寧な音楽づくりが後ろ姿でも分かりました。バランス感覚も見事で、聴かせたい音がはっきり分かる演奏でした。
第1組曲はほとんど演奏されないので珍しい。3曲を休みなく続けて演奏。「1.夜想曲」は冒頭の弦楽器のトレモロがあやしい雰囲気 で、鳥肌もの。上手の最上段にウインドマシーンを置きました。「2.間奏曲」では、トランペットとホルンの首席奏者が席を離れて、舞台袖へ。上手のトランペットと下手のホルンで掛け合い。「3.戦いの踊り」もキラキラと輝かしい響き。第1組曲が終わるとすぐにステージが半照に。
第2組曲も3曲を続けて演奏。「1.夜明け」で照明を徐々に明るくしました。鳥のさえずりが雄弁かつ知的。「2.無言劇」は、上野博昭のフルートソロがすばらしい。「3.全員の踊り」は、E♭クラリネットの音量が抑えめ。確かにスコアではmfからデクレシェンドの指示になっていますが、音量を抑えて吹くのは難しいのではないでしょうか。練習番号208からのクレシェンド+デクレシェンドは、4回とも音量を変えて演奏。終盤も決してうるさくないですが、ホールが熱気に包まれる演奏でした。コロナ禍でなければブラボーの嵐でしょう。機会があれば、ぜひ合唱入りで全曲を聴きたいです。自分よりもオーケストラを目立たせる謙虚なステージマナーも好感を持てました。

規制退場が行なわれましたが、半分くらいが先に席を立ってしまいました。務川のアンコール曲がホワイエやクロークのいたるところに掲示されました。スプリング・コンサートでは紙を配布していましたが、さらに密を避けるための取り組みでしょう。

これだけゾクゾクした演奏会は久しぶりでした。京都市交響楽団は澄んだ音色が魅力ですが、この日は色気のある、もやのかかったような音色でした。ありきたりな表現ですが、沖澤の魔法にかかったようでした。出産されるので、しばらく日本では聴けないでしょうが、定期的に京都市交響楽団を指揮して欲しいですし、何なら次期常任指揮者に就任していただきたいくらいです。

本日のソリストアンコール曲

(2021.10.27記)

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