ロンドン交響楽団 日本ツアー2022


 
  2022年10月1日(土)16:00開演
フェニーチェ堺 大ホール

サー・サイモン・ラトル指揮/ロンドン交響楽団
ピーター・ムーア(トロンボーン)

〔プログラムB〕
ベルリオーズ/序曲「海賊」
武満徹/ファンタズマ/カントスⅡ
ラヴェル/ラ・ヴァルス
シベリウス/交響曲第7番
バルトーク/バレエ「中国の不思議な役人」組曲

座席:S席 2階12列23番


ロンドン交響楽団が3年ぶりに来日しました。2004年の来日公演以来、18年ぶりに聴きます。コロナ禍以降、海外のオーケストラを聴ける機会は減ってしまいました。ロンドン交響楽団も、新型コロナウイルス感染症の影響で2020年の来日公演は中止になったので、待望の来日公演です。2020年と2021年のウィーンフィルは例外的な措置として、招聘元のKAJIMOTOでは2019年秋以来3年ぶりの海外オーケストラ公演となったようです。

ロンドン交響楽団の名誉総裁だったエリザベス女王が9月8日に亡くなったこともあり、本当に来日できるのか半信半疑でした。直前にクロノス・クァルテットが入国ビザの取得手続きにおける不測の事態で来日できず、日本ツアーが中止となってますます心配しましたが、9月28日に新幹線に乗っているオーケストラ団員の写真が、京都コンサートホールのTwitter(@KCH_Kyoto)に掲載されたので安心しました。
 
指揮は、音楽監督のサー・サイモン・ラトル。67歳です。1980年から1998年までバーミンガム市交響楽団の首席指揮者・音楽監督を、2002年から2018年までベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者兼芸術監督を務め、2017年9月からロンドン交響楽団の音楽監督に就任しましたが、2023/24シーズンで音楽監督を退任して名誉指揮者に就任します。イギリス出身のラトルが母国のオーケストラの音楽監督を務めるのはベストコンビと思っていましたが、イギリスのEU離脱や、新しいコンサートホールの建設がキャンセルになったことに問題があるようで、意外にも短期間で終わります。そのため、この来日公演も音楽監督として指揮するラストツアーとなりました。日本ツアーのリハーサル風景の動画を見ると、ラトルと団員との関係はとても良好のようです。ちなみに、ロンドン交響楽団は、現在、首席客演指揮者にジャナンドレア・ノセダとフランソワ=グザヴィエ・ロト、桂冠指揮者にマイケル・ティルソン・トーマスを擁しています。
 
プログラムに掲載された「ロンドン交響楽団 来日の歩み」によると、ロンドン交響楽団の来日は4年ぶり25回目で、ラトルとの来日は2018年に続いて2回目です。今回の日本ツアーは10日間で8公演(札幌1公演、東京3公演、川崎1公演、京都1公演、堺1公演、北九州1公演)。近畿圏では堺公演の前日(9月30日(金))に京都公演(京都コンサートホール)があり、どちらに行くか迷いました、ベルリオーズ「海賊」とラヴェル「ラ・ヴァルス」は京都と堺に共通でしたが、京都公演のメインのブルックナー「交響曲第7番(コールス校訂版)」よりも、本公演のシベリウス「交響曲第7番」とバルトーク「中国の不思議な役人」を聴きたかったので、堺公演に行くことにしました。イギリス音楽が演奏曲目にありませんが、ラトルは「個人的に大好きなフランス音楽はぜひ入れたかった」と語っています。ちなみに、堺公演のプログラムは、10月6日(木)のサントリーホール公演と同じです。
 
チケットは、SS席とS席を対象に、sacayメイト先行(抽選)予約発売もありましたが、座席が選べないようだったので、5月28日からの一般発売で購入。S席は19,000円でした。ファミリーマート店頭発券手数料が110円かかりましたが、どうやら「会館引取」も選択できたようですね。
 
フェニーチェ堺に行くのは、3月の避難訓練コンサート以来でした。入場時にプログラムの袋を自分で取りましたが、「DAKS(ダックス)」と書かれた黒い箱を渡されました。中には、ダックスフンドのピンブローチが入っていましたが、堺公演に協賛した三共生興株式会社が英国ファッションブランド「DAKS」を取り扱っていて、全員にプレゼントされたようで、これは堺公演来場者のみの特典でした。1階の大ホール入口には、DAKSのテディベア「ALEC(アレック)」が置かれていて、2階のホワイエにもDAKSブランドの物販ブースがありました。
ツアープログラムを1,000円で購入。2階席の12列は、前から12列目ではなく、2列目です。少し雨宿り席ですが、視覚的にはいい席です。演奏に集中できるホールでした。客の入りは9割程度。
 
開演前に何人かがステージで音出し。その後どんどん増えていき、全員が三々五々に揃いました。ステージがあまり広くないので、コントラバス×8は、下手の端ギリギリ。管楽器は雛壇で、クラリネット、ファゴットの左に、トランペット。その後ろの列はホルン、トロンボーン、チューバが配置されて、日本のオーケストラに比べると、ホルンとトランペットの場所が逆です。雛壇の最後列に打楽器。なお、公演によっては弦楽器が対向配置の日もあったようで、メインがブルックナーだった京都公演は対向配置でした。ヴィオラ奏者に「Mizuho Ueyama」の名前を見つけました。どうやら京都市立芸術大学出身の上山瑞穂のようでうれしくなりましたが、ロンドン交響楽団のホームページには名前がないので、まだ正規の団員ではないようです。
開演時間までにオーケストラ全員が揃い、コンサートマスターの左の男性が立ち上がってチューニング。コンサートマスターが入場(コンサートマスターは舞台裏でチューニングしたのでしょうか)。最後にラトルが入場。お腹が出ていて、少し太ったようです。白髪で、頭頂部が少し薄い。全員マスクなしで演奏。
 
プログラム1曲目は、ベルリオーズ作曲/序曲「海賊」。初めて聴く作品でした。冒頭から管楽器の息づかいがよく聴こえます。弦楽器は明るい音色でよく響きます。楽器紹介のように各楽器の聴きどころが続いて、1曲目で演奏されるのにふさわしい。メロディーを弾いているだけで、内在するドラマ性を感じます。フランスのオーケストラと、低弦に魅力があるドイツのオーケストラのいいとこどりをしていますね。明らかに日本のオーケストラでは聴けないレベルで、この一曲だけでチケット代の元が取れそうな演奏でした。

プログラム2曲目は、武満徹作曲/ファンタズマ/カントスⅡ。1994年の作品で、クラリネットが独奏の「ファンタズマ/カントス」(1991年)とは別の作品です。ラトルは武満徹を「a great friend(親愛なる友人)」と語っています。
トロンボーン独奏は、ロンドン交響楽団首席トロンボーン奏者のピーター・ムーア。26歳ですが、18歳でロンドン交響楽団の首席トロンボーン奏者に就任したとのこと。トロンボーン独奏の譜面台はなしですが、指揮台の横にミュートが3種類置いてありました。トロンボーン独奏はスライドの操作が無抵抗であるかのように柔らかい音色でスラスラ吹きましたが、普通はこんなに簡単に音は出ません。左手でミュートを頻繁に脱着しました。カデンツァはグリッサンドが楽しい。ノイズを含めるスラップタンギングもありました。オーケストラ団員は約2/3に減りましたが、楽譜が見えるような伴奏で、こってり塗りつぶさず、油絵よりも水彩画のよう。ラトルはこの曲のみ譜面台のスコアをめくりながら指揮しました。

プログラム3曲目は、ラヴェル作曲/ラ・ヴァルス。指揮者の譜面台を撤去。団員は曲間では談笑したり音出ししたりリラックスしています。オーケストラは大編成に戻りました。もやに包まれたようなスタートで、音量もおさえめで、106小節からもハープ×2が聴こえるほど。次第にテンポアップして、第1ワルツのクライマックスの144小節からもテンポを落とさずに一直線。豊かな音響でこのホールが小さく感じられるほどです。貴族の舞踏会のBGMのようで、第8ワルツでのフルートとTimbres Crotales(アンティークシンバル)の色彩感もいい。全体的に、この曲にしてはねちっこくなく、風通しがよすぎるので、もう少し濃厚に弾いてもいいように感じました。練習番号63からのタンバリンのリズムのキレもいい。練習番号97からは貫禄の演奏で、この作品でこんなに胸が熱くなったのは初めてでした 。カーテンコールではラトルは意外にもソロを立たせません(ここまでの3曲とも同じ)。

休憩後のプログラム4曲目は、シベリウス作曲/交響曲第7番。後半の2曲について、ラトルは「実は同じ年に書かれたのですが、音楽はすごく違いますよね」と語り、この作品については「1楽章の短い時間に多くのことが起こり、驚くべき世界が描かれます」と語っています。弦楽器は一体感があり、分厚い音色で、慎み深いレクイエムのよう。弦楽器のアンサンブルが最高で、含蓄のある歩み。ただし、クラリネットのシューという息漏れが繊細な作品なので気になりました。238小節からホルンの応答でクラリネットとオーボエが、スコアにないベルアップ。クライマックスは、487小節から弦楽器がたゆたいますが音圧は強くなく、最後のクレシェンドも意外とあっさり。京都市交響楽団第663回定期演奏会の井上道義が濃厚すぎましたね。カーテンコールでは、ラトルは初めてソロ(トロンボーン)を立たせました。

プログラム5曲目は、バルトーク作曲/バレエ「中国の不思議な役人」組曲。チューニングなしで始めました。最後列のTamburo piccolo(小太鼓)が強めで、44小節からリズムが変わったのがはっきり分かります。トランペット3、トロンボーン3、チューバ1が迫力満点ですが、強奏でも暴力的になりません。クラリネットの息漏れは相変わらずですが、木管楽器ソロの個人芸を楽しめました。417小節からのヴァイオリンはメロディーおさえめ。470小節からのトロンボーン×2がすばらしい。482小節から猛烈なアッチェレランドで、486小節からTamburo grande(テナードラム)が胴を叩いてジャズのノリ。強奏でもバランス感覚がすばらしく、変拍子をもろともしないで突進しました。
 
カーテンコールでは、ラトルが最前列にいた男性客と握手。男性は「BRAVISSIMO」と書いた紙を掲げていて、ラトルも「ブラビッシモ」とつぶやいてお気に召したようです。ロンドン交響楽団のTwitter(@londonsymphony)にも写真が掲載されました(「One creative audience member」と紹介されている)。
ラトルが「みなさんありがとうございます。フォーレのパヴァーヌを演奏します」と日本語であいさつして、アンコールは、フォーレ作曲/パヴァーヌ。フルートソロと弦楽器のピツィカートのみで始まり、音量は控えめ。ヴァイオリンの軽い音色がすばらしく、日本のオーケストラでは聴けません。演奏後はフルートソロを立たせました。
 
ラトルがコンサートマスターと握手して、メンバーも退場。客席の拍手が鳴りやまず、ラトルが退場する団員と話しながら再度登場して、一般参賀がありました。18:15に終演。規制退場が行なわれました。
なお、ロンドン交響楽団のメンバーは19:45に新大阪駅に集合して、20:00発の新幹線のぞみに乗って東京に移動したようです(グリーン車ではなく指定席でした)。ラトルがカーテンコールでソロをあまり立たせなかったのも、終演後の移動が理由かもしれません(札幌コンサートホールKitaraではパートごとに立たせていました)。国内滞在中はサントリーホールのすぐ近くにある某ホテルを拠点していたようです。ラトルはミューザ川崎シンフォニーホールがお気に入りのようで、「ミューザの音響でエルガーが演奏したい」とのことで、当初京都公演で予定されていたエルガー「交響曲第2番」が演奏されました。日本ツアーの後は、韓国へ移動して5公演を演奏したようです。
 
ロンドン交響楽団は、技術面はまったく気になりません。演奏解釈や表現面だけが聴きどころとなるのが、日本のオーケストラとは比べられません。本公演のプログラムにイギリス音楽はありませんでしたが、オーケストラのすばらしさは十分堪能できました。このコンビの演奏が聴けてよかったです。知的なオーケストラですが、プライドが高く、少しよそよそしい感じはしました。2024年9月から首席指揮者にサー・アントニオ・パッパーノが就任します。
 
ラトルは、大振りにならず機能的でドライな指揮でした。ロンドン交響楽団の音楽監督を退任した後は、2023/24シーズンから、2019年に亡くなったマリス・ヤンソンスの後任で、バイエルン放送交響楽団の首席指揮者に就任して、ふたたびドイツのオーケストラのシェフになります。
 

堺市役所21階展望ロビーからフェニーチェ堺を望む 駐車場からフェニーチェ堺を望む 翁橋公園からフェニーチェ堺を望む フェニーチェ堺4階 屋上庭園 フェニーチェ堺大ホールホワイエ DAKSのテディベア「ALEC(アレック)」

(2022.10.22記)

 

京都市交響楽団第671回定期演奏会 京都フィルハーモニー室内合奏団創立50周年記念第248回定期公演A「室内オーケストラで聴く大作Vol.5」