スティーヴ・ライヒ/ドラミング 湖国が生んだ打楽器奏者の協演


  2023年9月10日(日)15:00開演
滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール大ホール

中谷満、宮本妥子、畑中明香、久保菜々恵(ボンゴ)
奥村隆雄、三村奈々恵、改發麻衣、中村めぐみ、大石橋輝美、島田菜摘、國領愛歩、山田佳那子、石垣真結子(マリンバ)
北川皎、中路友恵、西岡美恵子、奥村夏海(グロッケン)
若林かをり(ピッコロ)
中嶋俊晴(カウンターテナー)
熊谷綾乃(ソプラノ)

ライヒ/ドラミング

座席:指定席 1階1Q列22番


スティーヴ・ライヒの「ドラミング」全曲を演奏するコンサートに行きました。ライヒは1936年生まれのアメリカの作曲家で、今年で86歳。「ドラミング」(Drumming)は1971年に作曲された初期の「ミニマル・ミュージック」の代表作で、「パートⅠ」から「パートⅣ」まで、1時間以上に渡って切れ目なく連続して演奏されます。12/8拍子で反復パターンが譜面で示されていますが、繰り返す回数は奏者に委ねられています。12人(ボンゴ3、マリンバ3、グロッケンシュピール3、ソプラノ、アルト、ピッコロ)で演奏できますが、本公演では20人(ボンゴ4,マリンバ9、グロッケン4、ソプラノ、カウンターテナー、ピッコロ)で演奏しました。12人で演奏する場合は、楽器の掛け持ちが発生するようですが、20人だと掛け持ちはなくなります。

米原市にある滋賀県立文化産業交流会館の開館35周年記念事業で、本公演の前日には滋賀県立文化産業交流会館イベントホール(最大席数2074席、滋賀県内最大級!)でも開催されました。前日の7日(金)のリハーサルの様子をNHKが取材していましたが、楽器はステージではなくフロアに置き、後方に反響版を立てて演奏したようです。滋賀県立文化産業交流会館公演のほうがチケットが1000円安かったのですが、米原はやはり遠いので、びわ湖ホールでの本公演にしました。

「湖国が生んだ」のサブタイトルが付いているように、滋賀県出身か滋賀にゆかりがあるアーティストが出演しました。25歳から80歳までで三世代と言えるでしょう。滋賀県立文化産業交流会館のホームページには「打楽器王国 滋賀の威信をかけて贈るビッグプロジェクト」との触れ込みでしたが、滋賀県に打楽器奏者が集まっている理由は、宮本妥子(やすこ)が非常勤講師を務める滋賀県立石山高校音楽科と同志社女子大学学芸学部音楽学科の卒業生が多いためでしょう。中心メンバーは、ボンゴの中谷満(元大阪フィルハーモニー交響楽団打楽器奏者、相愛大学音楽学部教授)、マリンバの奥村隆雄(元京都市交響楽団首席打楽器奏者)、グロッケンの北川皎(きよし)(元京都市交響楽団打楽器奏者)で、その次の世代となるボンゴの宮本妥子や、マリンバの三村奈々恵が出演しているのも注目されます。2009年に行なわれたびわこミュージックハーベスト 打楽器&マリンバ 公開アカデミー&演奏会に出演した、ボンゴの中谷満と宮本妥子と久保菜々恵、マリンバの中野めぐみ、グロッケンの奥村夏海の5人が本公演にも出演しました。7月6日には制作発表の記者会見が行われました。中谷は「1曲の中でだんだんリズムや音色の色彩が変化してグラデーションが進み、宇宙に導かれるかのような異様な感覚を感じる」と語っています。宮本妥子オフィシャルブログ「はじまりは・・・」によると、9月5日(火)から全員が滋賀県立文化産業交流会館に集合して練習を開始したようです。

「ドラミング」全曲演奏は滋賀県では初演で、日本でも6年ぶりの演奏とのこと。6年前に演奏したのは誰なのか調べたら、あの加藤訓子が2018年1月に愛知県芸術劇場小ホールで、ダンサーの平山素子と共演したようです。また、加藤は2022年12月にinc. percussionists 2022(インク・パーカッショニスト 2022)と、めぐろパーシモンホール大ホールで「ドラミング」を演奏しています。なお、加藤は2018年にリリースしたCD「ドラミング」で、全パートを1人で多重録音で演奏する世界初の偉業を成し遂げています。ピッコロや声楽も含めて、12人が必要なこの複雑な作品を一人で演奏しようとする発想もすごいですが、実際に録音したのはまさに驚異的です。

午前中の第27回京都の秋音楽祭開会記念コンサート 公開リハーサル(京都コンサートホール)から移動。地下鉄烏丸線→地下鉄東西線・京阪京津線→京阪石山坂本線を乗り継いで、びわ湖ホールへ。最寄り駅の石場駅でひさびさに降りましたが、以前は「びわ湖ホール前」の副駅名がついていたのですが、現在はなくなってしまいました(2015年頃らしい)。石場駅を降りたらホールが見えています(徒歩約3分)。びわ湖ホールは2023年9月5日で開館25周年を迎え、メインボールにはタペストリーも設置されました。

チケットは、びわ湖ホールネットチケットから申し込み。クレジットカード決済が可能で、チケットは会場で受け取りました。どれだけ客が集まるのか想像がつきませんでしたが、6割くらいで意外に多い。「70分間休憩なし」とアナウンスがされました。開場中ですが、ボンゴのチューニング。ステージ中央のボンゴは「tuned bongo drums」と指示されているので、入念に音程を合わせたのでしょう。左に置かれているマリンバと音程を合わせていました。何人かの奏者が見守ります。

開演。ホール内が真っ暗になってメンバーが入場。客席からの拍手を嫌ったのかもしれません。中央のボンゴに照明が当たって、中谷満が速いテンポでパートⅠがスタート。ボンゴ8台を4人で演奏しました。ボンゴはスタンドに固定して一列に並べて、2人ずつ向かい合って演奏しますが、中谷は背が高いからかイスに腰掛けて演奏しました。なお、演奏していない他の楽器の奏者は、ステージ脇の左右のイスに座って待機しています。休符だった拍に音符が増えてきて、拍が微妙にずれてきます(フェイズ・シフティングと言うらしい)。拍をずらして叩くのは普段練習しないので、実は難しいことでもあるようです。宮本妥子以外での3人での演奏が続きますが、3人でひとつの音楽を奏でていて、これはよほど練習しないとできない芸当です。6本のスティックで、こんなに流動性がある音楽を作れるとは驚きです。マイクなしでしたが、大ホールでも十分すぎる音量でした。中谷はアクセントや強弱を大胆につけてすごい強打。楽譜なしで演奏しましたが、流れるように次のパターンに移行します。中谷の左で演奏する女性(畑中明香)がやや客席を向いて、和太鼓のようにクレシェンドデクレシェンド。宮本も加わって4人で演奏。宮本は片足を上げたり頭を揺らしながら叩きます。一度収まって中谷のみに。宮本がスティックを変えて叩くと、曇った音色になりました。中谷が硬いスティックに交換して渾身の強打。4人で異質な熱狂的な盛り上がり。8本のスティックでこんな音が出るとは意外で、高架下で響く騒音に似ていますが、規則性が感じられる音です。文章では表現しがたいカオスな状況。加藤訓子は「トランス状態になる」と語っていますが、まさに適切な表現です。

左のマリンバの演奏がスタートしても、ボンゴの勢いはそのままで盛り上がったままでしたが、ボンゴが一気にフェードアウトして消えて、パートⅡへ。マリンバ3台が縦列に並んでいて、楽器の上部に立てられたスタンドマイクで集音して、ステージ奥からのスピーカーで流しました。すごくきらびやかな和音で、色彩感が強烈。心地よい響きです。ステージ後方の壇上に、声楽を配置。左がソプラノの熊谷綾乃で、その右がカウンターテナーの中島俊晴。ライヒは「ソプラノとアルト」と指示しているので、アルトをカウンターテナーに変えたのは本公演のオリジナルです。譜面台を立ててマイクで歌いますが、スピーカーの音量が控えめでよく聴こえません。ライヒによると「声は楽器の音を正確に模倣している」ようですが、本公演では打楽器の伴奏のような扱いで、もっと声を聴かせて欲しかったです。打楽器の演奏がいいだけに、もったいない。マリンバが4人になって、リズムが乱れはじめます。奥村隆雄が新たなモティーフを持ち込み、奏者が4人、5人、6人に増えます。奥村はマリンバの最も右奥で演奏し、その手前で三村奈々恵が演奏。最後は9人で演奏し、さらに高音で新たなモティーフが始まりました。この多彩な音響は、催眠効果があるかもしれません。ソプラノとカウンターテナーは歌い終わるとイスに座りましたが、声がなくてもハミングが聴こえているような気がするのは不思議です。

どんどん人数が減って、パートⅢへ。グロッケン3台を4人で演奏しますが、最初は3人で開始。マリンバ同様に、楽器の上部にスタンドマイクが設置されていました。譜面台を置いて演奏。かわいらしいモティーフから始まりましたが、4人一組でせせこましく、ひとつのものに取り組んでいる姿は視覚的には異様です。カウンターテナーの中嶋が立ち上がって、マイクに近づけて口笛(スコアではWhistling)を吹きましたが、あまり聴こえません。その左で若林かをりがピッコロを立って演奏。ピッコロはよく聴こえました。右奥の北川皎がけっこうクレシェンドとデクレシェンドをしているようでしたが、楽器の特性によるものなのか聴いているとそんなに音量の変化は感じませんでした。

グロッケンはデクレシェンド。ついに1音だけになりました。中央のボンゴと左のマリンバがスタンバイして、マリンバとボンゴがうまくタイミングを合わせてパートⅣへ。左から、マリンバ×2、ボンゴ×3、グロッケン×2で演奏。マリンバが積極的に仕掛けて、同一音を連打。盛り上がりが左のマリンバから、中央のボンゴを経て、右のグロッケンへ受け渡されます。リズムは変わりますが、テンポは終始一定で、テンポ感が最後まで全員で共有できるかどうかがポイントでしょう。その後、マリンバ×3、ボンゴ×3、グロッケン×3に増員されて、最後まで演奏しました。声楽(二人ともあまり聴こえない)とピッコロ高音が追加されて、クレシェンドとデクレシェンドを繰り広げます。京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科 管・打楽専攻生による文化会館コンサートI 「ともしび」〜未来へつなぐ音楽のちから〜で聴いた「木片のための音楽」(1973年)もそうでしたが、どのように曲が終わるのか興味がありましたが、カウンターテナーの中嶋が壇上から降りてきて、ボンゴの列の後方に立ち、腕で大きな三角形を胸元に描くと、しばらくしてクレシェンドで演奏が止まりました。ステージの照明が消えて真っ暗に。アイコンタクトで合わせたのか分からないほどきれいに終わりました。演奏時間は65分で、あっという間でした。カーテンコールでは、中谷が「バランスを調整していただいた音響さんもプレイヤーです。拍手を」と客席に呼び掛けて、ステージからも音響スタッフに拍手。16:15に終演しました。

宮本妥子STAFFのX(旧Twitter)によると、2日間で約1100名が来場したとのことです。この作品の前衛性を強調するよりも、ひとつの現代音楽作品として分かりやすく魅力的に聴かせました。師弟関係にあるメンバーが演奏したので、ファミリー的なつながりや一体感を感じました。CDでは感じられない表情の変化も感じられましたが、残念だったのは、もう少し声を強くしてほしかった点で、打楽器がメインの演奏会だから控えめにしたのかもしれませんが、声楽パートの音符が見えてこなかったのが残念。いっそんことこのメンバーで打楽器アンサンブルを結成したらおもしろいでしょう。ライヒの作品には「18人の音楽家のための音楽」(1976年)もあるので、挑戦して欲しいです。

なお、2024年3月21日~24日には「びわ湖ミュージックハーベスト2023 打楽器アンサンブルセミナー」が滋賀県立文化産業交流会館で開催されます。主催は公益財団方針平和堂財団で、ヴァイオリン奏者で東京藝術大学教授の玉井菜採が音楽監督を務めています。2020年からスタートして、2021年と2022年はヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの室内楽で、2023年はフルートとクラリネットも加わりましたが、4年目の2024年は打楽器です。講師は、宮本妥子(コーディネーター、打楽器・マリンバ)、神谷百子(マリンバ)、山澤洋之(打楽器・作曲)、中谷満(合奏指揮)、久保菜々恵(アシスタント)で、小学5年生から大学4年生までの10名程度を募集し、3日間のリハーサルの後、最終日の3月24日(日)に成果発表演奏会(打楽器アンサンブルコンサート)を開催します。受講料はなんと無料。2009年のびわこミュージックハーベスト 打楽器&マリンバ 公開アカデミー&演奏会とよく似た企画ですが、当時受講生だった會田瑞樹はプロの打楽器奏者として大活躍しています。若い奏者が成長する機会があるのはとてもうれしいことです。


京阪石場駅駅名標 京阪石場駅 びわ湖ホール2階入口 びわ湖ホールメインロビー ステージのモニター

(2023.9.23記)

 
第27回京都の秋音楽祭開会記念コンサート 公開リハーサル RYUKOKU Clarinet × Percussion Orchestra 2023