JUN'ICHI'S Café~京都コンサートホール館長の音楽談義~Vol.3「広上淳一館長の『音楽づくり』に迫る」

  
    2022年11月29日(火)19:00開演
京都コンサートホールアンサンブルホールムラタ

広上淳一指揮/京都市ジュニアオーケストラ有志メンバー
岡田暁生(お話)

モーツァルト/ディベルティメント ニ長調 KV136

座席:全席自由


 
京都コンサートホール・ロームシアター京都Clubと京響友の会の会員限定イベント「JUN'ICHI'S Café」に行きました。今年から始まったイベントで、全3回シリーズ。2020年4月から京都コンサートホール館長を務めている広上淳一と、音楽学者(京都大学人文科学研究所教授)の岡田暁生(あけお)が、京都コンサートホールの主催公演の楽しみ方を伝授するという企画です。Vol.1「ブルックナー交響曲第7番を知る」(2022.6.17)と、Vol.2「ディアギレフと仲間たちについて語る」(2022.9.29)は、京都コンサートホール1階のカフェ・レストランで行なわれました。京都市交響楽団第665回定期演奏会のプレトークで「広上が自分でコーヒーを入れる」と言っていましたが、Vol.1とVol.2の情報がインターネットに掲載されていないので、実際に広上がコーヒーを入れたかどうかは不明です。Vol.1とVol.2は参加費は無料でしたが、ワンドリンク注文が必要でした。なお、今年9月からアーティスティック・リーダーに就任したオーケストラ・アンサンブル金沢でも、石川県立音楽堂のカフェを再開させるなどの企画を行なっているようです。
 
今回のVol.3は、「広上淳一館長の『音楽づくり』に迫る」と題して、アンサンブルホールムラタでの開催で、「京都市ジュニアオーケストラメンバー(室内楽)を迎えて、広上淳一館長の“音楽づくり”をちょっと覗き見。ふだんは見られないリハーサルを特別公開します」という趣旨でした。広上淳一は、京都市交響楽団常任指揮者に就任した2008年度から、京都市ジュニアオーケストラのスーパーバイザーにも就任していましたが、2021年度をもって退任したようです。ちなみに、広上淳一が京都市交響楽団常任指揮者を退任した京都市交響楽団第665回定期演奏会以降に京都コンサートホールで指揮するのは、関係者対象の「上村昇古稀記念演奏会」(2022.10.31 アンサンブルホールムラタ)以来で、大ホールでは第42回全日本医科学生オーケストラフェスティバルで指揮する予定でしたが中止になったため、まだ一度もありません。なお、広上淳一は令和4年度の京都市自治記念式典で京都市特別功労賞を受賞しました。岡田暁生は、沼尻竜典オペラセレクション ビゼー作曲「カルメン」プレトーク・マチネでも軽妙なトークを披露しました。
 
参加費は無料でしたが、京都コンサートホールホームページの申込フォームかファックスでの事前申込制。10月15日(土)から31日(月)までに申し込みが必要で、約100名限定で、応募多数の場合は抽選でしたが、会員番号等を入力して応募したところ、めでたく「当選のご案内」のメールが届きました。今回は、アンサンブルホールムラタでの開催のため、ドリンクの販売はなし。この日は大ホールでの公演はなく、レストラン「カフェ コンチェルト」も閉店していました。受付で名前を告げて入場。プロフィール等が掲載された簡単なプログラムが配布されました。
 
アンサンブルホールムラタは100人以上のお客さんが来ていました。京都コンサートホールプロデューサーの高野裕子が登場して趣旨説明。京都市ジュニアオーケストラを「コンサートホールがバックアップしているオーケストラ」と紹介しました。続いて、岡田暁生と広上淳一が登場。指揮台の手前に、丸机とイスが二つ置かれていて、左のイスに岡田が、右のイスに広上が座りました。丸机には、開演前にメンバーがティーパック?にお湯を注いだ紙コップが二つ置かれました。岡田と広上が飲みましたが、この飲み物が何だったのかは触れられることはありませんでした。二人ともマスクをしていました。続いて、京都市ジュニアオーケストラのメンバーも登場しました。
 
広上が「このイベントでは、お互い「じゅんちゅん」「あけちゃん」と呼ぶことにしている」と紹介しました。広上は冬なのに半袖Tシャツ1枚。広上も岡田もよくしゃべります。
まず、指揮者の印象について、岡田が「クラリネットを担当していた学生時代のオーケストラで、指揮者の悪口ばかり言ってた。テンポが違ったりとか」と切り出しました。さっそく広上が、モーツァルト作曲/ディベルティメント ニ長調 KV136の第2楽章を取り上げました。京都市ジュニアオーケストラのメンバーは、第1ヴァイオリン8、第2ヴァイオリン9、ヴィオラ7、チェロ4、コントラバス4の中編成。
広上は「私がいなくてもできあがっている。日本で一番うまいジュニアオーケストラだが、オーディションが厳しすぎる気がする。コンサートマスターは医科大学の3年生」と紹介して、第2楽章の冒頭から31小節までを指揮者なしで演奏しました。24人もいますが、よくまとまっています。岡田が「指揮者は何のために存在するのか?」と問いかけると、同じ第2楽章を今度は広上が指揮。指揮棒を持って指揮台のイスに座って指揮すると、雰囲気や方向が見えました。歌いながら指揮して、スラーのアーティキュレーションが意識されて、響きがなめらか。25小節からは「だんだんクレシェンド」「大きくもっていきます」などと大きな声で指示しながら指揮しました。
広上は「指揮者の仕事は、魂やエネルギーを吹き込む仕事。車で言うと、車の仕組みや性能を知り尽くしていることも大事だが、誰でもできること」と話しました。岡田は「学生時代の指揮者は、聞いてくれてないというストレスがあった」と話すと、広上は「ヨーロッパのオーケストラは、弾きながら隣の奏者と議論している」と応じました。
 
岡田が「指揮者は指揮するときに最初に何と言う?」という質問に、広上は第1楽章の冒頭から36小節までを指揮。「今の3倍リラックスして音を出してみる、音楽をはじく感じ」と話し、持参した鍵盤ハーモニカを吹いて実演。指揮しながらも、よく言葉で指示します。見ていた岡田は「広上の右足が、八分音符のように動いていた」と話しましたが、広上は恥ずかしく思ったのか、イスを指揮台の横へ移動して、以降は立って指揮しました。
広上が岡田に「指揮しませんか?」と提案。事前に打診があったようですが、岡田は「人生初」と言いながら、緊張しながら指揮台へ。「指揮棒はいらない」と断って指揮棒なしで指揮。右手でメロディーラインをなぞるような変わった指揮で、リズムを振りませんでした。広上は「柔らかい音がした。腕を動かすのは音楽的な指揮」とコメントしました。広上は「指揮は誰でもできる。いいものになってもらいたい心があれば」と話しました。また、「指揮するのは怖い。怖い気持ちがなくなったら、指揮者は終わり。若い頃より汗は出なくなったが、今でもドキドキする。作品、作曲家、オーケストラに対する愛情を燃やし続ける訓練が必要」と話しました。
 
広上さんに聞きたいことを京都市ジュニアオーケストラのメンバーから募集。「指揮者の仕事に就きたいと思った理由は?」の質問には、「両親は反対したが、あきらめた。音楽を自分で音を出すのは恥ずかしかった。人生、棒に振りたかった」と笑って話し、「小2でサヴァリッシュ先生の指揮を見ていいなと思った。体を動かすのが好きだった」と振り返りました。「指揮者じゃなかったら何の楽器をしたいか?」の質問には、「ティンパニが好き。打楽器を勉強したい」と答えました。また、「指揮者は、高等詐欺師か催眠術師。前に立ってるだけでいいという気持ちにさせる。以心伝心というか、テレパシーが研ぎ澄まされてくる」と語りました。
 
客席の最前列で聴いていた財団(公益財団法人京都市音楽芸術文化財団)専務理事の森川佳昭が、突然広上に呼ばれてステージ上へ。森川は元京都市職員で、京都市交響楽団の副楽団長も務めています。背が高くて、とても真面目そうな方です。いつも専務室に座っているのを広上は見ていたようです。森川が指揮台に上がり、広上に腕を持たれながら第2楽章を指揮。広上が「みんなが幸せになるように」「力を抜いて」「笑って」などとオーケストラに催眠術をかけるようにゆっくりアドバイスしました。広上は「結局心で、政治でも舞台でも同じ。指揮者はみなさんができること。心をこめてそれぞれの道で愛情を注いでいただく」と他業種にも通じるようなメッセージを話しました。
 
最後に、第2楽章と第3楽章を通して演奏。広上が立って指揮。ハーモニーがよく響き、強弱や抑揚がよくついています。第3楽章は重心がやや重い響きですが、広上らしい演奏。最後に、プロデューサーの高野から、来年1月29日に開催される「第18回京都市ジュニアオーケストラコンサート」のアナウンスがあり、20:10に終演しました。
 
1時間という短い時間でしたが、ちょっとここには書けないような笑える話もあって、楽しめました。広上の話は、サラリーマンの私が聞いても参考になることがあり、まとめてもらってぜひ著書として出版して欲しいと思いました。来年度もこの「JUN'ICHI'S Café」が続くかどうかは分かりませんが、リハーサル風景が見られるのはうれしいです。
 

(2022.12.12記)

 

京都コンサートホール×京都市交響楽団プロジェクトVol.3「天才が見つけた天才たち――セルゲイ・ディアギレフ生誕150年記念公演」 立命館大学交響楽団第128回定期演奏会