チャイコフスキー/交響曲第6番「悲愴」


◆作品紹介
チャイコフスキー生涯最後の作品。第2楽章で5/4拍子の舞曲を用い、第3楽章では行進曲が現れるなど、従来の交響曲の形式を大きく発展させている。また、ppppppからffffまで強弱記号も幅広い。チャイコフスキーが「人生で一番よい作品」と語ったとされる自信作だったが、初演はチャイコフスキーが納得できるほど成功しなかった。そのため、初演の翌日、チャイコフスキーはこの作品に標題をつけたいと考えた。弟のモデストが「トラジック(悲劇的)」を提案したが、その次に思いついた「パテティック(悲愴)」にすぐさま同意し、スコアに書き込んだとされる。初演の5日後にチャイコフスキーは発病し、その4日後の53歳の生涯を閉じた。死因は、コレラによる病死説や自殺説など諸説あり、真相はいまだに不明である。


◆CD紹介
演奏団体 録音年 レーベル・CD番号 評価
トスカニーニ指揮/NBC交響楽団 1947 RCA BVCC9930
E.クライバー指揮/ケルン放送交響楽団 1955 アルヒペル(輸) APRCD0321
マルティノン指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1958 デッカ UCCD7021
ムラヴィンスキー指揮/レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団 1960 グラモフォン POCG9836
カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1971 ディスキー(輸) BX708282
チェクナヴォリアン指揮/ロンドン交響楽団 1976 RCA/タワーレコード TWCL2006
カラヤン指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1984 グラモフォン POCG50019
カラヤン指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1984 ソニークラシカル(輸) SVD48311【DVD】
バーンスタイン指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック 1986 グラモフォン UCCG9028
チェリビダッケ指揮/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団 1992 EMIクラシックス(輸) 7243 5 56523 2 4
朝比奈隆指揮/大阪フィルハーモニー交響楽団 1997 キャニオンクラシックス PCCL00560
ショルティ指揮/バイエルン放送交響楽団 (P)1997 ファーストクラシックス(輸) FC127
アファナシエフ指揮/東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団 2005 エクストン OVCL00185


トスカニーニ指揮/NBC交響楽団 【評価D】
針音がうるさいのがかなり気になる。最後まで聴き通すには少し忍耐が必要である。細部もあまり鮮明でなく、音のアーティキュレーションが聞き取りにくい。演奏は速いテンポ設定でどんどん先に行ってしまう。もっとゆったりと歌って欲しい。あせっているように聞こえるのがものたりない。音符の処理を短めに処理しており、音楽が流れずに止まってしまい、その場限りの音楽になっている。強弱の変化や表情づけにも乏しい。金管楽器が意外におとなしく、トスカニーニらしさがあまり聴かれない。


E.クライバー指揮/ケルン放送交響楽団 【評価C】
モノラル録音の表記だが、擬似ステレオのような奥行きがある。トランペットが後方から聴こえるなど、遠近感がある。「HI-END RESTORATION TECHNOLOGY」の効果が絶大。
旋律を長いフレージングで歌わせる。ドイツのオーケストラとは思えないほどよく流れる。
第1楽章130小節(Andante)から速いテンポ。2ヶ所のincalzando(134小節、138小節)で盛り上げる。再現部(309小節、313小節)でも同じ。229小節で一度テンポを落としてアッチェレランド。第2楽章のメロディーは、スラーがどこまでも続くかのように息が長い。第3楽章222小節からの木管楽器のスケールのうねりがすごい。283小節からはリタルダンドをかけてテンポを落とす。第4楽章は、ヴァイオリンの旋律を感情を込めて歌わせる。71小節からの管楽器の3連符はあえてあまり鳴らさない。77小節から78小節にかけてテープの問題か音が途切れる。


マルティノン指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 【評価D】
マルティノンとウィーンフィルの唯一の共演盤。明るい音色でフランス音楽を思わせる色彩感がある。弦楽器の潤いのある音色がウィーンフィルらしい。強奏でも耳に心地よいが、あまり悲愴感は感じられない。音に張りがなく緊張感があまりない。また、低音楽器をもう少し聴かせて欲しい部分がある。意志疎通がうまくいっていない部分も感じられるが、資料的価値はある録音である。第1楽章54小節からの木管楽器の連符をアッチェルランド気味に演奏しているのが落ち着かない。第2楽章は、弦楽器による旋律がブチブチ切れて聞こえる。響きもあまり洗練されていない。第3楽章では数回マルティノンの声が聞こえる。229小節からの強奏は主旋律があまり聞こえない。ラスト6小節は低音がまったく聞こえない。第4楽章の115小節からの強奏はもっと激しく聴かせて欲しい。


ムラヴィンスキー指揮/レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団 【評価B】
統率されたアンサンブルを聴かせている。強奏でも細部が明瞭に聞こえるなど計算された音楽設計を感じさせる。弦楽器がすごい重量感で、重くたくましい演奏を聴かせる。ダイナミクスの幅も大きい。第1楽章の第2主題は、あまり歌い込まずに意外にあっさり流れていく。161小節からの展開部は速いテンポでスリリング。244小節の金管楽器の超テヌートは聴きもの。快哉を叫びたくなるほど激しい演奏になる。第2楽章では旋律をスムーズに聴かせる。57小節からテンポを落としているのが効果的。第3楽章は強奏でティンパニが大きめなのが迫力がある。第4楽章は速めのテンポであっさり流れてしまうのがもったいない。


カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 【評価A】
カラヤン5回目の録音。原盤はEMI。リマスタリング効果が絶大で、豊富な残響による空間的な奥行きを感じる録音である。演奏は速めのテンポで颯爽と流れていく。レガート奏法による流麗な弦楽器、思い切り鳴る金管楽器など華麗で明るく威勢がよい。カラヤン=ベルリンフィルの完成されたサウンドである。オーケストラ全体の総合力で、至福のオーケストラサウンドと言ってよいほど非の打ち所がない演奏を聴かせる。ただ、前に突っ込みすぎてスムーズに流れすぎる部分があるのが惜しい。もう少し溜めが欲しい。第3楽章で、トランペットのスコアを改変しているのが聞き取れる。購入時の感想はカラヤンDiscに掲載。


チェクナヴォリアン指揮/ロンドン交響楽団 【評価C】
切迫したり、重苦しくなって停滞したりせず、スムーズに流れていく。濃厚にならず、必要以上にオーバーに表現することもない。ドロドロしないので、健康的である。低音がそれほど鳴らないので悲愴感はあまりない。第4楽章108小節からホルンを浮き立たせているのがおもしろい。録音は音場が広く、残響が多く含まれる。開放的に響くが、音の密度は薄い。強奏でも音符が耳に突き刺さらない。重苦しい演奏が多いなかで、新鮮である。こういう演奏があってもいい。
なお、CDに「第1楽章冒頭部分において、マスターテープに起因するノイズがありますのでご了承下さい」と書かれているが、まったく気にならない。


カラヤン指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 【評価C】
カラヤン7回目、同曲最後の録音。fでもあまり鳴らさず、速めのテンポであっさり進められていく。豪快さは影を潜め、室内楽的な繊細さを感じる。ダイナミクスなど表現の幅を狭くし、内容を凝縮している。透明感のある音色で淡々と語られていく。しかし、強奏で迫力に不足するのが不満。壮年期に比べるとスケールが小さくなってこじんまりとしている。縦線がやや甘いなど集中力の衰えも感じられる。カラヤン晩年の境地を聴いているようである。第3楽章は、打楽器と金管楽器が大きすぎてバランスが悪くやや異質。


カラヤン指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(DVD) 【評価B】
ウィーンフィルハーモニーでの収録。表記はないが、ライヴ映像と思われる。1階と2階のバルコニー席に聴衆が映っている。また咳が聴こえる。演奏前後の拍手とカラヤンの登場は収録されていない。演奏会記録では、1月14日と15日に同曲を演奏している。ほぼ同時期に録音されたCD(グラモフォン)とは別音源であるが、部分的に同一音源が使用されている可能性はある。
照明の当て方が特徴的で、カラヤンらしい映像表現である。オーケストラの全景を撮影した映像はない。奏者をアップした映像は、楽器配置を変えて別撮りしたと思われる。運指が不自然な映像もある。 カメラアングルは多彩だが、頻繁に画面が切り替わるので少し忙しい。もう少し固定で落ち着いて見たい。トランペット、トロンボーン、ホルン、各木管は倍管(4名)で演奏しているのが確認できる。
カラヤンは譜面台なしで指揮している。両腕を上下に激しく動かしてダイナミックな指揮を見せる。表現は淡泊で、貯めを作らない。第3楽章229小節以降は金管とティンパニうるさい。第4楽章は弦楽器の美しい音色が堪能できる。


バーンスタイン指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック 【評価A】
ホルンとティンパニを強調しているのが特徴である。強奏では、ティンパニが主導して金管楽器が力強い音楽を作り上げるが、やや乱暴に聞こえなくもない。それ以外は考え抜かれた緻密な演奏を聴かせる。テンポ設定などこの作品を主観的に捉えている。明るくクリアーな音色も魅力。圧巻は第4楽章で、次掲のチェリビダッケよりもさらに遅いテンポで進められている。この楽章の演奏に17分を要しており、まさに恐るべき遅さである。チャイコフスキーへのレクイエム、葬送行進曲のように聞こえる。「悲愴」という標題が真実味を持って響いている。


チェリビダッケ指揮/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団 【評価B】
ライヴ録音にしては、ミスが少なく完成度が高い。全体的に遅いテンポで、丁寧に演奏している。音符1つもおろそかにしない姿勢で、細部まで神経が行き届いた美しい演奏である。ただ、縦線を重視しすぎてヨコの流れが感じられない部分がある。また、マイク位置のせいか、強奏でティンパニがやや大きく聞こえるのが惜しい。第1楽章は、チャイコフスキーの過去の回想のように聞こえてくる。174小節などのトランペットからトロンボーンの連符の受け渡しがつながって聞こえるのが珍しい。第2楽章は平均的なテンポだが、やや盛り上がりに欠ける。第3楽章は、さすがに重い。テンポが遅すぎて軽やかさが感じられず、曲想とテンポが一致していない。連符が細かく聞こえすぎている。第4楽章147小節から、コントラバスパートにティンパニを追加しているのが注目される。


朝比奈隆指揮/大阪フィルハーモニー交響楽団 【評価D】
フェスティバルホールでのライヴ録音で、朝比奈4回目の録音。音程が悪いのが非常に気になる。また、連符で音が正確に出なかったり、縦線がずれたりミスが散見される。技術的な障害をクリアーできていないことが、演奏の緊張感を削ぐ要因となっている。テンポが速い部分はスピード感に不足し音がたるんでおり、リズムに冴えがない。もっと激しいアクセントを求めたい。ティンパニなど外面的な効果が目立つ。弦楽器は音量的に弱い。『レコード芸術』では「特選盤」となっていたが、どこがよいのか理解できない。


ショルティ指揮/バイエルン放送交響楽団 【評価B】
(P)1997(=1997年が最初の発行年)の記載はあるが、録音年の表記はない。演奏後に拍手が収録されているので、ライヴ録音と思われる。
金管楽器とコントラバスが充実している。内声をあまり聴かせずスリムな響きである。余計な響きを出さないようにしているように感じる。速めのテンポ設定でスムーズに流れるが、急いでいるようで慌ただしい。この作品の演奏としては、表現が淡泊で物足りなく感じる。
第1楽章は、19小節(Allegro non troppo)からテンポが速く乱れがち。101小節(Moderato mosso)から徐々にアッチェレランドをかける。第2楽章57小節からの反復後の2回目はppで演奏。第3楽章238小節、292小節、345小節の大太鼓の一撃が力が入っていてすごい。第4楽章は、前3楽章よりも完成度が高く、fffに向けての盛り上がりがすばらしい。147小節(Andante giusto)からコントラバスの三連符にアクセントをつけて演奏しているのが実に効果的。


アファナシエフ指揮/東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団 【評価D】
アファナシエフが東京シティフィルを初めて指揮した第188回定期演奏会(東京文化会館)のライヴ録音。やや遅めのテンポ設定だが、予想したほどではない。デフォルメもほとんどなく正攻法の解釈だが、楽器の鳴らし方が表面的で面白みに欠ける。個性的な演奏を期待すると当てが外れる。縦線の乱れなどオーケストラの技術的な弱さが随所で耳につく。木管楽器ソロの音色が魅力に欠ける。
第1楽章285小節からトロンボーンとテューバをかなり遅いテンポで演奏させる。第2楽章冒頭のチェロの音程が悪い。第3楽章は遅めのテンポがじれったい。



2004.3.8 記
2006.3.18 更新
2007.8.25 更新
2008.2.26 更新
2008.7.14 更新
2010.8.13 更新


ストラヴィンスキー/バレエ音楽「春の祭典」 チャイコフスキー/弦楽セレナード