兵庫芸術文化センター管弦楽団第155回定期演奏会「カーチュン・ウォン マーラー6番「悲劇的」」
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2024年11月10日(日)15:00開演 兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール カーチュン・ウォン指揮/兵庫芸術文化センター管弦楽団 マーラー/交響曲第6番「悲劇的」 座席:A席 3階3A列42番 |
カーチュン・ウォンが指揮する演奏会に初めて行きました。ウォンはシンガポール生まれで38歳。2016年に第5回グスタフ・マーラー国際指揮者コンクールにアジア人として初めて優勝しました(課題曲はマーラー「交響曲第3番」、ちなみに第1回の優勝はグスターボ・ドゥダメル)。2023年9月から日本フィルハーモニー交響楽団首席指揮者とドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団首席客演指揮者に就任しました。2024年9月からハレ管弦楽団首席指揮者兼アーティスティック・アドバイザーを務めています。ウォンがこれまでに兵庫芸術文化センター管弦楽団を指揮したのは、第119回定期演奏会(2019年11月)でマーラー「交響曲第1番」他を、特別演奏会「ザ・ブラームス」(2021年2月)でブラームス「交響曲第1番」他を、特別演奏会「ドヴォルザーク&幻想交響曲」(2021年3月)でベルリオーズ「幻想交響曲」他を、第137回定期演奏会(2022年10月)でバルトーク「管弦楽のための協奏曲」他を、第145回定期演奏会(2023年10月)でマーラー「交響曲第5番」他を指揮していて、共演は意外に多い。
ウォンは「悲劇的」を指揮するのは今回が初めてとのこと。ちなみに、首席指揮者を務める日本フィルでも「悲劇的」を演奏する予定です(2025.9.12&13 第773回東京定期演奏会)。余談ですが、兵庫県立芸術文化センター芸術監督の佐渡裕は、新日本フィルハーモニー交響楽団の音楽監督を務めていて、ウォンが首席指揮者を務める日本フィルハーモニー交響楽団とはライバル関係にありますが、関西では客演が可能なのがおもしろい。
本公演は3日公演の3日目で、兵庫芸術文化センター管弦楽団のX(@hpac_orchestra)によると、11月4日(祝・月)から練習場でリハーサルを開始しました。6日(水)からはホール練習。当日券が発売されましたが、ほぼ満席でした。
プログラムに名前が掲載されたメンバーは110名。コンサートマスターは田野倉雅秋。コアメンバーは41名。ゲスト・トップ・プレイヤー(他のオーケストラの首席奏者)は4名。スペシャル・プレイヤー(他のオーケストラの奏者)は4名。アフィリエイト・プレイヤー(芸術監督の推薦で選出)は4名、アソシエイト・プレイヤー(1年ごとにオーディションで選出)は8名、エキストラ・プレイヤーは48名でした。ゲスト・トップ・プレイヤーとして、戸上眞里(ヴァイオリン、京都市立芸術大学准教授)、上森祥平(京都市立芸術大学准教授、神奈川フィルハーモニー管弦楽団特別首席チェロ奏者)、黒川冬貴(京都市交響楽団首席コントラバス奏者)。エキストラ・プレーヤーとして、戸田雄太(京都市交響楽団オーボエ奏者)、船隈慶(大阪フィルハーモニー交響楽団首席クラリネット奏者)、中山航介(京都市交響楽団首席打楽器奏者)などが出演しました。他のオーケストラの首席奏者でもエキストラ・プレーヤーの区分で出演していて、ゲスト・トップ・プレイヤーやスペシャル・プレイヤーとの差はちょっとよく分かりません。中山航介は第2ティンパニ奏者でしたが、ほとんど出番がないからかでしょうか。
弦楽器は左から、第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリンの対向配置。コントラバスは第1ヴァイオリンの後ろ。ティンパニ×2、ハープ×2、チェレスタなど大編成ですが、第4楽章で使用するハンマーが舞台下手の後方に天守閣のような台の上に設置されていて異様な配置です。なお、ハンマーの回数はプログラムで2回と予告されました。マーラーはハンマーを叩く回数を5回→3回→2回と変えましたが、ウォンは1回目は娘アンナの死、2回目はウィーン国立歌劇場から追い出されたこと、3回目は健康状態で心臓発作と解釈しているようです。
カーチュン・ウォンが颯爽と登場。プレトークはありませんでした。この作品は、第2楽章「スケルツォ」と第3楽章「アンダンテ・モデラート」の演奏順について見解が分かれるところで、国際マーラー協会の出版譜もかつてはアンダンテ→スケルツォの順でしたが、2003年の出版譜ではアンダンテ→スケルツォの順に変更されています。本公演もアンダンテ→スケルツォの順で演奏されました。
演奏は、オーケストラの楽器が分離して聴こえるのに驚きました。このホールは天井が高くて容積が大きいので、3階席ではなかなかこのようには聴こえません。オーケストラの精度がいつも以上で、こんなに見通しよく聴こえたのは初めてでした。ウォンのタクトによってバランスが取れた機能的なオーケストラに変身して、必要以上に響きが重くなりません。ソロも高水準でした。この作品を聴いたのは初めてで、名曲かどうかは微妙ですが、名演であることは確かです。
カーチュン・ウォンは髪が短く、顔が小さい。後ろ姿は大学生かと思うほどです。立ち位置を変えずに大振りしません。指揮ぶりで緻密な設計が伝わります。ときどき両腕を左回りでラジオ体操のようにクルクルと大きく回転させて、フレーズの流れを意識させました。コンサートマスターの田野倉は、かなり前屈みになりながら大きなアクションで演奏をリードしました。舞台裏でスイス・カウベルと低音の鐘を演奏するために、打楽器奏者2名の出入りが激しい。打楽器の特殊奏法もあり、視覚的に楽しめました。
第1楽章冒頭のヴァイオリンは、スラーを強調してねっとりと演奏。77小節(Schwungvoll)からは「悲劇的」とは思えない長調のメロディーで伸びやかに歌います。打楽器奏者が下手から出ていって、下手後方の扉を開けて、198小節からスイス・カウベル(Herdenglocken)を演奏。スコアには「in Entfernung aufgestellt(遠くに置かれた)」の指示があり、兵庫芸術文化センター管弦楽団のXの写真によると、大小5つのカウベルが吊られていて、ウォンを正面から撮影したモニター映像で指揮を確認しているようです。チェレスタとのハーモニーが束の間の休息。最後のトライアングルは2人で鳴らしました。
続いて、第3楽章(アンダンテ・モデラート)。60小節からのハープ(二発)がいいアクセント。86小節からのカウベルはステージの左右で大きめに鳴らします(ここは「im Orchester」の指示があるのでスコア通り)。弦楽器は弱奏ではちょっと分離しすぎて一体感が失われがちになるのが残念。156小節付近のクライマックスで、ステージのカウベル奏者とあと二人がフィンガーシンバルのような楽器を手で持って揺らしました。これはスコアに指示がないので、ウォンの独自の解釈でしょうか。
続いて第2楽章(スケルツォ)。スケルツォは第2楽章のほうがマーラーの交響曲では自然な流れのように感じますが、交響曲第7番は第3楽章に配置されているので、一概には言えませんね。やや遅めのテンポ。353小節からの大太鼓(Grosse Trommel)は木の棒で大太鼓の縁を叩きましたが、スコアの指示通りです(Mit einem Holzstäbchen auf dem Holzrand der Trommel geschlagen)。
第4楽章の前にチューニング。第4楽章はハープとチェレスタから第1ヴァイオリンに引き継がれて全奏に。雰囲気が交響曲第2番「復活」第5楽章に似ています。テューバソロは交響曲第10番を思わせます。78小節からのハープが三味線のようなスタッカート(スコアでは「Mediator(爪で)」の指示)。96小節のティンパニ×2は、皮が破れそうなほど強打。254小節から上手の舞台裏で低音の鐘(Tiefes Glockengeläute)を叩きます。スコアには「stets in der Ferne(遠くにある)」の指示)。兵庫芸術文化センター管弦楽団のXの写真によると、3枚の鉄板をつるしてマイクで集音してスピーカーから流していたようです。258小節からのヴィオラ→第2ヴァイオリン→第1ヴァイオリンのメロディーがジャズのように軽いノリ。意外に明るい曲調で両腕をよく回します。
ハンマー1回目は336小節。上述したように、天守閣のように高い位置に配置されて、奏者が階段を上ります。力強く振り下ろすと、やや金属質で硬い音質でした(スコアには「nicht metallischem Charakter(金属質ではない)との指示があります)。陸上競技のハンマー投げのハンマーとは違って木製で、兵庫芸術文化センター管弦楽団のXによると、佐渡裕の希望で舞台スタッフが作成して、第6回定期演奏会(2007.1.13&14)で使われたとのこと。兵庫芸術文化センター管弦楽団が初めて定期演奏会にでマーラーを取り上げた演奏会でしたが、18年前のハンマーがよく保存されていたものです。1回叩くと位置がズレるので、手で元のポジションに直します。397小節からのルーテ(Rute)は、大きな茶筅のような楽器を叩きます。2回目のハンマーは479小節。終盤はウォンもさすがに激しい指揮で、楽想がごちゃごちゃしすぎですが、細かなところまで手を抜かずに演奏しているのは分かりました。ちなみに、削除された3回目のハンマーは783小節に書かれていましたが、1回目や2回目と違ったテンションです。
沈黙のあとに拍手。カーテンコールではウォンと奏者が全員で礼。16:30に終演。
今年はマーラーの交響曲をよく聴いた1年で、第2番「復活」(大阪フィル✕尾高忠明 マーラー交響曲第2番「復活」)、第3番(京都市交響楽団第692回定期演奏会)、第6番「悲劇的」(本公演)、第9番(兵庫芸術文化センター管弦楽団第147回定期演奏会「佐渡裕 マーラー交響曲第9番」)、第10番(大阪フィルハーモニー交響楽団第576回定期演奏会)の5曲を聴きました。
来年1月に兵庫芸術文化センター管弦楽団は、佐渡裕が交響曲第8番「千人の交響曲」を指揮します(第156回定期演奏会(2025.1.17~19))。本公演を聴いて期待が高まりました。ウォンが指揮する日本フィルの演奏もぜひ聴いてみたいです。
(2024.12.4記)