京都市交響楽団第702回定期演奏会
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2025年7月19日(土)14:30開演 京都コンサートホール大ホール 高関健指揮/京都市交響楽団 カーゲル/ティンパニとオーケストラのための協奏曲 座席:S席 3階C3列25番 |
高関健がひさびさに京都市交響楽団を指揮しました。高関は2014年4月から2020年3月までの6年間、京都市交響楽団常任首席客演指揮者を務めました。第652回定期演奏会(2021.1.23&24)で、アレクサンドル・スラドコフスキー(コロナ禍による入国制限措置)の代役で指揮して以来の登場です。現在は、東京シティ・フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者、富士山静岡交響楽団首席指揮者、仙台フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者、群馬交響楽団名誉指揮者、東京藝術大学名誉教授を務めています。2023年度から常任指揮者を務める仙台フィルは、2024-25シーズンの定期演奏会(全9回×2公演)がすべて完売するなど絶好調です。
京都市交響楽団のX(@kyotosymphony)によると、本公演のリハーサルは、15日(火)から始まりました。京都市交響楽団練習場で2日間行なわれて、3日目の17日(木)から京都コンサートホールでの練習でした。
2日公演の2日目に行きました。チケットは全席完売でした。なお、前日の金曜夜の公演は当日券が発売されました。開場前に1階の前田珈琲京都コンサートホール店でランチ。いつの間にかクレジットカードでの支払いが可能になっていました。なお、営業が軌道に乗ったのか、8月から土日祝は10:00~17:00は常時営業を開始します。
チケットは、京響友の会「チケット会員」の「セレクト・セット会員(Sセット)」の「クーポンID」を使用しました。本公演は2人で聴きに行ったので、4月の第699回定期演奏会と6月の第701回定期演奏会と合わせて、早くも4枚のクーポンを使い切ってしまいました。
なお、京都市交響楽団ホームページに7月19日に掲載された「第701回演奏会における公演中のアラーム音について (御報告とお詫び)」が、ロビーにも掲示されていました。前回の第701回定期演奏会で発生したアラーム音について、「1.発生の経緯」「2.原因」「3.再発防止への取組」から構成された本格的な顛末書です。ここまで大事になるとは思いもしませんでしたが、真摯に反省しておられるので好感が持てます。
14:00からプレトーク。高関は「昨日のプレトークは滑ったので、今日は真面目にやろう」と最初に宣言。後述するように作品を丁寧に解説しました。さすが東京芸大名誉教授だけあって、知識が豊富で授業のようでした。15分で終了。
いつもと楽器配置が違いました。独奏用のティンパニは6つあって、台に乗せて指揮者の横の上手側に配置。そのため、いつもと違って、半円形の雛壇を使用せずに、指揮台やオーケストラはステージ奥に奥まって配置しました。管楽器は直線状の雛壇をステージ後方に設置して、弦楽器は平面の配置でフラットです。京都コンサートホールでの京響の演奏では大変珍しいセッティングです。弦楽器は左から、第1ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、第2ヴァイオリンの対向配置で、チェロの後ろにコントラバス。コンサートマスターは石田泰尚(ソロコンサートマスター)。その隣は泉原隆志(コンサートマスター)。ヴィオラの客演首席奏者は、トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団首席ヴィオラ奏者の東条慧(けい)。ソロ首席チェロ奏者の上村昇がひさびさにご出演。なお、7月から副首席コントラバス奏者に村田和幸(前日本センチュリー交響楽団首席コントラバス奏者)が就任しました。なお、これまで副首席コントラバス奏者を務めていた石丸美佳は6月に副首席は降りられましたが、在籍しておられます。
プログラム1曲目は、カーゲル作曲/ティンパニとオーケストラのための協奏曲。ティンパニ独奏は、京都市交響楽団首席打楽器奏者の中山航介。プログラムの解説によると、マウリシオ・カーゲル(1931~2008)はアルゼンチン生まれ。本作は1992年に作曲されましたが、1990年に作曲された「作品1991」に、ティンパニパートを付け加えた作品とのこと。単一楽章で約20分の作品です。
プレトークで高関は「シティフィルでやってる」と語ったので、いつの演奏会か調べたら、東京シティ・フィルハーモニー管弦楽団第76回ティアラこうとう定期演奏会(2024.1.27 ティアラこうとう大ホール)で、首席ティンパニ奏者の目等貴士(もくひとたかし)の独奏で演奏しました。ちなみに、それよりも前に、神奈川フィルハーモニー管弦楽団が「華麗なるコンチェルトシリーズ第23回」(2023.12.9 横浜みなとみらいホール大ホール)で、川瀬賢太郎の指揮で、首席ティンパニ奏者の篠崎史門の独奏で演奏したことが話題を呼んで、本作の知名度が一気に上がったと言えるでしょう。高関は「難しい曲だが、中山さんのテクニックがすばらしい。オーケストラも変わったことをやっていて、特殊奏法がある。プログラムの解説にあるように、1919という作品にティンパニパートを追加した作品で、ティンパニなしでも演奏できる。ドイツ留学中にカーゲルの他の作品の初演を聴いたことがある。最後だけではなく曲全体を楽しんでもらいたい」と話しました。
中山航介は第685回定期演奏会の後の「京響友の会会員イベント~沖澤のどか氏と京響メンバーによるトークショー~」で、「いつか実現したいプログラム」として本作を挙げていたので、こんなに早く実現するとはびっくりです。Webマガジン「ONTOMO」のインタビュー記事によると、本作の演奏の提案があったのはその後のようで、中山は上述のトークショーで「客席からちょっと拍手が起こったので、それを反映してくださったのかなと思いました」と語っています。
打楽器の種類が多すぎて、ステージに乗りきれていません。鉄琴がステージ下手袖にはみ出ていて、私の席からは奏者の顔が見えませんでした。なお、中山と打楽器デュオ「めをと でゅお」として活動している中山美輝も客演奏者で出演されていました。夫婦共演です。なお、雛壇の最後列の中央にティンパニが配置されていましたが、これは次のマーラーのための楽器でこの作品では使いません。
独奏ティンパニの中山は、指揮者が正面に見える配置。高関は右斜め後ろの中山を振り向かないで指揮しました。中山が演奏するティンパニは6台あって、プログラムの増田良介の解説によると、「ティンパニ5つと紙を張った第6ティンパニ」となっています。私の見間違いかもしれませんが、第6ティンパニも他の5台と同様に叩いて演奏していました。中山のX(@Kosuke_timpani)によると、第6ティンパニには、紙を2枚重ねて、色はスプレーで塗って、メーカーのマークは自分で描いたとのこと。「リアルな皮に感じていただけたなら本望です♪」と綴っていますが、本当に芸が細かくて、本公演にかける強い思いが伝わりました。
簡単に手でティンパニを触って、音程を確かめてから演奏スタート。中山は腰を屈めて格闘技のような体勢で6台を演奏しました。皮に手を置いて片手で固定したバネを叩いて揺らしたり、手で皮を直接叩いたり、ワイヤーブラシ(茶筅のような形の柔らかい素材)で叩いたり、両手にクラーベ(クラベス)を持って叩いたり、普段のティンパニでは見られないような特殊奏法が連続します。スティックで叩いたり頻繁に持ち替えがあり、リム(スティックでティンパニの胴を叩く)もありました。カデンツァではティンパニからこんな音が出るとは驚きでした。
オーケストラパートは複雑で何をやっているか分かりません。前半は弱音で神妙な響き。しっかりオーケストラのパートが書かれているので、ティンパニなしでも演奏可能というのは理解できました。なお、独奏ティンパニの他に、打楽器奏者は6人いて、はっきりした拍感を出します。チャイム(チューブラーベル)がよく使われました。
後半は、中山が左手で金色のメガホンを下に向けて持って、口に当てて歌いながら、右手でティンパニを叩きます。このメガホンは、ハープ奏者の松村衣里のX(@MieldOr8) によると、黄銅製の船舶用メガホンで、楽天市場で8,390円で売っているようです。その後は速いテンポでティンパニを連打。ペダルを踏みながら叩いて、音程を変えて緊迫感があります。最後は中山から見ると一番左(客席から見ると一番右)のティンパニに、頭から上半身ごと勢いよく突っ込みました(スコアではfffffと書かれているとのこと)。ここで大きな拍手が起こりましたが、高関が急いで指揮台を降りて、中山を救出しに行きました。もしかしたら拍手のタイミングが早かったのかもしれません。
京響の団員のSNSによると、頭を突っ込んだティンパニの中に「おめでとう」と書かれた大きな祝儀袋が入っていたようです。中には団員が1000円札を入れていたようで、SNSでは「おひねりか?」との書き込みも見られました。演奏が終わってからのビッグサプライズとはシャレていますねー。
中山はすばらしいテクニックでした。京響にこんなにすばらしいティンパニ奏者がいるのは誇らしい。高関はX(@KenTakaseki)で、「ティンパニストを2人も救出した指揮者は私だけかもしれません🚑🧐」と投稿していますが、まさにその通りでしょう。なお、中山がティンパニに頭を突っ込んだ写真が掲載された京都市交響楽団のXのポストは、わずか半日で257万回(!)も閲覧されて、5.1万いいねがつきました。「とんでもない反響で驚いております!!」と補足の投稿がありました。掲載日時点では、485万回閲覧で7.8万いいねに達しています。クラシック音楽ファン以外も関心が惹かれたということでしょう。
休憩後のプログラム2曲目は、マーラー作曲/交響曲第5番。プレトークで高関は「京響は何度も演奏していて、広上が指揮する演奏を私も聴いたことがあるので、最初の練習から込み入ったところを練習できた。マーラーは第5番から第7番が複雑で、指揮者にとっても奏者にとっても難しい。第5番は第3楽章がダブルフーガで込み入っている。要するに振りにくい。第6番はソナタ形式主義で繰り返しがある。第7番は印象主義で不思議な音を出そうとした。マーラーはベートーヴェンやシューマンの作品を指揮するときに自分で書き直した。自作も演奏するごとに書き直した。ブルックナーと違って、曲の長さは変わらないが、音色や表現を変えた。第1番、第4番、第5番は初演から何回も直した。第5番はマーラーは10回指揮した。マーラーが使用したスコアが6種類残っているが全部違う。第5番は1910~1911年が最後の手直しで、そのスコアが行方不明だが、2022年にクービック(Kubik)がパート譜をもとに編集した。最近出版されたスコアが届いたがほぼ同じだった。今日使うスコアはマーラーの意図が伝わるように自分が書き換えた。いつもよりすっきり聴こえると思っていただければ、私の書き込みは正解」と語りました。京都市交響楽団のXに掲載された動画でも「マーラーが実際に演奏したであろうという姿に少しでも迫ってみたい」と語っています。京響の演奏では、京都市交響楽団第545回定期演奏会、広上淳一指揮 京都市交響楽団兵庫公演、第27回京都の秋音楽祭開会記念コンサート 公開リハーサルで聴きました。
休憩中に前曲の独奏ティンパニは撤収されてステージ前方にスペースができましたが、オーケストラは前に出ず、奥まったままの配置で演奏しました。ステージ前方にハープ×2を第1ヴァイオリンと客席の間に配置しました(スコアの指定ではハープは1台)。ティンパニは前曲でソリストを務めた中山が担当。出ずっぱりでお疲れ様です。
演奏は響きが奥まっているように聴こえましたが、金管楽器は大健闘でいつもより聴こえました。特に首席トランペット奏者のハラルド・ナエスは抜群の安定感で、まったく音を外しません。本当にすばらしい。高関がプレトークで語ったように、確かにくっきりはっきり聴こえる演奏で、ブーレーズ並みの解像度と言うと大げさかもしれませんが、いつもの京響とは響きが違って、高関のカラーが濃い。メロディーを歌いすぎることなく、伴奏もちゃんと聴かせます。低音がよく響いて、メロディーの高音を強く演奏せずに、内声を聴かせるので、作品の構造が分かりやすい。
第1楽章の練習番号2の第1ヴァイオリンのメロディーは、スラーが切れていることが分かるように演奏。練習番号18のベルアップ(Schalltrichter auf!)はスコア通り。第2楽章は、練習番号2の前で少しパウゼ。練習番号16の5小節目からのPiù mosso subitoからは柔らかい響き。練習番号20の6小節からホルンを聴かせるのが珍しい。練習番号28の11小節からのトライアングルは、左右に分かれて2名で演奏。
第3楽章の前にチューニング。首席ホルン奏者の垣本昌芳がステージ前方に移動。石田の横で譜面台を立てて立って演奏しました。高関は後ろを振り向いてアイコンタクトを取って演奏。練習番号27の11小節からはホルン×6が音量で圧倒。ラストのPiù mosso. Sehr wild.は速めのテンポで疾走。第4楽章前にまたチューニング。この楽章は弦楽五部とハープのみで演奏されますが、オーケストラの前方に配置されたハープ×2がよく聴こえます。メロディーはたっぷり歌いません。後半はゆっくりしたテンポで盛り上げます。休みなく第5楽章へ。響きが硬くなりすぎずに、いい塩梅です。金管楽器が快調でいつもよりよく鳴ります。練習番号34からのトライアングルも左右に分かれて2名で演奏。かなり目立って、ここまで聴こえる演奏は珍しい。
16:40に終演。終演後に1階のエントランスホールで、カーゲル作曲「ティンパニとオーケストラのための協奏曲」で、中山が頭から突っ込んだティンパニが展示されました。
高関らしい選曲と演奏でした。ただし、高関はXに「GM(注:グスタフ・マーラー)は昨日とは違う展開に。自分の指揮にはまったく満足できず、機会があれば、スコアを読み直してもう一度挑戦したい。」と投稿しているので、納得できる演奏ではなかったようです。姿勢がストイックです。
楽団長の松井市長は、用務の都合で本公演のカーゲルのみを聴いたとのこと。翌日が参議院議員選挙の投票日でしたが、松井のX(@matsuikoji)によると、その後に京響新入団員歓迎会(ここ家)に顔を出したとのこと。余談ですが、翌日は、石田泰尚は「石田泰尚&菊池洋子 デュオ・リサイタル」(宗次ホール)、泉原隆志は「トリオ・スペリオールvol.5~不滅の恋人への手紙~」(あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホール)でともに本番でした。本番の連続で本当にお忙しいですね。
なお、上述したように「セレクト・セット会員(Sセット)」のチケットを使い果たしたので、もう1セット購入しようとしたら、いつの間にか受付終了(=売り切れ)になっていました。昨年はこのタイミングでもう1セット買えたので、甘く見ていました。どうしましょう…(笑)。