京都市交響楽団第690回定期演奏会


  2024年6月22日(土)14:30開演
京都コンサートホール大ホール

井上道義指揮/京都市交響楽団
アレクサンドル・クニャーゼフ(チェロ)、京響コーラス

ショスタコーヴィチ/チェロ協奏曲第1番
ショスタコーヴィチ/チェロ協奏曲第2番
ショスタコーヴィチ/交響曲第2番「十月革命」

座席:S席 3階C2列15番


井上道義が指揮する最後の京都市交響楽団定期演奏会は、オール・ショスタコーヴィチ・プログラムです。チェロ協奏曲2曲と、めったに演奏されない交響曲第2番「十月革命」という渋いプログラㇺです。「十月革命」を歌う京響コーラスは、当時音楽監督&第8代常任指揮者だった井上道義の発案で「京響第九合唱団」として創設されたので、昨年の京都市交響楽団第678回定期演奏会のドビュッシー「夜想曲」に続いて、本公演でも起用されたでしょう。

本公演は2日公演の2日目で、本公演のチケットは5月15日に早くも完売しました。前日の21日(金)は「フライデー・ナイト・スペシャル」で、チェロ協奏曲第2番を除いた2曲が演奏されましたが、9割の入りだったようで、井上道義のブログ「Blog ~道義より~」でも「僕の時代には無理無理無理だったショスタコだけでのコンサートそれも交響曲2番という何となく嫌われてきたものに9割のお客さん」と綴っています。なお、本公演の翌日の23日(日)には今年度から始まった「オーケストラ福山定期vol.2」(リーデンローズ大ホール)に出演しました(プログラムは本公演と同じ)。チケットは、京響友の会「チケット会員」の「セレクト・セット会員(Sセット)」の「クーポンID」を使用。「入場用QRコード」をスキャンして入場します。なお、当初はポディウム席は販売なしの予定でしたが、ステージ配置を調整した結果、P席が発売されました。

京都市交響楽団のX(@kyotosymphony)に掲載されたリハーサルの写真では、井上道義は「みちよし先生の世界漫遊記」オリジナルTシャツ(2024年6月15日の新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏会で発売)や京響オリジナルTシャツを着ていました。また、井上道義とアレクサンドル・クニャーゼフの対談の映像も掲載されました(詳細は後述)。二人は英語で話しています。
井上道義が指揮する最後の京響定期なので、大阪フィルハーモニー交響楽団第575回定期演奏会のように、井上道義が指揮した京響定期の公演記録をプログラムに掲載して欲しかったですが、何もなくて残念。

プレトークは、いつもは開演30分前ですが、本公演は2日間とも開始時間を開演10分前に変更することが6月20日に発表されました。おそらく井上は多くのお客さんに聞いて欲しいということでしょう。14:20に井上道義が登場。「雨が降らないでよかった」と初めに語りました(近畿地方は前日に梅雨入り)。「ショスタコーヴィチを割合追いかけてきたが、きっかけは京都会館だった。音が悪くて有名だった」と話し、「京都会館で聴いたことある人?」と客席に聞くと、かなり手が挙がって井上はびっくり。「昨日はチェロ協奏曲とマイナーな2番なのに売り切れた。天と地の差」「京都会館は800人、多いときでも1000人しか入らなかった。オーケストラはほとんど男だった」と回想しました。「交響曲第12番にスターリンのアルファベットが出てくることを発見した」と歌ってみせました(日経新聞の記事でも「第12番は「ミシド」というフレーズが来ると流れが悪くなる。よく見るとスターリンの文字を引用してて、そこで音楽が止まる。誰も気付かない皮肉を彼は音楽でめちゃくちゃ語っていることに気付いた」と語っています)。「危ないことをした人が大好き」と話して、ステージ前方まで行ってわざと落ちそうなパフォーマンスをして、見ていてヒヤヒヤしました。「ショスタコーヴィチの家に行ったりしたが、ロシア人にとってソ連時代の音楽は過去」「隣の国の問題ではなく自分たちの問題」とロシアやウクライナの名前は出しませんでしたが、現在の状況に関心を持ってほしいということでしょう。
途中で余ベルが鳴りましたが、「鳴らしていいと言ってある」と話してトーク続行。プラカードを持った女性スタッフが客席の通路を前から後ろにいつも通り歩きますが、今日はアナウンスは流れません。なかなかシュール。交響曲第2番について話している間に、拍手もなくオーケストラのメンバーが入場。コンサートマスターは会田莉凡(特別客演コンサートマスター)。その隣に泉原隆志(コンサートマスター)。プレトークが終わると、そのままチューニング。指揮台はありません。

プログラム1曲目は、チェロ協奏曲第1番。チェロ独奏は、アレクサンドル・クニャーゼフ。プレトークで井上は「クニャーゼフは20年前から共演している。ロシアで苦労している。自分の楽器が持ち出せなかったので、自分の楽器ではない。日本でいい楽器を借りたので心配ない。とても大きな音がする」と話しました。上述のXの対談映像では、クニャーゼフは「ちょうど20年前のまさに6月、フランスのリールだったよ。ショスタコーヴィチの2番をやったんだ」と初共演を振り返っています。
クニャーゼフは体格が大きいので、チェロが小さく見えます。クニャーゼフは演奏台の上で演奏。金管楽器はホルンが1人だけで、先月の第689回定期演奏会「首席客演指揮者就任披露演奏会」と同じく出番が少ない。井上道義はぶった切るような指揮で、無駄な音や響きがなく、緊張感があります。第1楽章のクラリネットのメロディーを強奏するなど、ソロは生音で大きめで演奏。ホルン(垣本昌芳)のミュート音がうまい。ティンパニが決然と叩かれましたが、いつもの中山航介(首席打楽器奏者)ではなかったので、おや?と思いましたが、井上道義のブログ「Blog ~道義より~」によると、「なんだか今はもう流行らないコロナとか言う風邪にやられて居なくなったティンパニーのパートをゲネプロから(危険なプログラム)に飛び込まされた中部フィルの小川君」と書いてあって、急遽代役を務めたのは、小川研一郎(中部フィルハーモニー交響楽団首席ティンパニ奏者)。小川のX(@ogawakenichirou)では「人生初のピンチヒッター当日ゲネ本 ショスタコの聴いたことない交響曲とチェロ協奏曲 引き受けたものの昨夜から嗚咽が止まらず睡眠も3時間 でも何とか終えられた」と大変なプレッシャーだったことが推察されますが、そんな裏事情を感じさせない演奏でした。クニャーゼフはずっと弾きっぱなしで、しかもかなり高音です。芯がある太い音色でした。第2楽章はヴィオラの対旋律が切ない。ヴァイオリンは硬くて冷たい音色。チェレスタとの対話はヴァイオリンかと思うほどの超高音。休みなく第3楽章は静かに始まり、ピツィカートはピアノの弦を手で弾くような不思議な音色。右手で弦を弾きながら左手で弦を弾くなどの超絶技巧を披露。カデンツァの最後は超速く弾いて、第4楽章は井上にしか出せないショスタコーヴィチの音色と言えます。

休憩中にチェレスタを撤去して、ハープ×2をチェロの後ろ(オーボエの前)に設置。休憩後のプログラム2曲目は、チェロ協奏曲第2番。プレトークで井上は「チェロ協奏曲第2番はノスタルジー。物売りの音楽になる」と解説しました。クニャーゼフはXの対談映像で「最も奥深くて陰鬱な曲のひとつで、とても力強い音楽なんだ。交響曲第14番に特に似ていて、第2番の最後のパーカッションは交響曲第15番を思い起こさせる。同じアイディアを元に作られていると思う」と話しますが、井上は「アレクサンドルは2番が陰鬱って言うけど、わたしはそうは思わないんだよね。民謡みたいな、なんていうのかな、ときどき重音で弾くところ、本当に道でなにか物を売っている感じがするよね」と話し、クニャーゼフも「ショスタコーヴィチは第2番でそれを引用して信じられないスケルツォを作り出した」と応じています。なお、井上道義は前月にもこの作品を日本フィルハーモニー交響楽団で指揮しました(チェロ独奏は佐藤晴真、2024.5.17 第143回さいたま定期演奏会、2024.5.18 第397回横浜定期演奏会)。
クニャーゼフはこの作品は譜面台付きで演奏。3つの楽章から成りますが、第1番よりも演奏時間が長くて渋い。金管楽器はホルン×2のみです。第1楽章は独奏チェロから始まります。第1番と比べてチェロ独奏は低音が多い。低弦との対話やオーボエとファゴットのユニゾン、独奏チェロのモノローグが続きます。木琴とフルートで斬新な音響。大太鼓との掛け合いもあります。第2楽章は独奏チェロのメロディーでグリッサンドが登場。ホルンソロの強奏、木琴、ファゴット低音の全音符など、独奏チェロの伴奏でいろいろな要素を盛り込んでいます。ホルン×2のファンファーレで休みなく第3楽章へ。タンバリンが周囲についているシンバルを振って長い間演奏するなど、オーケストレーションが独創的。ホルンの叫びが目立つトゥッティやピッコロとの対話を経て、小太鼓が縁を叩くのは、交響曲第15番の終わりに似ています。最後は独奏チェロのクレシェンドで終わりました。室内楽的で緻密な演奏でした。

拍手に応えてクニャーゼフがアンコール。自分で曲名を言って、J.S.バッハ作曲/無伴奏チェロ組曲第3番よりサラバンドを演奏。ゆっくりしたテンポで、さっきまでとまったく違う音色で、カリカリしてません。いい小休止になりました。まだ拍手が終わらないので、井上がマイクで「5分間くらいセット変えに時間がかかる。トイレに行きたい方はどうぞ」と話して、カーテンコールは強制終了。

プログラム3曲目は、交響曲第2番「十月革命」。プレトークで井上は「交響曲第1番は元気だったが、第2番はノスタルジックになる。20歳で作曲した」「コーラスが歌う前はアブストラクト、現代絵画。ヴィオラがなんとなくつらく悲しい音楽のあとに合唱が始まる。ファゴットが煙突の音楽をやる」と聴きどころを話し、「目が悪くても読める」とわざわざ別紙でも歌詞対訳が配布されました。東京芸術劇場マエストロシリーズ 井上道義&読売日本交響楽団のマーラー「復活」もそうでしたが、「日本語で歌詞をを読んどいてください」 と語りました。井上道義のブログ「Blog ~道義より~」では、「2番、3番、4番シンフォニー辺りには日本で言えば岡本太郎の試みた絵画を感じるのだ。「なんだこれ!??芸術は爆発だあ!!」という言葉がふさわしい」と紹介しています。
独奏チェロの演奏台やハープを撤去。京響コーラスが雛壇後方に3列で並びました。左が女声で、右が男声。プログラムによると、ソプラノ23名、アルト20名、テノール13名、バス14名で、楽譜を持って歌いました。トランペット、トロンボーン、テューバはやっと出番。単一楽章の作品で、約20分の作品ですが、無理やり1つの曲に押し込んだみたいで、経過部がない。大太鼓のトレモロで始まり、弱奏で各楽器でやっていることがバラバラで混沌としています。中間部は低弦から始まってテンポアップ。トランペット×3が絶叫して、ヴァイオリンが高音で演奏。ヴァイオリン、クラリネット、ファゴットのソロを経て、エネルギーがたまっていきますが、知らないで聴いたらショスタコーヴィチの作品とは分からないでしょう。後半はサイレンが鳴り響いて、京響コーラスが歌い出しました。コーラスは声量十分で、わざわざロシア語原語指導(髙橋健一郎 大阪大学大学院教授)もつけていて、気合が入っています。井上道義は途中で敬礼するような指揮。ロシア音楽と思えない華やかさで、マーラーみたいな響きがしました。同じショスタコーヴィチでも大阪フィルハーモニー交響楽団第575回定期演奏会の「バビ・ヤール」とは違う響きでした。クライマックスでまたサイレンが鳴り、最後はメロディーがなく歌詞をシュプレヒコールのように繰り返しました。
カーテンコールでは、合唱指揮の福島章恭(大阪フィルハーモニー合唱団指揮者)も登場。プログラムで「退団のお知らせ」が掲載されて、6月末で京都市交響楽団を退団する小峰航一(首席ヴィオラ奏者)に花束贈呈。突然の退団でびっくりしました(ちなみに、翌日のオーケストラ福山定期vol.2には出演しました)。12年間ありがとうございました。ちなみに、小峰は第696回定期演奏会(2025.1.17)でホフマイスター「ヴィオラ協奏曲」の独奏を務める予定でしたが、ソリストとしてのご出演になるでしょうか。そして、会田莉凡から井上道義に花束贈呈。井上道義はカーテンコールでよぼよぼと登場して、会田莉凡にもたれかかるようなパフォーマンス。17:00前に終演。かなり長い公演となりました。京響コーラスが退場してから、井上が舞台に登場して、袖に登場して拍手を受けました。立ったままだったのがしんどかったのか、膝を曲げる仕草をしました。

本公演のステージにスタンドマイクが何本も立っていましたが、KAJIMOTOのX(@Kajimoto_News)によると、チェロ協奏曲を録音していて、新たに「井上道義ショスタコーヴィチ協奏曲全集」に収録される予定とのことです。また、井上道義は本公演の翌週は、ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲2曲を服部百音と共演しました(2024.6.29 サントリーホール、2024.6.30 フェスティバルホール)。この演奏会はNHK交響楽団と最後の共演で、フェスティバルホールでの指揮も最後となりました。引退までにショスタコーヴィチの交響曲は、第14番(2024.11.9 オーケストラ・アンサンブル金沢 第487回定期公演マイスター・シリーズ、大阪フィルハーモニー交響楽団第575回定期演奏会で交響曲第13番「バビ・ヤール」を歌ったアレクセイ・ティホミーロフと共演!)と、第7番「レニングラード」(2024.11.16&18 新日本フィルハーモニー交響楽団 「トリフォニーホール・シリーズ」第659回定期演奏会、「サントリーホール・シリーズ」第659回定期演奏会)を指揮する予定です。

なお、京都コンサートホールの改修計画が浮上していることが明らかになりました。京都新聞によると、1995年の開館以来初の大規模改修工事で、設計から6年計画で取り組むようで、1年8カ月ほど閉館する見込みのようです。閉館中の定期演奏会はロームシアター京都に移すようです。総額約63億円かかるようで、今年2月に京都市長に就任した松井孝治(京都市交響楽団楽団長)は、X(@matsuikoji)によると、20日に京都市交響楽団の練習場を訪問して、リハーサルを見学して、井上道義と意見交換。練習場の音響の問題が話題になり、井上から「練習場では必ずしも特定の楽器の音響バランスは取れない」ので、ホール練習を増やしてほしいとの懇願を受けたとのこと。「市民にリハーサルを公開し開かれた文化拠点とすること、楽団を市民とともに育む姿勢を明確にすることなど、いくつものハードルをクリアすることが改修の条件」と綴っています。
また、松井は21日の1日目の公演を客席で聴いたようです。プログラムの「特別会員(S)」に名前が載っています(よく見ると、前市長の門川大作も載っています)。Xでも「今後とも、楽団長として、日本を代表するオケからさらにワールドクラスのオケへの成長と、市民に一層親しまれる楽団への発展のために全力を尽くします」と意気込みを綴っています。クラシック音楽に造詣がある市長が就任されてよかったです。

 

ソリストアンコール

 

(2024.7.7記)

 

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