ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2009「バッハとヨーロッパ」


<№228>
2009年5月4日(祝・月)22:00開演
東京国際フォーラムホールB7(ケーテン)

小山実稚恵(ピアノ)

J.S.バッハ/ゴルトベルク変奏曲

座席:S席 6列42番



<№342>
2009年5月5日(祝・火)12:15開演
東京国際フォーラムホールC(ライプツィヒ)

井上道義指揮/オーケストラ・アンサンブル金沢

J.S.バッハ(ヴェーベルン編)/「音楽の捧げもの」から六声のリチェルカーレ
J.S.バッハ/ブランデンブルク協奏曲第3番
J.S.バッハ/管弦楽組曲第3番

座席:S席 2階 14列29番



<№325>
2009年5月5日(祝・火)16:45開演
東京国際フォーラムホールB7(ケーテン)

イプ・ウィンシー指揮/香港シンフォニエッタ
高木綾子(ピッコロ、フルート)、古部賢一(オーボエ)

ヴィヴァルディ/ピッコロ協奏曲
ヘンデル/オーボエ協奏曲第3番
J.S.バッハ/管弦楽組曲第2番

座席:S席 10列27番



<№356>
2009年5月5日(祝・火)19:00開演
東京国際フォーラムホールD7(ミュールハウゼン)

タチアナ・ヴァシリエヴァ(チェロ)、勅使川原三郎(ダンス)

J.S.バッハ/無伴奏チェロ組曲第1番
J.S.バッハ/無伴奏チェロ組曲第6番

座席:指定席 D列14番


「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭」が、今年もゴールデンウィークに開催されました。2005年から始まって今年で5年目です。ベートーヴェンと仲間たち(2005年)モーツァルトと仲間たち(2006年)に続いて、ひさびさに聴きに行きました。
今年のテーマは「バッハとヨーロッパ」。5月3日(日)〜5日(祝・火)の日程で開催されました。2007年の「民族のハーモニー」、2008年の「シューベルトとウィーン」はいずれも5日間だったので、今年は3日間の短縮日程での開催です。4日(祝・月)と5日(祝・火)であわせて、4公演を聴きました。ベートーヴェンと仲間たち(2005年)モーツァルトと仲間たち(2006年)で聴いた公演は、どちらも5000人を収容するホールAが会場でしたが、今回はいずれもホールA以外のホールで行なわれました。
チケットが即日で完売してしまう公演も多いので、座席を選んで購入する余裕はありません。低価格なので仕方ありませんか。3月15日の一般発売で購入しました。なお、高木綾子が出演する「?325」は一般発売前の「プリセール(先行先着順販売)」で購入しました。「プリセール」は抽選ではなく先着順で購入できますが、特別販売利用料(240円)が上乗せされます。また、ぴあから発売された「公式ガイドブック」(1000円)を購入しました。



<№228> 2009年5月4日(祝・月)22:00開演 ホールB7(ケーテン) 小山実稚恵(ピアノ)

小山実稚恵が珍しくバッハを演奏して、しかも曲目がゴルトベルク変奏曲なので聴くことにしました。小山実稚恵は「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」に5年連続で出演しています。21:00頃に東京国際フォーラムに到着しました。夜遅くなのに、人が多くてびっくり。ホールB7は、もともとは舞台や座席のないだだっ広い平面のスペースなので、このイベントのために、正面にステージを設営し、天井や左右に反響板を設置していました。左右の壁面には色とりどりの照明で「Bach is Bach!」の文字と花びらの模様が映し出されていました。収容人数は820席で、パイプイスが並べられていました。私の座席はステージ向かって右端のブロックでした。S席にしてはあまりいい席ではありませんが、ステージの位置が高くピアノは見えるので、大きな不満はありません。鍵盤や指は見えないので、左側の席のほうがよかったですね。開演前はピアノの調律が行なわれていました。

小山実稚恵が落ち着いた色のドレスで登場。ステージの照明がかなり暗く落とされました。ゴルトベルク変奏曲は不眠症を解消するために作曲されたとされていますが、この暗い照明効果の意味するところは「演奏を聴きながら寝てもいい」ということでしょう。小山は暗譜で演奏しました。反復記号はすべてスコアの指示通り繰り返しました。反復の1回目と2回目で音量や奏法を変えることなく、まったく同じように繰り返しました。冒頭のアリアから全体的に速いテンポで演奏しました。こんなに速く弾くとは予想外だったので意表を突かれました。ホールの音響はそんなに響かないので、ピアノの音がダイレクトに客席に聴こえました。小山は前曲の余韻が消えそうになってから次の曲に進むので、曲間で咳をするのもはばかられるほどです。聴衆は文字通り息を殺して聴きました。
また、演奏の構成力も評価できます。1時間を超える長い作品ですが、まとまりがある演奏でした。各変奏はともすれば主題のアリアから離れて一人歩きして現在地を見失いがちですが、小山の演奏はアリアの変奏曲であることを常に意識させました。冒頭のアリアは弱音でささやくように演奏しました。打鍵がやわらかく拍感が強くないため、バッハではなくショパンを聴いているようです。速いテンポで流れがよく、型にはまった堅苦しくない自由な表現に好感が持てました。その後変奏が進むにつれて、次第にタッチを強くして拍感を出しました。
しかし、残念なのは、ミスタッチが散見されたこと。この作品を初めて聴いた人でも分かる程度のミスがあり、中盤ではミスが連続してハラハラドキドキしました。演奏が止まってしまいそうな局面もありましたが、速いテンポの勢いで乗り切りました。こんなに夜遅くからの演奏で、本調子ではなかったのかもしれません。もしこの演奏がどこかで録音されていたとしても、小山は100%発売許可しないでしょう。それだけこの作品は技術的に難曲だということですね。技術的な完成度は低いですが、上述した構成力で聴かせる演奏でした。
第16変奏の前で少し間を開けましたが、小林道夫チェンバロ演奏会のように休憩はなく続けて演奏しました。第15変奏や第21変奏も速いテンポで大きな音量で演奏しました。第29変奏のみ反復の1回目と2回目で演奏を変えました。2回目の繰り返しは、1回目の倍速のテンポで音量を半分にして演奏しました。第30変奏もソフトなタッチで演奏。最後のアリアは、冒頭と同じです。

終盤に非常に残念なことが起こりました。ステージ裏でカチャカチャという金属音が聴こえてきました。私の席の近くだったので、かなりうるさかったです。おそらく演奏している小山にも聴こえたでしょう。少しの間なら我慢できますが、終演までずっと続きました。23:15頃にカーテンコールが終わった後に、聴衆の何人かがステージ横に駆け寄って、怒り心頭で猛クレーム。私もひどいと思ったので状況を聞いてみると、年配の舞台スタッフの1名が、明日の公演準備のため、譜面台を組み立てていたとのこと。演奏中に壁1枚しか隔たっていないステージ裏で音が出るような作業を行なったこと、その作業は演奏が終わった後でも問題なかったこと、その作業を中止させるようなスタッフが他にいなかったことについて、演奏会運営の意識が低いと感じました。終電に近い時間帯ですが30人くらいが集まり、責任者を呼んでほしいと要求。しばらくしてから事務局の責任者を名乗る人物が現れたので、再度抗議した上で、今回の事態について公式ホームページへの謝罪文の掲載と入場料の返金を求めました。事務局責任者は「このイベントを5年間続けてきたが、どこかに気の緩みがあったのかもしれない」と述べ、謝罪することを言明しましたが、返金は判断できないということで、「熱狂の日」フレンズメールマガジンで対応について知らせるとのことでした。クレームが出たことは、このイベントにコアなクラシックファンが入場していることの証拠でしょうが、チケット確保から苦労して来場しているので、主催者側も最低限のルールは守ってほしいです。通常のクラシック演奏会では考えられない人為的事故にがっかりしました。
翌日未明に、公式ホームページに以下の謝罪文が掲載されました。演奏が最後まで終わったので、返金はしないということでしょう。
5月4日(月)開催公演に対する報告とお詫び
2009/5/5(火)
5月4日(月)公演番号228の演奏中に於きまして、お客様のご鑑賞を著しく妨げる行為がありましたことをお詫び申し上げます。
同日23時ごろ、ホールB7におきまして、ピアニストの小山実稚恵さんが演奏中に、ステージ裏から、金属の異音が断続的に発生しました。舞台スタッフのひとりが翌日の公演のために折りたたみ譜面台を組み立てていたことが原因と判明しました。
主催者といたしまして、ご鑑賞の皆様に深くお詫び申し上げるとともに、演奏者の小山実稚恵さんにも事情説明とお詫びを行います。
全ホールに従事する関係者に対し、再発防止策を再確認し、皆様の期待を裏切らない公演運営で臨む所存です。

この謝罪文は7日(木)に配信された「熱狂の日」フレンズメールマガジンにも掲載され、小山実稚恵さんには公演翌日に事情説明とお詫びを行なったことが書かれました。

東京国際フォーラム ホールB7(ケーテン)案内掲示 小山実稚恵リハーサル風景のサインパネル



<№342> 2009年5月5日(祝・火)12:15開演 ホールC(ライプツィヒ) 井上道義指揮/オーケストラ・アンサンブル金沢

最終日の5日は朝から雨でした。「ラ・フォル・ジュルネ金沢「熱狂の日」音楽祭2009」でアーティスティック・プロデューサーを務める井上道義が、オーケストラ・アンサンブル金沢を引き連れて、本家「ラ・フォル・ジュルネ」に凱旋公演です。ラ・フォル・ジュルネ金沢では前日の4日まで「モーツァルトと仲間たち」というテーマで開催されていました。この公演のためのプログラムを用意して駆けつけてくれて、なんともお疲れ様です。ホールCは、1490席収容の3階構造です。クラシックの演奏会にはちょうどいい大きさでしょう。座席は2階席前方の中央で、なかなかいい席です。

プログラム1曲目は、J.S.バッハ作曲(ヴェーベルン編)/「音楽の捧げもの」から六声のリチェルカーレ。ヴェーベルンをプログラムに入れるとは、井上らしい選曲です。井上はオーケストラのメンバーと一緒に入場。楽器配置がユニークです。指揮者の周辺(指揮台はなし)に、弦楽アンサンブル(左から、ヴァイオリン2、ヴィオラ、コントラバス、チェロ)の5名を配置。その後方に左から、ハープとティンパニを配置。これらを大きく取り巻くように、その他の弦楽器と管楽器を半円形に配置しました。左から、フルート、ヴァイオリン2、オーボエ、ヴァイオリン2、コールアングレ、ヴィオラ2、クラリネット、バスクラリネット、チェロ2、コントラバス、ファゴット、トロンボーン、トランペット、ホルンの順です。ステージの壁面に沿うように、めいっぱい広がった楽器配置です。弦楽器奏者はイスに座って、管楽器奏者は立ったまま演奏しました。この楽器配置がヴェーベルンの指示なのか、井上のアイデアなのかは不明ですが、弦楽器と管楽器を混ぜて半円形に並ばせる配置は、京都市交響楽団第516回定期演奏会でのクセナキス作曲/ノモス・ガンマを思い起こさせました。
作品はやはり原曲がバッハだけあって、刺激的な和音はありません。ただ、トロンボーンやバスクラリネットなど、バッハの作品では使われない楽器の音色が新鮮に聴こえました。演奏もゆったりしたテンポで進められました。井上は指揮棒なしで指揮しました。
暗転の間に、井上が舞台袖から登場。「ご報告です。金沢では去年より多くの客に来ていただきました。オーケストラ・アンサンブル金沢はいい演奏をしつづけています」と、「ラ・フォル・ジュルネ金沢」の2年目が成功したことを話しました。

プログラム2曲目は、ブランデンブルク協奏曲第3番。当初は3曲目の予定でしたが、直前に2曲目と3曲目のプログラムを入れ替えたようです。演奏を聴きながら、途中で気がつきました。楽器配置は、指揮者の左右に、ヴァイオリンとヴィオラが3名ずつ立奏。指揮者の正面にチェロが3名。チェロの後ろに、コントラバスとチェンバロ。演奏はリズミカルですが、ちょっと音程が悪いのが気になりました。第2楽章はスコアには和音が2つ書かれているだけということで、演奏者のアドリヴにゆだねられているとのこと。今回はチェンバロソロで演奏しました。第3楽章はテンポを速めて演奏しました。

プログラム3曲目は、管弦楽組曲第3番。楽器配置は、左から、第1ヴァイオリン3、第2ヴァイオリン3、第1オーボエ、チェロ3、第2オーボエ、ヴィオラ3。チェロの後ろに、コントラバスとチェンバロ。ステージ右後方に、ティンパニとトランペット3が並びました。チェロとコントラバスとチェンバロとティンパニ以外は立奏しました。
演奏はヴァイオリンとトランペットが大きく、バランスが悪い。チェロとコントラバスがもっとがんばってほしいです。アムステルダム・バロック管弦楽団 結成30周年記念公演の演奏に比べると、精度が落ちます。有名な「エール」は弱奏を意識しすぎて、響きが貧弱。響きを押し殺しすぎて、音符が途切れがち。ホールの音響は問題なかったので、もう少し音量が大きくてもよかったでしょう。第3曲「ガヴォット」は華やか。第5曲「ジーグ」はトランペットの高音がモヤモヤしていて残念。
カーテンコールは時間の関係なのか1回だけでした。13:00に終演。

ホールC(ライプツィヒ)案内掲示 プログラム変更掲示



<№325> 2009年5月5日(祝・火)16:45開演 ホールB7(ケーテン) イプ・ウィンシー指揮/香港シンフォニエッタ 高木綾子(ピッコロ、フルート)、古部賢一(オーボエ)

高木綾子のフルートで、バッハの「ポロネーズ」と「バディネリ」が聴きたくて、上述したように「プリセール」でチケットを購入しました。手数料を払っているせいか、座席は中央のいい席でした。指揮者はイプ・ウィンシー。女性です。指揮する香港シンフォニエッタの音楽監督を務めています。
香港シンフォニエッタの編成は20名ほど。楽器配置は対向配置で、左から、第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリン。チェロの後ろにコントラバス。チェンバロは指揮者と向かい合うように正面を向いて置かれました。

プログラム1曲目は、ヴィヴァルディ作曲/ピッコロ協奏曲。ピッコロ独奏は高木綾子。鮮やかなピンクのドレスで登場しました。イプ・ウィンシーは短髪なので、女性に見えないほどです。指揮棒なしで指揮しました。オーケストラの演奏はよくまとまっていました。チェロ3とコントラバス1だけですが、低音がよく響きます。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの左右の掛け合いも楽しい。
高木綾子は譜面を見ながら演奏しました。アーティキュレーションをはっきり聴かせました。速いパッセージが連続する部分も、正確なテクニックで難なく演奏しました。

プログラム2曲目は、ヘンデル作曲/オーボエ協奏曲第3番。オーボエ独奏は古部賢一。新日本フィルハーモニー交響楽団で首席奏者を務めています。紫色のラフなシャツで登場。
この作品はヘンデル作曲とされていますが偽作とされていて、別人の作品の可能性が高いようです。4楽章構成ですが、第1楽章と第4楽章は同じでしょうか。古部も譜面を見ながら演奏。あまり大きな音ではありませんが、やわらかい音色です。香港シンフォニエッタがこの作品でもしっかり演奏しました。

プログラム3曲目は、J.S.バッハ作曲/管弦楽組曲第2番。フルート独奏は再び高木綾子。フルートがヴァイオリンに隠れてしまってほとんど聴こえないのが残念。前2曲ですばらしい演奏を聴かせた香港シンフォニエッタでしたが、この作品では反応が鈍く完成度が落ちました。
「ポロネーズ」はやや速めのテンポ。チェンバロはアムステルダム・バロック管弦楽団 結成30周年記念公演のように装飾音はなく、スコアどおりのシンプルな演奏でした。ドゥーブルでは、チェンバロとチェロがフルートを伴奏しました。「バディネリ」は、ヴァイオリンが音量を落としたのでフルートを堪能できました。高木綾子は八分音符+十六分音符+十六分音符の音型を六連符に変えて演奏するなどアドリヴを効かせました。
拍手に応えて、アンコール。イプ・ウィンシーが英語で曲目を紹介して、管弦楽組曲第2番から「バディネリ」を演奏しました。17:30に終演。
香港シンフォニエッタの好演が意外な収穫でした。よく鍛えられていて各楽器の声部がよく見えました。また聴きたいです。なお、高木綾子の公式ブログには、ピッコロとフルートの持ち替えが大変だったことが書かれています。また、高木綾子は妊娠6ヶ月とのことですが、ステージの出入りや演奏中の姿勢も変わったことがなかったので、まったく気がつきませんでした。

アンコール曲名掲示



<№356> 2009年5月5日(祝・火)19:00開演 ホールD7(ミュールハウゼン) タチアナ・ヴァシリエヴァ(チェロ)、勅使川原三郎(ダンス)

バッハとダンスの注目のコラボレーション。ロシアの若手女性チェロ奏者タチアナ・ヴァシリエヴァが演奏する無伴奏チェロ組曲をバックに、現代舞踊家の勅使川原三郎が踊ります。この作品はもともと舞曲なので、作品の本来の姿を体感させようとする試みでしょうか。ヴァシリエヴァは無伴奏チェロ組曲の全曲を録音していて、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」でも全曲演奏を行ないました。
ホールD7は222席。開場前にスタッフがハンドベルを演奏する粋な演出がありました。座席は映画館のような階段式でした。

プログラム1曲目は、無伴奏チェロ組曲第1番。ヴァシリエヴァが黒い衣装でチェロを持って登場。ステージ右のイスに座りました。譜面台はありません。ステージの照明は真っ暗で、スポットライトで照らされるだけです。1曲目の「プレリュード」はヴァシリエヴァだけで演奏。スムーズな弓さばきで、音色がやわらかい。豪快さはありませんが、力のある演奏でした。男性奏者の筆圧が高い演奏に比べて、余計な音が取れてシンプルに聴かせました。深みは足りないかもしれませんが、不満はありません。ときどき首や肩を揺らしながら演奏しました。
2曲目の「アルマンド」から勅使川原三郎が登場。黒い半袖Tシャツ、グレーの長ズボンという質素な衣装です。静かに入場してステージ左で踊りました。両足を広げたまま両腕に力を入れてゆっくり動かします。即興ではなく、事前に考えた踊りを披露しました。バッハの音楽の流れを体全体で表現しているようですが、素人が思いつかないような踊りです。喜びを表現しているにしては、動きが複雑すぎます。技巧的で難易度が高い。和風とか洋風とかいう枠組みを超えて、現代的な踊りといえるでしょう。少なくともバッハが生きていた時代にこんな踊りをした人はいないでしょう。次の「クーラント」などテンポが速い曲では、勅使川原は両腕を激しくすばやく動かしました。細かな振り付けが連続しましたが、ひとつひとつの動きがきっちり決まっています。たまにヴァシリエヴァの近くまで移動しながら踊ることがありましたが、演奏中にヴァシリエヴァと勅使川原がアイコンタクトを取ることはありませんでした。勅使川原は1曲が終わると動きを緩やかに収めて、勢いをつけて休みなく次の曲へ進みます。全6曲で1つの踊りと捉えているようです。また、曲によって、光の向きや明るさなどステージの照明を変化させました。
勅使川原は55歳ですが、体がよく動きます。身をそらしたり、渦巻きのように腕を回したり、体を回転させたり、体がとても柔らかい。たまに骨がポキポキ鳴る音が聴こえました。

プログラム2曲目は、無伴奏チェロ組曲第6番。この作品ではヴァシリエヴァと勅使川原は一緒に登場して、1曲目の「前奏曲」から共演しました。調性が変わっても大きな変化はなく、「第1番」と同じことが言えます。勅使川原は速い曲は速く動かし、遅い曲はゆっくり大きく踊ります。基本的な踊りのスタイルはワンパターンで、作品によって変化はないので、少し退屈してしまいました。勅使川原は確信を持って踊りますが、動きが複雑すぎて彼の芸術についていけなくなりました。客席の反応も賛否両論といったところでしょうか。1人でバッハを演じことは勅使川原にとって大きな挑戦だったと思いますが、彼を衝き動かしたものは何でしょうか。
勅使川原はスキンヘッドで怖そうな面持ちですが、カーテンコールはにこやかに応えていました。TVカメラで撮影されていたようなので、どこかで放送されるかもしれません。
20:00に終演。21:00東京駅発の新幹線に乗って帰路に就きました。

ホールD7(ミュールハウゼン)案内掲示 開演前のハンドベル演奏



<「バッハの素顔」展> 東京国際フォーラム相田みつを美術館第2ホール

関連イベントとして、東京国際フォーラム地下1階にある相田みつを美術館で、「「バッハの素顔」展」が開催されました。入場料は1000円ですが、有料公演の半券を提示すると800円に割り引きされました。
メインは、2008年に行なわれたJ.S.バッハの頭部の復元。頭蓋骨の模型をもとに肉付けを行なったとのこと。頭蓋骨だけで筋肉の状態が分かるところがすごいですが、CGで復元されたバッハの素顔は、いくぶんやせていて、白髪で短い頭髪は別人のようです。また、バッハの遺骨を発掘して製作されたゼフナーによる復元(1895年)も展示されていました。こちらの復元のほうが肖像画のバッハに近いです。
その他にはバッハの肖像画の複製も展示されています。最も有名なものはハウスマンが描いた肖像画(1746年)ですが、それ以外の肖像画では、あごが長かったり、太っていたり、ほっそりしていたり、印象が異なることが分かります。
問題は、会場が狭く、展示品がとても少ないこと。これで入場料800円は高すぎです。一度入場料を払えば何回でも入場できるシステムでしたが、何度も見たくなる展示品もありません。しかし、せっかくなのでカタログ(500円)を購入しました。また、この展覧会の会場でもチェンバロのミニ・コンサートが行なわれましたが、演奏中は人が多すぎて会場に入れませんでした。客を呼び込むためとはいえ、展示よりも演奏を優先させるのはどうかと思いました。

「バッハの素顔」展(相田みつを美術館)



<関連イベント>
有料公演以外にも関連イベントが多く開催されました。ベートーヴェンと仲間たち(2005年)モーツァルトと仲間たち(2006年)の頃と比べると、イベント数も増えて、内容も規模も大きく進化しました。マスタークラス(公開講習会)を聴講したかったのですが、満席とのことで断念しました。残念。講演会や映画上映会なども時間の関係で行けませんでしたが、バッハを深く知るには最適なイベントでしょう。イベントのいくつかをご紹介します。

<エリアコンサート>(丸ビル1階「マルキューブ」他)
「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」に連動して、東京国際フォーラム周辺の丸の内エリアで、無料コンサートが行なわれました。4月中旬から5月中旬までの約1ヶ月間で、なんと約350公演が行なわれます。丸ビルや新丸ビルなどの各所でバッハが演奏されるようです。東京国際フォーラムを超えて、これだけ大規模な広がりを見せるとは驚きです。私が訪れた丸ビル1階の「マルキューブ」でも行なわれていましたが、すごい人数の聴衆が演奏を聴いていました。
エリアコンサート(丸ビル1階「マルキューブ」)

<ブランデンブルク広場>(地上広場)
グッズやCDを販売する「バッハ市場」や大型ビジョンで演奏が楽しめる「ネオ屋台村スーパークラシック」に加えて、無料公演のステージ「ミュージックキオスク」が設置されました。多くの人でにぎわっていました。
ブランデンブルク広場(地上広場) バッハ市場(地上広場)

<NHK‐FMサテライトスタジオ>(地上広場レストラン「ラ メール リッシュ」内)
4日(祝)は、NHK‐FMが会場内に特設スタジオを設置して生中継。天下のNHKも注目するイベントになったようです。私が訪れたときは、演奏を終えたチェロ奏者の堤剛がインタヴューを受けていました。堤はインタビューが終わると自分で楽器を持って有楽町駅方面へ歩いて帰って行きました。演奏者が自分の楽器を持っている姿を見ることはなかなかないでしょう。
NHK‐FMサテライトスタジオ(レストラン「ラ メール リッシュ」)

<OTTAVAサテライトスタジオ>(ガラス棟ロビーギャラリー)
クラシック系インターネットラジオ「OTTAVA(オッターヴァ)」もスタジオを設けて公開生放送を行ないました。
OTTAVAサテライトスタジオ(ガラス棟ロビーギャラリー)

<リューベック広場>(展示ホール)
有料公演の半券を提示して入場します。次の有料公演まで時間が空いたときなどに、多くの人が立ち寄っていました。「リューベックコンサート」では無料公演が行なわれました。ご覧のとおり数重の人垣です。また、グッズやCDを販売する「バッハ市場」がここにも設けられていました。ベートーヴェンと仲間たち(2005年)モーツァルトと仲間たち(2006年)の頃と比べると、日本オリジナルのグッズが格段に増えました。「公式ワイン」まであってびっくり。また、協賛企業のブースも多く並んでいました。日清製粉のブースではパンの無料試食会が行なわれました。バッハとまったく関係ありませんが、自社製品のPRということでしょう。
リューベック広場(展示ホール) リューベックコンサート(展示ホール) バッハ市場(展示ホール) 日清製粉パン無料試食会(展示ホール)



<全体の感想>
とりあえず会場内に人が多すぎて疲れてしまいました。会場内で無料公演やイベントがあると、すぐに人が殺到しました。興味があって見ている人もいれば、時間つぶしという感じで見ている人も多かったように思います。関連イベントをあわせて、71万人もの人が来場したようですが、この混雑では落ち着いてクラシック音楽を楽しむ雰囲気ではないでしょう。今年は日程を3日間に短縮したことで、例年以上に人が集中したようです。主催者側は来場者が多いことを喜んでいるようですが、とにかく人数が多ければよいというものでもありません。しかし、よくこれだけの人が集まったものです。日本(東京)のクラシック音楽ファンはこんなに多かったでしょうか。だとしたら、このホームページのアクセス数ももう少し増えてほしいところです。
今年で5年目を迎えた「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」ですが、東京のゴールデンウィークの巨大イベントとしてすっかり定着した感があります。「イベント」以上に「文化」として認識されたと言っても過言ではないでしょう。経済効果もすごいようで、関連グッズの増加を見てもそれは伺えますが、スポンサーの出番も増えて少し商業主義的なイベントになった気がします。「オフィシャルカー」が展示されていたり、マクドナルドの店員がクーポン券を配っていたり。メインは演奏会だと思うので、粗相のない演奏会運営を心がけていただきたいです。

(2009.5.14記)


ガラス棟ロビーギャラリー ガラス棟ロビーギャラリー



読売日響第160回東京芸術劇場名曲シリーズ 京都市交響楽団第525回定期演奏会