京都市交響楽団第689回定期演奏会「首席客演指揮者就任披露演奏会」


  2024年5月24日(金)19:30開演
京都コンサートホール大ホール

デヤン・ラツィック(ピアノ)
ヤン・ヴィレム・デ・フリーント指揮/京都市交響楽団

モーツァルト/ピアノと管楽器のための五重奏曲
モーツァルト/セレナード「セレナータ・ノットゥルナ」
モーツァルト/セレナード「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」

座席:S席 3階C2列25番



今年度から京都市交響楽団の首席客演指揮者に就任したヤン・ヴィレム・デ・フリーントの就任披露演奏会です。京響の首席客演指揮者は、ジョン・アクセルロッドが2020年4月から2023年3月まで務めましたが、この1年間は空席になっていました。
本公演は24日(金)夜と25日(土)昼の2回公演で、24日(金)は「フライデー・ナイト・スペシャル」(休憩なし約1時間プログラム)として開催されました。「フライデー・ナイト・スペシャル」は今年で3年目で、昨年度と同じく6公演が開催されます。本公演はオール・モーツァルト・プログラムで、4管編成のオーケストラの定期演奏会とは思えない小規模なプログラムでした。なお、24日(金)夜(=本公演)と25日(土)昼の両日で共通するプログラムはなく、まったく違う作品が演奏されました。1日目のプログラムのほうに興味があり、仕事を調整して聴きに行きました。

ヤン・ヴィレム・デ・フリーントは、1962年オランダ生まれで、61歳。見た目よりも意外に若い(失礼!)。ウィーン室内管弦楽団首席指揮者、シュトゥットガルト・フィルハーモニー管弦楽団首席客演指揮者、ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団アーティスティック・パートナーを務めています。京都市交響楽団は第667回定期演奏会(2022.5.20&21)で初めて指揮しました。これは「フライデー・ナイト・スペシャル」の初回で、ニコニコ生放送で配信されましたが、デ・フリーントが座って指揮していたので驚きました。2日目に指揮したシューベルト作曲「交響曲第8番「ザ・グレート」のライヴ録音のCDが2023年2月にリリースされました。
プログラムに掲載された「首席客演指揮者就任のメッセージ」で、「初めて指揮をするオーケストラとの最初のリハーサルで、ものの10分も経たないうちに「このオーケストラは素晴らしい」と分かる瞬間、それが京響で起こりました。(中略)私にとってシーズン最高の瞬間でした。京響から首席客演指揮者のオファーをいただいたとき、何と光栄で感動し驚いたことでしょうか」と記しています。

チケットは、京響友の会「チケット会員」の「セレクト・セット会員(Sセット)」の「クーポンID」を使用。「入場用QRコード」をスキャンして入場します。いつもはプレトーク前にステージでメンバーが出てきて音出ししますが、この日は編成が小さいためか、誰も出てきませんでした。

19:00からプレトーク。デ・フリーントと女性の通訳が登場。フリーントは背が高く、声も高い。英語で話しました。「本日は夜のコンサート」と説明して、各曲を解説しました(後述します)。10分で終了。客の入りは5割ほど。「フライデー・ナイト・スペシャル」にしては、昨年よりも入ったほうでしょうか。開演直前に来るお客さんが多く、なかなか始まりません。残業お疲れさまです。若い人もいるし、ご高齢の方もいるので、客層は昼公演とあまり変わりません。
 
プログラム1曲目は、モーツァルト作曲/ピアノと管楽器のための五重奏曲。プレトークでデ・フリーントは「ウィーンで書いた。演奏会後に議論するための曲。この曲とアイネ・クライネ・ナハトムジークを比較するのはまったく違う曲なので、おもしろい」と話しました。
左から、オーボエ(髙山郁子)、ファゴット(中野陽一朗)、ホルン(垣本昌芳)、クラリネット(小谷口直子)の各首席奏者と、後ろにピアノ(デヤン・ラツィック)。5人だけで指揮者がいません。首席客演指揮者の就任披露演奏会なのに、披露する本人がいないというのは異例で、こんなに大きなホールで演奏する曲ではないでしょう。ステージの照明の範囲を中央のみに絞って暗くしました。ピアノに合わせてチューニング。3つの楽章からなります。
デヤン・ラツィックは、1977年にクロアチア生まれで、アムステルダム在住。指揮するような大きな手振りでピアノを弾きます。第2楽章の強奏では両手で万歳のようなアクション。譜面も自分でめくりましたが、第3楽章ではノッてきて楽譜を勢いよくめくりました。粒立ちがはっきりして軽い。ウラディ―ミル・アシュケナージの音色が似ていて、ショパンが似合いそうですが、あまりモーツァルトらしくない音色でした。翌日のプログラムは、ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番」で、ベートーヴェンには合うかもしれません。管楽器の4人とピアノのアイコンタクトはほとんどありませんでした。垣本のホルンがあまり目立たないように溶け込んで演奏。技術的には難しいですが、さすがです。第2楽章はゆったりした音楽で、究極の癒し系音楽。リラックスできます。第3楽章は管楽器のスタッカートが小気味よい。 演奏後は、ちゃんとポディウム席にも振り向いて礼しました。

プログラム2曲目は、モーツァルト作曲/セレナード「セレナータ・ノットゥルナ」。プレトークでデ・フリーントは「ノットゥルナとは、イタリア語で「夜のセレナード」の意味。モーツァルトは夜のコンサートはほとんど冗談で作曲した。この曲は第2のオーケストラが観客から見えないが、どこかに実はいるという曲で、想像力をかきたてる。今日はあそこ(雛壇)にいるが、他の部屋にいると思ってほしい」と話しました。楽譜を見ると、上段(ViolonoⅠ principale.、ViolonoⅡ principale.、ViolaⅠ、Contrabasso.)と下段(Timpani、ViolonoⅠ.、ViolonoⅡ.、ViolaⅡ.、Violonocello.)に分かれています。
ピアノを撤去して、指揮者の譜面台を設置(指揮台はなし)。メンバーと一緒にデ・フリーントも登場。指揮者の周りは、左から、第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリンの対向配置。約20人の中編成でコントラバスはいません。雛壇の最後列で、左からティンパニ(中山航介)の横に、ヴァイオリン×2(泉原隆志、安井優子)、コントラバス(黒川冬貴)、ヴィオラ(小峰航一)の各首席奏者が一列に並んで立って演奏しました。コンマス席に座った白髪でメガネの女性(田村安祐美?)がチューニング。なお、京都市交響楽団練習場でのリハーサルの写真では、雛壇の最後列ではなく、指揮者の後ろで立って演奏しています。プレトークで、「メロディーを弾く人が、本来はお客さんからは見えない」とデ・フリーントは説明しましたが、当時は2つのオーケストラをどうやって合わせたのでしょうか。
音符が短く、スピード感があってピリオド風の奏法。デ・フリーントは指揮棒なしで立って指揮。スピード感があって振りが大きい。首席奏者4人のアンサンブルもすばらしい。聴きどころは第3楽章で、長いパウゼのあと、雛壇の首席奏者がソロを順番に披露。最初は第1ヴァイオリンの泉原。次はヴィオラの小峰。コントラバスの黒川はマーラー「交響曲第1番」第3楽章のソロをティンパニと合わせて客席から笑い声が起こりました。モーツァルトが聴いたらびっくりでしょう。第2ヴァイオリンの安井はマスネ「タイスの瞑想曲」を崩して演奏。 最後はティンパニの中山が、ラヴェル「ボレロ」のリズムを刻みました。ちなみに、スコアには八分休符のフェルマータが書かれているだけです。
モーツァルトでもこんなに新しく演奏できるというのが驚きで、日本人にはない発想です、これくらいのユーモアがないとおもしろくないですし、音楽を楽しむすばらしさを実感しました。お客さんは大満足のようで、カーテンコールが4回もありました。大成功でしょう。

プログラム3曲目は、モーツァルト作曲/セレナード「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」。プレトークでデ・フリーントは「アイネ・クライネ・ナハトムジークはドイツ語で「夜の小さな音楽」の意味。第2楽章の「ロマンス」はロマン派とは関係ない」「とてもよく眠れる曲を書いたが、今日は寝ることはない。それは京響の演奏が素晴らしいからで、帰っても寝れない」と話しました。
コントラバスが加わって、左から第1ヴァイオリン×9、チェロ×5、ヴィオラ×6、第2ヴァイオリン×8。チェロの後ろにコントラバス×3。コンマス席に座った泉原が忘れたのか、チューニングなしで演奏開始。そのため少し音程が悪い演奏でした。
ヴィヴラートしない生音で演奏。いつもの京響とは違って、上品で潤いがある音色。伸びやかに歌って、堅苦しさがない。チェロとコントラバスはあまり主張しません。デ・フリーントの指揮は振りが大きく、たまに軽くジャンプ。 
第1楽章は2小節で大胆にクレシェンド。6小節でヴィオラの内声を聴かせましたが、スコアではスラーがついているので、ここを強調したということでしょう。ヴァイオリンの装飾音はスピード感があります。36小節からの第1ヴァイオリンの8分音符のスタッカートは、テヌート気味でひきずるように演奏。第2楽章は38小節から音色を変えてやや緊迫感がありました。第3楽章はテンポが速い。4小節のヴィオラの八分音符のスラーを強調。ヴァイオリンのトリルの装飾音はスピード感をつけました。第4楽章の最後もスピード感がありました。嫌みったらしくならないのが好印象。
 
20:53に終演。「フライデー・ナイト・スペシャル」は1時間プログラムの触れ込みでしたが、かなりの時間オーバー。お客さんは足早に帰りました。終演後にロビーでデ・フリーントのサイン会が開催されました。読売日本交響楽団を指揮したベートーヴェン「第九」のCD(6月19日発売予定、3850円)が先行発売されました。40人ほどが並びましたが、またの機会にしました。レセプションが復活して欲しいですね。
 
退屈しそうなプログラムでしたが、演奏が刺激的でとても楽しめました。モーツァルトでこれだけ新しい発見があるとは思いませんでした。予定調和をぶち壊す演奏で、音楽はこうでなくっちゃと思える演奏会でした。「ハイドンマラソン」(日本センチュリー交響楽団)みたいに、オーケストラの基礎力がアップしそうです。
メインの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」 は弦楽器だけの演奏で、この日に演奏したメンバーが非常に少なかったですが、それでも木管楽器(フルート以外)と金管楽器(ホルンだけ)と打楽器の首席奏者が出演できる曲を考えたということでしょう。
首席客演指揮者の就任披露演奏会としては大成功で、デ・フリーントは今までの京響にはいなかった指揮者で、新たな表現力を獲得したと言えるでしょう。常任指揮者の沖澤おどかは「デ・フリーントさんには小編成の古典を積極的に取り上げることで京響の新たな面を発掘してもらいたい」と記者会見で話していましたが、今後も期待が高まります。次回は第696回定期演奏会(2025.1.17&18)を指揮しますが、聴きに行きたくなってきました。
 
まったくの余談ですが、地下鉄北山駅にJEUGIAが楽器の自動販売機を設置しました。三条本店に続く第2弾で、リードやスワブなどが販売されています。ミニチュアスコアが入っているのがユニークで、翌日に演奏されるベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番」とシューベルト「交響曲第1番」が入っていたのがおもしろい。「セレナータ・ノットゥルナ」の楽譜が入っていたら買っていたかもしれません。
 

楽器の自動販売機(北山駅)

 

(2024.6.17記)

 

ゴルトベルク変奏曲(チェロ独奏版)出版記念リサイタルツアー 大阪公演 ウエスティ音暦 〜Special Sounds ここにしかない音〜