熱狂コンチェルト2026 ラフマニノフ ピアノ3連投!!
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2026年2月7日(土)14:00開演 ザ・シンフォニーホール 飯森範親指揮/日本センチュリー交響楽団 ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第3番 座席:S席 2階CC列21番 |
2023年夏に開催されたラフマニノフ生誕150周年記念 熱狂コンチェルト2023に続いて、ふたたびラフマニノフのピアノ協奏曲が一気に演奏されるコンサートが開催されました。前回と同じ3人のピアニストが、1曲ずつ演奏しましたが、今回は演奏曲を入れ替えて、松田華音が第2番→第3番、福間洸太朗が第3番→第4番、上原彩子が第4番→パガニーニの主題による狂詩曲です。注目は、上原が弾く「パガニーニの主題による狂詩曲」で、当時21歳の上原は2002年のチャイコフスキー国際コンクールの本選で演奏し、ピアノ部門で女性としても、日本人としても史上初の第一位を獲得しました。振り返ると、上原彩子の演奏は、2021年以降は毎年聴いています。頻繁に近畿圏に来てくれてうれしい。
指揮は飯森範親。2014年度から2024年度まで日本センチュリー交響楽団の首席指揮者を務めました。パシフィックフィルハーモニア東京音楽監督、群馬交響楽団常任指揮者、山形交響楽団桂冠指揮者、いずみシンフォニエッタ大阪常任指揮者、東京佼成ウインドオーケストラ首席客演指揮者、中部フィルハーモニー交響楽団首席客演指揮者、武蔵野音楽大学客員教授を務めていますが、3年間務めた群馬交響楽団常任指揮者は今年3月末で退任します。飯森は昨年12月に「第60回大阪市市民表彰」を受賞しました。「文化功労(芸術・芸能・科学又は学術に関して尽力された方)」で、大木こだまひびき、藤山直美などと揃っての受賞です。いずみシンフォニエッタ大阪や日本センチュリー交響楽団で、大阪の音楽文化の振興と発展に貢献したことが理由です。飯森範親のX(@iimoriconductor)によると、本公演当日のゲネプロ前にホテルのジムでストレッチやジョギングをしたとのこと。指揮者は身体が資本ですね。なお、大友直人も同じホテルに宿泊していたとのことで、ツーショット写真も掲載されました。
本公演ではラフマニノフのピアノ協奏曲で一番有名な第2番を外したためか、満席にはならず、7割程度の入り。コンサートマスターは女性でしたが、赤松由夏(関西フィルハーモニー管弦楽団コンサートマスター)でしょうか(間違いだったらすいません)。ピアノはスタインウェイで、上手奥にも1台置かれていましたが、入れ替えることなく、3人とも同じピアノを弾きました。
プログラム1曲目は、ピアノ協奏曲第3番。ピアノ独奏は松田華音(かのん)。29歳です。譜めくりの女性もオーケストラと一緒に入場。松田がブルーのキラキラのドレスで登場。松田はこの曲を演奏するのが初めてとのことですが、ピアノ協奏曲で隣に踏めくりがいるのは初めて見たかもしれません。立って譜めくりしました。第1楽章冒頭からオーケストラの響きが薄いですが、室内楽のように緻密な演奏。飯森の好みでしょうか。松田のピアノは、fにもっと迫力がほしい。やや一本調子に聴こえるところがありました。また、練習番号14を過ぎてAllegroになっても、松田がこれ以上早く弾けないためか、テンポアップしませんでした。その後のカデンツァは一生懸命難所をクリアーして、見ていて応援したくなりました。ひたむきな演奏だと、聴いている方も達成感がありますね。飯森はしっかりアイコンタクトを取って松田をサポート。大きな身振りで指揮しました。第2楽章は打鍵が硬いので、もう少し音色が柔らかくてもいいでしょう。第3楽章は練習番号42を過ぎてPiù mossoのピアノの連符はもっと軽く聴きたいです。やや単調に聴こえました。練習番号64を過ぎてPoco mossoから少し疲れたかちょっとテンポダウン。練習番号70からゆっくり盛り上げて、練習番号74を過ぎてUn poco meno mossoから飯森は完全に松田を見ながら指揮。
演奏終了後は飯森と松田がハグ。飯森は指揮台から動かず松田に拍手し続けるので、松田が一人で退場。飯森はなかなかオーケストラを立たせませんでしたが、ちゃんとオーケストラのソリストを立たせました(ただしこの曲のみ)。
休憩後のプログラム2曲目は、ピアノ協奏曲第4番(1941年版)。ピアノ独奏は福間洸太朗。福間も飯森もこの曲は初めてとのことで、飯森範親のXによると、飯森の自宅で福間と綿密な打ち合わせをしたとのこと。福間は身長が高くて細身です。譜めくりも譜面もなしで演奏。第1楽章から軽やかに力を抜いて、速いテンポでスラスラ弾きます。あっという間に196小節(a Tempo rubato)のクライマックスへ。最後は6小節の短いコーダで突然終わりますが、ややリタルダンド気味に終わりました。第2楽章はショパン風の音色。44小節からでホルンが不気味に介入してきます。attaca subitoで休みなく第3楽章へ。打楽器がティンパニを含めて6人もいましたが、ようやく出番です。オーケストレーションが複雑ですが、飯森は先ほどの第3番と違ってオーケストラをよく鳴らしたので、ピアノがちょっと埋没しました。なお、福間のX(@KotaroFukuma)によると、福間は本公演を含めてこの曲をなんと5回も演奏するのこと(5月に阿部加奈子指揮&フランス・ドーム交響楽団、8月に大井剛史指揮&神奈川フィル)。
プログラム3曲目は、パガニーニの主題による狂詩曲。ピアノ独奏は上原彩子。チューニング中にピアノのイスを取り替えました。どうやら座高が違うようです。上原が水色のドレスで登場。演奏前にイスの座り心地をしばらく調整してから演奏開始。序奏の二分音符×3発だけでぞくっと来ました。粒だちがはっきりしていて、上原は貫禄が別格です。第4変奏(Più vivo)からテンポアップして、速いテンポで弾きます。第7変奏の「怒りの日」のメロディーは、アクセント気味に強い打鍵で弾きました(スコアではテヌート+poco pesante)。第8変奏はバリバリ弾いて、飯森はほとんど後ろを向かないで、上原のピアノにテンポを合わせて指揮しました。なお、変奏が始まる前に、飯森の「うん」といううなり声が聴こえました。有名な第18変奏は緩急をつけて速く弾きましたが、後半は落ち着いて締めくくりました。聴かせ方がうまい。第19変奏は高音がきらめく色彩感がすばらしい。第22変奏は冒頭からアクセントをかましました。事故が起こりやすい練習番号64付近では飯森が何か声を出していたようです。第23変奏から上原はアクセル全開で、第24変奏からは上原の集中力が別次元ですごすぎ。オーケストラも大熱演で、もう一回聴きたい名演でした。
本公演後に、ひさびさに上原が優勝したチャイコフスキー国際コンクールのライヴ録音のCDを聴きました。CDでは尖りすぎるくらいストレートな打鍵ですが、本公演はもう少し丸みのある音色でした。飯森のサポートがよかったのかもしれません。CDではけっこうミスタッチもあるので、本公演の方が完成度は高いですが、まさに若い頃の貴重な記録です。なお、上原彩子のX(@ayako_uehara_pf)に「個人的に、パガニーニ狂詩曲は久しぶりで楽しみだったのですが、今回は、20世紀のモダニズムとラフマニノフ特有のロマンティシズムが共存しているような表現を思い描きながら演奏しました😌(ささやかながら、私の新たな挑戦)」とポストしましたが、上述のCDとの違いは、こういう意識や表現の変化にあると言えるでしょう。
カーテンコールでは、松田、福間、上原の3人がステージ衣装で登場。飯森が客席をあおって、1階席はスタンディングオベーション状態の盛り上がりに。16:15に終演しました。
三者三様の魅力が楽しめましたが、上原のパガニーニは別格でした。飯森範親はピアニストによってサポートの方法が違うのが興味深かったです。よく身体を動かしましたが、当日朝のトレーニングを含めて、指揮は運動と感じました。飯森は2025年3月で日本センチュリー交響楽団首席指揮者を退任しましたが、ミュージックアドバイザーを務めていた秋山和慶が2025年1月に急逝し、指揮者陣は音楽監督の久石譲だけになってしまいました。某正月番組で「大学オーケストラのほうが上手い」という評価が流布されてしまったこともあるので、センチュリーに戻ってきて欲しいですね。飯森を近畿圏で聴く機会が減ってしまって残念です。
上原彩子は2022年に著書『指先から、世界とつながる ~ピアノと私、これまでの歩み~』(ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス)を出版しました。これまでの人生を振り返っていますが、大変おもしろい。お父様の転勤が多く、高松市→神戸市→各務原市と引っ越したことや、東京でのヴェラ・ゴルノスタエヴァ先生との出会い、コンクール歴(優勝した4年前の第11回チャイコフスキー国際コンクールに17歳で参加していたことは知りませんでした(二次予選で敗退))、25歳での結婚、出産後の変化、失敗談、2018年に東京芸大准教授就任、教師に最も必要なもの(=忍耐力)など、ピアノやピアニストに興味がある人なら一読をお勧めします。若いときの写真も多数掲載されています。また、「私の音楽 作曲家と作品と私」で、ピアノ作品を演奏者の立場から具体的に解説しています。ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」は、「さまざまな点で私にはとても合う曲です」と書かれていますが、まったく同感です。小澤征爾と共演したラフマニノフの「ピアノ協奏曲第3番」について特筆されていますが、おそらく私が聴いた小澤征爾×新日本フィルハーモニー交響楽団特別演奏会のことですね。
(2026.3.2記)