ゴルトベルク変奏曲(チェロ独奏版)出版記念リサイタルツアー 大阪公演


  2024年5月9日(木)19:15開演
豊中市立文化芸術センター小ホール

北口大輔(チェロ)

J.S.バッハ(北口大輔編)/ゴルトベルク変奏曲 チェロ独奏版

座席:全席自由


J.S.バッハの「ゴルトベルク変奏曲」を、北口大輔がチェロ独奏に編曲して、その楽譜の出版を記念したリサイタルが開催されました。そもそもこの作品を弦楽器一人で演奏しようと考えたのがすごいことで、前から気になっていました。無伴奏チェロによる編曲はどうやら世界初とのこと。ゴルトベルク変奏曲を聴くのは、、小林道夫チェンバロ演奏会ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2009「バッハとヨーロッパ」№228(ピアノ:小山実稚恵)、清水靖晃&サキソフォネッツ「J.S.バッハ/ゴルトベルク変奏曲」に続いて、4回目です。

北口大輔は、1978年生まれ。東京都交響楽団チェロ奏者、九州交響楽団首席チェロ奏者を経て、2011年から日本センチュリー交響楽団首席チェロ奏者を務めています。また、2022年4月からパシフィックフィルハーモニア東京の客演ソロ首席チェロ奏者にも就任しました。

今回の出版記念リサイタルツアーは全国4公演で、東京(4月16日)、福岡(4月22日)、大阪(5月9日)、名古屋(5月12日)で開催されました。大阪公演の主催は、株式会社スマートシンフォニー(神戸市の音楽イベントプロデュース会社)。全席自由で4,000円。スマートシンフォニーのページから申し込み。クレジット決済ができましたが、発券手数料が2%(=80円)かかりました。各地で楽譜販売とサイン会があると予告されました。

豊中市立文化芸術センターに行くのは、センチュリー豊中名曲シリーズVol.17以来でした。コミュニティロビーには2021年6月から「ORION COFFEE」がオープンしました。ランチで生パスタを食べました。平日の昼間ですが、お客さんが多くにぎわっていました。豊中市立文化芸術センター総合館長の小味渕彦之もおられました。
小ホールに行くのは初めてで、大ホールの横に入口があります。メールで届いた電子チケット(QRコードではない)を受付に提示してホール内へ。小ホールの座席は202席。2階席はありませんが、階段状で後方でも見やすく、天井が高い。開演前に小ホールのホワイエで、北口が編曲したチェロ独奏版の楽譜が販売されました。全音楽譜出版社から4月15日に発売されました。2,420円で購入。途中休憩なしのアナウンスがありました。客の入りは8割程度。

演奏前に北口が登場してトーク。「この作品は音楽の世界遺産」と語り、「この曲が不眠に効くというのは誤解で、眠れない夜を興奮して過ごせる曲」と説明しました。北口のX(@cellokitaguchi)でも、「そもそもこの作品は、不眠症に効いて良く眠れるように…🥱ではなく‼️むしろ不眠症で眠れない時間を、知的にワクワクと過ごすために書かれた作品です🌙 決して眠るための音楽ではありませんよ🙂‍↔️」と説明しています。
「どうしてチェロ一本で演奏できると考えたかというと、リサイタルのアンコールでアリアを演奏したのがきっかけで、2020年に初演した(ムラマツリサイタルホール新大阪)。ネタだったが好評をいただき、2022年6月7日にここで演奏したところ(センチュリーリサイタルシリーズVol.14 北口大輔 チェロリサイタル)、「2022年度 音楽クリティック・クラブ賞」の奨励賞をいただいた」と経緯を説明。北口大輔のYouTubeチャンネル(@kitaguchidaisuke2713)にアップされたインタビュー動画では「極めつけは、「四季コンサート2014~冬」(2015.2.7 いずみホール)で、バッハ(シトコヴェツキー編)「ゴルトベルク変奏曲」(弦楽合奏版)をドミトリー・シトコヴェツキーの指揮で演奏したこと」「2017年から編曲してアンコールで弾きだした」と語っています。また、編曲版のこだわりとして「バッハ自身が無伴奏チェロに編曲したらどうなるのかが最大のテーマで、無理やり超絶技巧的に弾くのではなくて、バッハ自身だったらここの音を選ぶだろう、ここは捨てるだろうというのを常に意識して編曲した」「チェロの技術上もできるだけ無理なく自然に弾けるようにした」「ピアノ版よりも声部は分かりやすくなっているかもしれない」と語っています。と語り、編曲の過程についても「色ペンで楽譜を塗っていった」と話しています。
楽譜を出版することになった経緯については、「2023年に授賞式があり、芸大の同級生の山田和樹と会った(「今度ベルリンフィルを指揮する」と補足)。「楽譜を出版しないの?」と言われて、全音さんを紹介していただいた」と説明しました。上述のYouTubeのインタビュー動画では「持つべきものは友」とコメントしています。
また、「今日は楽譜を見ながら聴いてもよい。アリアの左手がテーマで、3曲ごとにカノンがある。カノンとは輪唱で、分かりやすく言うと「かえるのうた」。同度から始まって、九度まである」と作品の構成を解説しました。「繰り返しは全部やると日付が変わるので、適当に繰り返します。1時間くらいの演奏になる」と説明して、「小休止」ということで一旦休憩に入りました。

19:30から演奏スタート。楽譜を見ながら聴けるように、客席の照明はやや明るい。北口はピアノの椅子(ベンチタイプ)に座って、全音の楽譜をそのまま譜面台に置いて演奏。自分で楽譜をめくりました。

全体的な感想としては、テンポが速い。鍵盤楽器よりもチェロの方が速く弾けるのが驚きでしたが、チェロは鍵盤楽器よりも音価が持続しないため、テンポが速くなるということでしょう。鍵盤楽器での演奏に比べるとテンポの緩急があまりなく、サン=サーンスの「白鳥」みたいなテンポで、ゆったり聴きたい変奏もありました。ちなみに、北口の楽譜で速度記号が書かれているのは、第7変奏(al tempo di Giga)、第15変奏(Andante)、第25変奏(Adagio)だけで、これは原曲と同じです。北口の楽譜にも反復記号が書かれていますが、演奏前に説明があったように繰り返して演奏しない変奏のほうが多い。原曲の楽譜はト音記号とへ音記号の二段で書かれていますが、北口の楽譜は一段です(ヘ音記号またはハ音記号)。原曲に書かれているTrillo(トリッロ)、mordant(モルデント)、cadence(ターン)なども登場し、楽譜にも装飾音の譜表がわざわざ記載されています。
チェロは同時に出せる音が鍵盤楽器よりも少ないですが、第10変奏で原曲通り同時に4つの音符が書かれている部分があります。これについて、北口はXで「演奏のヒント」として、「和音を弾く際はバラした分だけ時間が足されて大丈夫です💡メロディの音が鳴ってからが拍のスタート! 和音はたっぷり時間をかけて弾いて下さい✨」と投稿していて、和音は同時に鳴らすことを想定していないようです。また、チェロで演奏するにしては音が高く音域も広い。北口は「このアレンジにおける最高音は↓のレ(D)💡 (中略)思いの外高くないですよ😏 チェロの鳴らしやすい音域での編曲になっています(のはず…)♪」と投稿していますが、実際はどうなのでしょうか。技術的にもかなり難しく、普通の人がすぐに弾けるアレンジではなく、相当の練習が必要でしょう。鍵盤楽器のような流麗さやなめらかさは出ませんが、自然なアレンジで、無伴奏チェロ組曲のように聴こえることがありました。YouTubeのインタビュー動画でも「無伴奏チェロ組曲をたくさん弾いて、身体でバッハの音の選び方とかどのタイミングで和音を鳴らすのかをできるだけ染み込ませた」と語っています。チェロで聴くことでピアノで聴くよりもいいと思う魅力を再発見した変奏がありました。

北口の演奏は、右手を摩擦がないかのように動かしましたが、運弓の問題で音が裏返ったりすることがあり、技術的には不満が残る演奏だったと思われます。録音するならライヴではなくスタジオ録音がいいですね(YouTubeに動画が公開されたことは後述します)。北口の本公演の前後のスケジュールを見ると、翌日の5月10日に、首席チェロ奏者を務める日本センチュリー交響楽団「ハイドンマラソンHM.35」があり、5月7日からそのリハーサルでした。この日も練習場のセンチュリー・オーケストラハウスでのリハーサルが終わってから、本公演に臨んだと思われます。忙しい合間を縫っての公演だったので、もう少し落ち着いた日程のほうがよかったかもしれません。

アリアはさっと始まりました。テンポが速く、チェロにしては高音でヴィオラのようです。第1変奏はスラスラと弾き、重音でも右手に力を入れないので、縦線を強調せず拍感をあまり出しません。20小節からの16分音符の連続には、原曲にはないスラーが書かれています。これについては、楽譜の巻頭に「楽譜にはチェロの性質上どうしても必要な箇所に、私自身の演奏経験に基づく最小限のスラーを付けている」と記しています。第3変奏は9小節からはオクターヴ下で演奏されます。第4変奏はチェロで聴くほうが名曲。第5変奏は16分音符の連続で忙しい。第8変奏は左手がよく動きます。第11変奏の5小節、6小節、13小節、14小節に現われる32分音符の三連符は原曲にはないものです。第12変奏は原曲よりも声部が少ないので物足りなく感じました。第13変奏はヴァイオリンではなくチェロで聴くのにふさわしく、13小節と14小節のボウイングはチェロらしい。第14変奏は32分音符の連符が難しいですが、スピード感のある演奏。原曲にはないスラーを多数追加しています。楽譜の解説に「演奏上おそらく必要であると思いスラーを付けてある」と記しています。第15変奏は、同じ音域で声部が一部抜けているので、原曲を知っている耳には後半はちょっと何をやっているか分かりませんでした。
第16変奏の前にチューニング。第19変奏はピツィカートで演奏。意表をつかれましたが、楽譜の解説によると「D.シトコヴェツキ編曲の弦楽トリオ版でのpizz.の指示がとても効果的なので、この編曲でもそれに倣った」とのこと。第20変奏は左手が大変速く、原曲にはないスラーが多数登場します。また、9小節から12小節まで、原曲で声部が二つある部分にアクセントが書いてあるのがユニーク。第22変奏は楽譜にアクセントがついてるかと思うほど、ボウイングがやや強め。第23変奏は重音のための左手が大変です。楽譜の解説によると「難易度がとても高いためossia譜も用意した」とのことで、2パターンの楽譜があります。第24変奏は付点二分音符のトリルを再現。第25変奏はもっとゆったり聴きたい。低音はチェロらしい響き。第26変奏は「原曲では並走しているサラバンドとトッカータが。交互に出てくるように編曲した」と解説していますが、つまりは原曲の楽譜の下段のみが演奏されます。第28変奏は32分音符の連符を再現。この変奏はややゆっくりしたテンポで演奏。第29変奏もこの曲も左手が大変。第30変奏は最後の八分音符が長い。最後のアリアは、より力を抜いて演奏しました。

あっという間の全曲でした。全ての変奏で繰り返して演奏してもよかったかもしれません。演奏後に、北口は「自分以外の演奏をまだ聴いたことがない。今日は同業者の方も来られているので、チャレンジしてほしい。それが楽しみ」と話しました。「ゴルトベルク専用のアンコールがある」と語り、アンコールは、北口大輔作曲/ピチカートのためのアリア「ゴルトベルク変奏曲」より 無伴奏チェロのためのを演奏。アリアを4拍子にして、ボサノヴァ風にアレンジ。ピツィカートで演奏して、たまに右手で指板をたたきます。原曲は同じですが、まるで別の曲みたいです。ラストはハープのような音色でした。北口のYouTubeチャンネルでも、2022年の演奏が公開されています。

20:30に終演。小ホールホワイエでサイン会が開催されて、長い行列ができました。北口に「京都でもやってください」と声をかけると「9月にモンタージュでやります」とのこと。まだカフェ・モンタージュのホームページでは発表されていませんが、お近くの方はチェックしてください。

原曲の楽譜と北口の楽譜を見比べると一目瞭然ですが、原曲の音符を北口が取捨選択して、このチェロ独奏版を編曲しましたが、別の音符の選択も考えられるので、もっと違う演奏もあり得ます。弦楽器奏者がこの作品の演奏に挑戦してくれたらうれしいです。

ツアー終了後の5月16日に、4月16日の東京公演(ムジカーザ)でのライヴ映像が北口のYouTubeチャンネルで公開されました。ツアー終了後すぐだったので驚きましたが、この編曲をさらに広めていきたいということでしょう。Xでは「ライブゆえの色々はありますが💦チェロ独奏版に親しんでいただけるキッカケになれば幸いです🙇‍♂️」と投稿しました。演奏時間は約52分です。3週間ほどで15,000回も再生されています。コメント欄には外国語で書かれているコメントもあって、日本以外でも注目されています。

 

阪急宝塚線の車内から望む 文化芸術センター前交差点から望む ORION COFFEEの外観 ORION COFFEEの店内 ポルチーニクリームパスタとアイスコーヒー 3階屋上テラス 1階共有ロビー 小ホール入口 本日のアンコール 北口大輔のサイン

(2024.6.8記)

 

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