デビュー20周年×ザ・シンフォニーホール開館40周年 上原彩子プレミアム・リサイタル
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2022年8月7日(日)14:00開演
ザ・シンフォニーホール
上原彩子(ピアノ)
シューマン/幻想小曲集
リスト/ピアノ・ソナタ ロ短調
ムソルグスキー/組曲「展覧会の絵」
座席:全席指定 2階AA列18番
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上原彩子のデビュー20周年とザ・シンフォニーホール開館40周年を記念して、ソロリサイタルが開催されました。上原彩子は2002年の第12回チャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門で女性として日本人として第1位を獲得して、現在は東京藝術大学音楽学部早期教育リサーチセンター准教授を務めています。3児のお母さんです。
ザ・シンフォニーホールのYouTubeチャンネルに公開されたメッセージ動画で、上原彩子は「今回のプログラムは、ザ・シンフォニーホールの大きくて素晴らしい響きの空間を最大限に生かせるように考えました」と語りました。また、上原彩子のTwitter(@ayako_uehara_pf)では、「プログラムを色で例えると、赤を基調にした場合、シューマンは可愛らしいピンク、リストはラメ入りの赤、ムソルグスキーはボルドーみたいな深くて渋い赤」と色に例えて表現されました。
チケットは全席指定で5,000円。3月の発売当初は1階席のみの発売でしたが、5月に2階席も解放されたので、2階席を購入しました。2階左右のバルコニー席も入っていましたが、3階席のバルコニーとポディウム席は販売せずに照明を落としていました。客の入りは5割くらいでしょうか。お客さんは鍵盤が見える左側の席に偏っていました。
この日の大阪府の新型コロナウイルス感染症の新規感染者数は18,309人。第7波が拡大中です。ザ・シンフォニーホールのカフェ、ショップ、プレイガイド、クロークは引き続き休止中でした。なお、上原が昨年末に発売した著書『指先から、世界とつながる〜ピアノと私、これまでの歩み』がサイン入りで発売されたらと期待しましたが、CDの発売のみでした。また、ザ・シンフォニーホールの南側にある上福島北公園の並木が今年1月頃に一部伐採されたようで、公園からホールの外観が見えやすくなりました(下部の写真を参照)。
広いステージの中央に、ピアノが1台だけ置かれています。ピアノが小さく見えました。プログラムは質素な二枚折りで、上原本人からのメッセージもないのが残念。
上原彩子が黄緑色のドレスで登場。全曲楽譜なしで暗譜で演奏。なお、ヤマハではなくスタインウェイのピアノでした。
プログラム1曲目は、シューマン作曲/幻想小曲集。上原とシューマンは意外な組み合わせのように思えましたが、ぴあ関西版WEBのインタビューで「シューマンはすごく好きで、多分ロシアの作曲家以外だったら弾くのは一番好き。自分が想像もしなかったような場所に音楽がどんどん展開していく。そこに連れて行ってくれるということに、いつも、何回弾いても新鮮な気がしています。この曲集はこの曲集だけで世界が完結していて、全体のプログラムのバランスから見てもここで弾きたいと思いました。まずピアノそのものの美しさに触れていただく意味で、ちょうど良いと思いました」と答えています。また、上述のYouTubeのメッセージ動画で「私の大好きなシューマンは、ちょっと夢の中にいるような、でもそこの中でさまざまな感情を感じていただけるような親密な空間になるんじゃないかと思います」と語っています。
8曲からなります。ホールの大きさが相まって、残響がよく響いて、夢見心地な雰囲気がよく合っています。
第1曲「夕べに」は静かに始まりますが、第2曲「飛翔」では、前のめりになってお尻を浮かせて本領発揮。第4曲「気まぐれ」も躍動感がある。次の第5曲「夜に」に入るまでに間を置きました。第7曲「夢のもつれ」も指がよく回って軽やかに演奏。第8曲「歌の終わり」で華麗なクライマックスを築きました。
プログラム2曲目は、リスト作曲/ピアノ・ソナタ ロ短調。ぴあ関西版WEBのインタビューで、「単一楽章でありながら地球を超えた規模の壮大な宇宙的なスケールで創られている曲です。このロ短調ソナタというのは、大きなホールにある空間の響きをすごくプラスに取り込んでいる作品だと思います」と語っています。このホールでこの曲が聴けるのは贅沢です。
速めのテンポで、強奏は力強く、ゆったりしたところはしっかり歌って、153小節(cantando espressivo)からはショパンのように聴こえました。作品構成が分かりやすく、第2部で終わったと思わせて、第3部のAllegro energico(460小節)から勢いを増して始める演奏設計も見事。590小節(precipiato=まっさかさまに落ちるように)からの勢いがすごい。もう一度聴きたい演奏でした。聴けば聴くほど魅力が増す名曲ですね。
休憩後のプログラム3曲目は、ムソルグスキー作曲/組曲「展覧会の絵」。赤のドレスに着替えて登場。ぴあ関西版WEBのインタビューで「『展覧会の絵』は、ソロの中では一番多く回数を弾いている曲」と答えています。
冒頭の「プロムナード」は淡々と始まりましたが、「小人(グノーム)」は猛スピードですが、楽々と弾きます。「古城」は、ぴあ関西版WEBのインタビューで「最近好きな曲」と答えていて、「昔弾いた時はあのゆっくりなテンポ感に耐えられずに、いろいろやろうとしてしまったんだけど、最近になってやっと一本の線で淡々と歌うことが前よりもうまくできるようになったような気がします。
だからなんだかすごく今は弾いていて気持ちがいいです」と語っているように、素朴な歌い口。続く「プロムナード」は速めのテンポ。「テュイルリーの庭・遊びの後の子供たちの口げんか」は、拍感をあまり意識しない演奏。「ビドロ(牛車)」はpから始めたので、ffで始まるムソルグスキーのスコアとは異なります。左手の低音をマルカート気味に短く演奏。38小節からのクライマックスも重々しい。「卵の殻をつけた雛の踊り」は、主旋律の内声を聴かせました。「サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ」も拍感通りではない演奏。「リモージュの市場」は快速テンポ。「鶏の足の上に建つ小屋・バーバ・ヤガー」は、猛烈な勢い。細かなミスタッチはありました。「キエフの大門」は、「バーバ・ヤガー」の最後の音符の余韻の中、ゆったり弾きはじめました。ときどき中腰になって演奏して、スケール感がすばらしい。なお、ロシアのウクライナ侵攻を受けて、曲名を「キエフの大門」から「キーウの大門」に見直す動きがあるようですが、プログラムはキエフのままでした。
拍手に応えてアンコール。上原は紹介せずに弾きました。曲名は、ザ・シンフォニーホールの公式Twitter(@thesymphonyhall)で発表されました。
アンコール1曲目は、スクリャービン作曲/左手のための変奏曲とノクターンからノクターン。作品名の通り、左手だけで演奏。右腕はぶらんとしていました。音だけ聴けば、片手で演奏しているとはまったく気づきません。ピアノの可能性を示す1曲でした。
アンコール2曲目は、スクリャービン作曲/エチュードop.42-5。練習曲ですが芸術性はあります。ただし、アンコールで演奏されるには渋い作品。
アンコール3曲目は、シューマン作曲(リスト編曲)/献呈。プログラム前半に演奏したシューマンとリストの合わせ技ですが、シューマンの歌曲をリストがピアノ独奏用に編曲した作品のようです。最後に「マークドナールド(またはアーヴェマリーア)」に似たメロディーがあることに気がつきました。
もうアンコールはないかと思ったら、最後にもう1曲。アンコール4曲目で、シューマン作曲/トロイメライを弱奏でしっとりと演奏。シューマンで始まり、シューマンで終わるリサイタルを締めくくりました。16:20に終演。アナウンスにしたがって、規制退場が行なわれました。
デビュー20周年記念にふさわしいリサイタルでした。ザ・シンフォニーホールにふさわしいスケール感がある曲を選曲したのも成功です。同じピアノ1台で、さまざまな表情が作り出されて、ピアノの表現力の幅広さを感じました。上原はYouTube動画のメッセージで、「コンサートを聴き終わったときに、ピアノのリサイタルを聴いたんだけど、ピアノの音を超えたものを感じたって言ってもらえるとうれしい」と語っていましたが、まさに狙い通りのリサイタルになりました。
(2022.8.12記)