大阪フィルハーモニー交響楽団第377回定期演奏会


   
      
2004年4月23日(金)19:00開演
ザ・シンフォニーホール

大植英次指揮/大阪フィルハーモニー交響楽団
ファジル・サイ(ピアノ)

ラヴェル/ラ・ヴァルス
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第3番
ストラヴィンスキー/バレエ音楽「春の祭典」

座席:A席 2階 BB列32番


仕事を午後から休んで駆けつけました。京都から大阪までなので、午後から休んでいくほどの距離でもないのですが、17:30の終業からの移動ではおそらく開演に間に合わないと思います。開演時間がもう30分遅くなればとてもうれしいのですが。
昨年音楽監督に就任した大植英次と大阪フィルの2年目のシーズンです。その開幕公演2日目の演奏を聴きました。チケットは両日とも完売。期待の大きさがうかがえます。
オーケストラ団員はいつものように開演時間までの間に続々とステージに登場し、練習をしていました。指揮者の譜面台はありませんでした。

プログラム1曲目は、ラヴェル作曲/ラ・ヴァルス。冒頭の弱奏はヴィオラが弱いなど交通整理が今ひとつでしたが、ヴァイオリンの透明感のある音色がすばらしい。ただ、打楽器がややうるさい。力強さが表現されすぎるので、この作品にはここまでの音量はいりません。また、ラヴェルの作品なので、もう少し管楽器の音色を聴かせて欲しいです。もっと華々しい色彩感が生まれるはずです。特に強奏で管楽器が打楽器に埋もれてしまうのが残念。演奏の性格を端的に表すなら、アメリカ風のやや外面的なラヴェルと言えるでしょうか。大植は弱奏でも大きな身振りで、打拍を意識させる指揮でした。

プログラム2曲目は、ベートーヴェン作曲/ピアノ協奏曲第3番。ピアノ独奏はトルコ生まれのファジル・サイ。まさに衝撃的な演奏でした。サイの容貌は長身で長髪でしたが、何と言っても演奏態度が奇抜。何度もイスに座り直したり、天井を見上げたりして落ち着かない様子で、上半身をフラフラさせてけだるそうに見えました。酔っぱらって弾いているんじゃないかと思うほどでした。また、パッセージを弾き終えると、鍵盤からすぐに手を離し、手を大きく前や上にあげるなど、かなり派手な弾きぶり。時には右手だけで演奏し、左手は大きく指揮をするような素振りも見せました。その姿は空想にふけっているようにも、宇宙と交信しているようにも見えました。また、後ろを振り返ってオーケストラ団員を見つめたり、客席前列をにらみながら演奏したり、周囲を挑発しているような態度でハラハラさせられました。これほどまでオーケストラに関与したがるピアニストも珍しいと思います。サイが大きな存在感で演奏の主導権を握っているというよりも、威圧感さえ感じさせる弾き方で、オーケストラも緊張しながら演奏しているのが分かりました。大植もビビって指揮しているようで完全に伴奏に徹していましたが、大植の共演者としては、こういうタイプが合うのかもしれません。全曲を通して、次に何が飛び出すか分からないスリルが楽しめました。ベートーヴェンをこんなにハラハラしながら聴いたのは初めてかもしれません。
サイの演奏技術はミスもなく完璧で非の打ち所がない内容。ショパン風のラプソディックな磨き抜かれた音色でした。透明感のあるつややかな音色が美しく聞けました。1998年に録音されたCD「シャコンヌ!〜サイ・プレイズ・バッハ」を聴いた限りでは、大きな音でバリバリ弾くタイプというイメージがあったのですが、この日の演奏ではむしろ楽な音量で軽いタッチで時折鼻歌まじりに弾いていました。また、ジャズのように弾んだアクセントやリズムなど、スコアにない自由な解釈を取り入れて、まるで自分の作品のように扱っていました。とてもベートーヴェンの作品には聞こえませんでしたが、サイもベートーヴェンの作品だということをあまり意識せずに弾いているように感じました。第1楽章カデンツァもサイの自作で、ものすごい勢いで速いパッセージを弾いたかと思うと、高音で静かに楽章冒頭のテーマを演奏するなど個性的な内容でした。
この演奏なら客席の評価は賛否両論分かれてブーイングも起こるのではないかと思いましたが、聴衆は好意的に捉えたようで盛大な拍手が起こりました。拍手に応えてサイがアンコールとしてモーツァルト作曲/キラキラ星変奏曲を演奏。まさに自由自在に鍵盤を操り、いともたやすく鮮やかに弾いてのけました。
ファジル・サイは予想以上の奇才でした。強烈な個性を印象づけましたし、没個性といわれる現代にあって、ものすごいピアニストが登場してきたと感じました。サイはあのグレン・グールドと比較されることが多いようですが、演奏スタイルが似ているなど共通点も多いように思いました。今後の進化に大いに期待したいです。ちなみに、休憩中にはロビーでサイのCDが飛ぶように売れていました。

休憩後のプログラム3曲目は、ストラヴィンスキー作曲/バレエ音楽「春の祭典」。指揮者のバトンテクニックが試される作品ですが、やや危なっかしい演奏でした。大植はアクセントを全身で表現して、変拍子になると直立不動で律儀に細かく振っていましたが、何度か振り間違えてヒヤヒヤさせられました。オーケストラが冷静に対応していたので事故には至りませんでしたが、大植は変拍子の作品はやや苦手としているようです。指揮法では都響プロムナードコンサートNo.305での広上淳一に一日の長がありました。
オーケストラの演奏も変拍子にとらわれて、やや物足りなさが残りました。まず強奏はもっと鳴って欲しいです。意外に抑制された表現で洗練さやクリーンさが感じられましたが、熱狂的な興奮を巻き起こすような爆演にはなりませんでした。凶暴で汚い表現が聴きたかったです。特にトランペットが弱いのが惜しい。その反面、弱奏の音量が全体的にやや大きいので、ダイナミクスの幅がやや狭く感じられます。落とすべき部分はもっと静かにして欲しいです。
演奏終了後に大植英次が見せる聴衆の拍手への応え方は絵になっています。スター性のある指揮者ですね。

大植英次を聴いたのは、第368回定期演奏会「音楽監督就任披露演奏会」以来でしたが、そのときのマーラー「復活」ほどの鮮烈さはありませんでした。もっともファジル・サイがすごすぎたので、大植のインパクトが薄まってしまったような感はあります。大阪フィルも大植英次が音楽監督に就任してからレパートリーを積極的に拡大してきているのは大いに評価したいですが、もっと作曲家や作品の特性を鋭く突いた演奏を聴きたいです。「春の祭典」は今後のリベンジに期待です。

(2004.4.24記)




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