ストラヴィンスキー/バレエ音楽「春の祭典」


◆作品紹介
ストラヴィンスキーの3大バレエ音楽の1つ。「火の鳥」「ペトルーシュカ」に続いて、ロシア・バレエ団の主宰者ディアギレフの委嘱によって作曲された。ストラヴィンスキーが「火の鳥」作曲中に見た異教徒の儀式の幻想をモチーフに、選ばれた乙女が太陽神イアリロにいけにえとして捧げられるまでを描いている。第1部「大地礼讃」と第2部「いけにえ」の2部からなる。
初演は、1913年5月29日に、パリのシャンゼリゼ劇場で行なわれた(指揮:モントゥー、振付:ニジンスキー)。変拍子や不協和音を多用した音楽は、当時の聴衆に理解されず、嘲笑や罵倒など大混乱に陥ったが、現在ではオーケストラのレパートリーとして定着している。


◆CD紹介
演奏団体 録音年 レーベル・CD番号 評価
アンチェル指揮/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 1963 スプラフォン(輸) SU3665-2 011
マルケヴィチ指揮/日本フィルハーモニー交響楽団 1968 エクストン OVBC00009【DVD】
S=イッセルシュテット指揮/北ドイツ放送交響楽団 1969 EMIクラシックス(輸) 7243 5 62853 2 3
カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1972 テスタメント JSBT8453
C.デイヴィス指揮/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 1976 フィリップス UCCP7048
チェクナヴォリアン指揮/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1977 RCA/タワーレコード TWCL2016
カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1978 パレクサ(輸) CD0531
小澤征爾指揮/バイエルン放送交響楽団 1983 ドリームライフ DLVC8012【DVD】
スクロヴァチェフスキ指揮/NHK交響楽団 1996 キングレコード KICC3022
サイ(p) 1999 テルデック WPCS21228
ラトル指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 2003 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(輸) BPH0401
ラトル指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 2003 ビッグタイムエンターテイメント REDV00260【DVD】
ラトル指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 2003 ビッグタイムエンターテイメント REDV00260【DVD】


アンチェル指揮/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 【評価D】
あっさりした軽い表現で重々しさに欠ける。強奏でも響きが薄くカスカスしていて、物足りない。表現の幅が狭く、楽器の音色のバラエティにも乏しい。技術的にもあまり上手くなく、モタモタする部分があるなどうまく噛み合わない。どの楽器も並列的に扱うため、普段聴こえない内声がたまに浮き出るのがおもしろい。ティンパニはマレットが硬いのか、響きが軽くて表面的。
第1部「序奏」冒頭のファゴットソロは、まろやかで抵抗なく楽に吹く。練習番号6と8でアルトフルートがよく聴こえる。「春のきざし−乙女たちの神秘的な集い」練習番号13からは、アクセントが短く、スタッカートと同じ音価で聴かせる。「誘拐」練習番号38の2小節から3小節にかけて、8番ホルンのタイを強調して1拍あることを強調する(並行するティンパニは半拍しかない)。「春の踊り」練習番号49(Sostenuto e pesante)は速いテンポ。四分音符の音価が短く、休符ができてしまっている。練習番号53からのトロンボーンのグリッサンドもおとなしい。「敵対する2つの部族の戯れ」練習番号58の6小節のホルンのsffp<ffは、クレシェンドしないで音量を維持する。「選ばれた乙女への讃美」は、ティンパニがドカドカと無神経に叩かれてうるさい。「祖先の呼び出し」は、一転して遅いテンポを採り、場面転換を図る。「いけにえの踊り」練習番号175の3小節から、ティンパニ乱打の合間からヴァイオリンの八分音符が聴こえる。


マルケヴィチ指揮/日本フィルハーモニー交響楽団 【評価C】
日本フィルハーモニー交響楽団第155回定期演奏会(1968.2.29 東京文化会館)のライヴ映像。白黒映像だが、音声はステレオである。マルケヴィチはこれが日本フィルへの3回目の客演で、1960年に初めて客演したときの「春の祭典」は、語り草になるほどの名演だったらしい。
マルケヴィチは譜面台なしで指揮。長く太めの指揮棒を使って、鋭い視線で奏者を見つめる。立ち位置はほとんど変えないが、両腕で別のリズムを振るなどちょっと真似できない変わった指揮を披露する。「いけにえの讃美」の5/8拍子と7/8拍子は、両腕を回して指揮していて実にユニーク。オーケストラは指揮に対応できてないが、縦線をわざと乱す意図があるかもしれない。指揮法の詳細な分析は、『レコード芸術』2002年5月号p186〜187の記事「作曲家的な視座と大胆な表現意志 DVDで“観る”マルケヴィチの指揮芸術」(金子建志氏)を参照のこと。
オーケストラの演奏水準は、音外したり音程が悪かったり聴き劣りする。技術的にもたついていて、自分のパートを演奏するだけで精一杯なようである。ティンパニがうるさい。
カメラアングルは、演奏していない奏者を映すなど未熟である。
演奏終了後は、万雷の拍手が巻き起こり、カーテンコールが5回行われている。


S=イッセルシュテット指揮/北ドイツ放送交響楽団 【評価C】
首席指揮者イッセルシュテットが指揮したライヴ録音。音質に古さを感じる。
オーケストラはあまりうまくなく、演奏全体のことをあまり考えないで、とりあえず自分の楽器の役目を力いっぱい果たそうとする。やや前のめり気味で、休符を待ちきれずに飛び出すこともあるが、縦線のタイミングがあったときは、強い音圧でアクセントが決まる。
第1部「序奏」冒頭のファゴットソロは軽い音色。練習番号9からのE♭クラリネットはスタッカートのように音を止める。「春のロンド」練習番号53から変な低音(ワグナーチューバ?)がミシミシ聴こえる。「賢人の行列」練習番号70からのピッコロトランペットの高音は完全に音程が外れている。「選ばれし生贄の踊り」のピッコロとフルートの上昇下降音型のスピード感がすごい。「祖先の儀式」練習番号138のホルンはマルカート気味で威圧感に乏しい。練習番号139のバストロンボーンの6連符は半拍早い。「いけにえの踊り」練習番号173の3小節の大太鼓は1拍早い。最後はアッチェレランド気味に煽り、巨像が揺れ動くようだ。


カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1972年) 【評価C】
1972年5月15日、ロンドン(ロイヤル・フェスティバル・ホール)でのライヴ録音。音質が古くくすんでいるのが残念。
スタジオ録音よりも精度が低く、ベルリンフィルらしくないところを見せる。カラヤンが存命なら絶対にリリースを許可しなかった録音だろう。速めのテンポで流れるように過ぎていくが、カラヤン美学はどこへやら。オーケストラの食いつきも鈍く、機能的でない。色彩感にも乏しい。トランペットがよく音を外す。メロディーがあまり聴こえないなどバランスも悪い。ティンパニの音色が浅い。
「誘拐」は速いテンポで飛ばす。練習番号40は、fのSoliホルンが、mfのトランペットに埋もれている。「春のロンド」練習番号56は2小節目が欠落している(フルートとクラリネットの全音符が1小節少ない)。「敵対する2つの部族の戯れ」はティンパニが鋭さに欠ける。「大地の踊り」は混濁して汚い。第2部「序奏」練習番号84からのトランペットは聴こえないほどの超弱奏。「いけにえの踊り」練習番号144の4小節などで、トロンボーンとトランペットがグリッサンド(下降、上昇)させて音程を変えている。スコアには「con sord.」「<sff」と書かれているだけなので珍しい。練習番号189からティンパニと大太鼓が強い力でぶったたかれる。巨大な怪物が地面を揺るがしながら迫りくるようである。


C.デイヴィス指揮/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 【評価A】
優秀録音に圧倒される。立体感や遠近感がすばらしく、コンセルトヘボウの音響の広がりを見事にとらえている。
やや遅めのテンポで堂々と演奏している。正攻法で小細工はなく、格調が高い。打楽器が強めに演奏されている。「春の踊り」の練習番号53からのタムタムの金属音がすごい。練習番号64の3小節から「賢人の行列」に続く大太鼓の四分音符が力強い。「いけにえの踊り」の練習番号174からのティンパニ2人による乱打の臨場感がすばらしい。
1978年度レコード・アカデミー賞(管弦楽曲部門)を受賞。


チェクナヴォリアン指揮/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 【評価D】
交通整理不足で雑然と響く。主旋律が聴こえないなどバランスが悪い。刺激的に聴かせるわけでもなく、何を表現したいのか汲み取れない。全体的に見てもまとまりのある演奏とは言い難い。縦線が甘く、特に打楽器がリズム音痴で相当危ない。ライヴ録音でもないのに、この完成度の低さはひどい。クラリネットの芯のある音色がよく聴こえる。
「春のきざし−乙女たちの神秘的な集い」のホルンは上から押さえ付けられたような響きを出す。「敵対する2つの部族の戯れ」のホルンは管の中に何か詰まっているように苦しそうに吹く。練習番号70からティンパニ、大太鼓、タムがずれ続けるのは致命的。「大地の踊り」の冒頭は、個々の管楽器が音色を競い合うように披露し原色的な音響となる。「祖先の儀式」の冒頭は、裏拍のタンバリンが大きいため、表拍のように聴こえる。練習番号138から打楽器の縦線が合わない。こんな簡単な八分音符がどうしてそろわないのか謎である。「いけにえの踊り」終盤の練習番号174からティンパニが聴かせどころにもかかわらず、急におとなしくなるのが不自然。リズムに自信がないようで、スコア通り演奏しているのか怪しい。


カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1978年) 【評価C】
1978年8月31日のルツェルンでのライヴ録音。カラヤンの演奏会記録では、カラヤンが「春の祭典」を指揮したのは、録音を含めてもこの演奏会が生涯最後である。
完成度は落ちるが、ライヴならではの白熱した演奏が聴ける。美しく聴かせようという意図は感じられない。細部をはっきり聴かせることを狙った演奏ではない。全体的に色彩感に乏しく、モノトーンの印象を与えるのが残念。
強奏での金管楽器の威力がすばらしい。テューバもよく聴こえる。ティンパニは固めのマレットで強く叩いている。大太鼓とドラは弱い。
「春のきざし−乙女たちの神秘的な集い」の弦楽器の重量感はさすが。練習番号29からのアンティークシンバルは、間違って1回多く叩いている。「春の踊り」の4小節前で、急激にリタルダントをかけている。「選ばれた乙女への讃美」の練習番号103の2小節の11/4拍子は、ゆっくり演奏。「いけにえの踊り」の練習番号173で、アンサンブルが大きく乱れている。大太鼓が拍を間違ったためだが、カラヤンが指揮を間違えたのかもしれない。


小澤征爾指揮/バイエルン放送交響楽団 【評価C】
1983年6月17日ミュンヘンでのライヴ映像。 1947年改訂版による演奏。
小澤征爾の若さに驚く。黒髪で、白髪はほとんどない。譜面台にスコアが置かれているが、全く開けずに暗譜で指揮している。表情は険しく、右手の指揮棒でスコア通りに拍を大きく刻んでいる。
やや速めのテンポで演奏しているが、アンサンブルや縦線の乱れはほとんどない。手堅い演奏だが、あまり個性的な解釈はなく、スリリングさに欠ける。楽器を均等に鳴らしていて、何を聴かせたいのかよく分からない。音圧も低い。トランペットとトロンボーンの音色が荒れ気味である。
第1部「序奏」1小節のファゴットは、フェルマータを長く取って演奏している。第2部「序奏」練習番号80からのトランペットはスラーを外してはっきり演奏している。「祖先の儀式」で、タンバリンがはっきり聴こえるのが珍しい。
演奏終了後はカーテンコールが4回行なわれている。小澤征爾は笑顔で満足そうな表情で、最前列の団員と握手したり、パートごとに団員を立たせたりしている。


スクロヴァチェフスキ指揮/NHK交響楽団 【評価C】
スクロヴァチェフスキがNHK交響楽団を初めて指揮した定期演奏会のライヴ録音(NHKホール)。響きの密度が薄く、情報量が少ない録音である。
やや速めのテンポ設定にオーケストラが対応できていない。演奏精度がいまひとつで、縦線が乱れる部分がある。細部ももう少しはっきり聴かせて欲しい。全体的にアクセントやスタッカートに敏感に反応し、音符を短く処理している。第2部最後の「いけにえの踊り」の練習番号190から、弦楽器をスコア指定のarcoではなく、ピツィカートで演奏している。これは、ストラヴィンスキーが「最後を一度ピツィカートでやってみたかった」と言ったのを取り入れたらしい。(『レコード芸術』2001年11月号金子建志氏の新譜月評による)。


サイ(p) 【評価C】
ストラヴィンスキーによる4手ピアノ版による録音。4手ピアノ版の初演は、ドビュッシーとストラヴィンスキーのピアノで、オーケストラによる初演前に行なわれたという。
当盤は連弾ではなく、サイ1人が多重録音で演奏している。2回の録音を重ねたことになるが、技術的な問題はなく成功している。さらに音符を追加して、部分的には10手で演奏しているという。
ただし、オーケストラ版よりも音符が絶対的に少なく、物足りなく感じる。ピアノ版でカットされた音符があり、逆にオーケストラ版では目立たない音符が聴こえる。重要と思われるピッコロトランペットの音符がピアノ版ではカットされているのが残念(「賢人の行列」練習番号70、「いけにえの踊り」練習番号184)。オーケストラ版とは印象が異なり、別の作品を聴いた気になるかもしれない。
サイは速いテンポでスラスラ弾く。また、鋭いリズム感覚を聴かせる。ピアノ編曲は音色が同質化してしまうが、特殊奏法で多彩な音色を引き出している。鼻歌や掛け声がたまに聴こえる。「いけにえの踊り」は、音符が短く、野蛮さに欠ける、終盤は何かに取りつかれたように速いテンポで弾く。弦楽器のピツィカートをプリペアド・ピアノで演奏して音色を変えている(「春のきざし−乙女たちの神秘的な集い」練習番号31の3小節、「祖先の儀式」練習番号129)。「賢人の行列」練習番号70からの打楽器も同様である。


ラトル指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 【評価C】
1947年版での演奏。冒頭のファゴットソロがゆっくりとしたテンポで始まるが、以降は細部をデフォルメすることなくスムーズに流れる。主旋律を明快に聴かせることを重視した演奏で、近代的に整備洗練されていて混濁感がない。演奏技術の正確さはすばらしいが、強奏では楽器に息が入っていない部分があり、音圧が低く、興奮しない。重厚さにも乏しい。「いけにえの踊り」は機械的で緊迫感がなくおもしろくない。各楽器を均等に鳴らしているが、E♭クラリネットが少し大きめに聴こえるのが刺激的でおもしろい。
映画「ベルリン・フィルと子どもたち」のサウンドトラックCDに収録されている。また、録音前にラトルがベルリンフィルの団員に語ったスピーチ(英語)を収録している。


ラトル指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(映像) 【評価C】
映画「ベルリン・フィルと子どもたち(原題:RTYTHM IS IT!)」(2004年/ドイツ)のDVD(コレクターズ・エディション)に収録されている映像。上記CDと音源は同じと思われる。本番に先立って、ベルリン・フィルハーモニーで撮影され、ダンスを踊る子どもたちが客席で聴いている。
カメラアングルが目まぐるしく切り替わる。演奏と指揮や奏者の動きが合わないことが多く、後で編集が加えられている。服装が異なる奏者がいるので、複数テイクを使用していると思われる。ラトルは鋭い視線で活力のある指揮を見せる。演奏は管楽器と打楽器の音量が大きい。映画本編にはリハーサル風景が収められている。


ラトル指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(ライヴ映像) 【評価C】
映画「ベルリン・フィルと子どもたち(原題:RTYTHM IS IT!)」(2004年/ドイツ)のDVD(コレクターズ・エディション)に収録されている2003年1月28日のトレプタウ・アリーナでのライヴ映像。26ヵ国250人の子どもたちが、ベルリン・フィルの生演奏にあわせて踊る。ダンスの振付は、ロイストン・マルドゥームが担当。バレエとは異なるオリジナル振付である。
子どもたちは赤い色の服を着て踊る。人数が多いのでステージ上でウジャウジャしている。ステージの照明が常に暗く、ダンスがよく見えないのが残念。カメラアングルは忙しく切り替わる。かなり編集されていて、音と動きがズレる部分が多い。ベルリン・フィルの演奏はオケピットの中なので、輪郭がぼやけがちである。
「春の踊り」では、ドクロが付いた青いバルーンが登場する。「大地の踊り」では、すごい人数が激しく腕を上下させて迫力がある。「第2部序奏」では、青い衣装の女性(神?)が現れる。「祖先の呼び出し」は、幼女がいけにえのように棒にぶら下げられる。「いけにえの踊り」は、いけにえが周囲を取り囲まれながら洗濯機のように回転する。その後、最後の力を振り絞って、青い衣装の女性(神?)に這いながら近づく。
映画本編では、6週間におよぶダンスの練習風景が収められている。ロイストンが語る人生訓は参考になる。



2007.2.17 記
2007.6.26 更新
2007.7.22 更新
2007.12.31 更新
2008.2.5 更新
2008.7.4 更新
2008.10.19 更新
2009.5.1 更新
2009.11.21 更新
2010.8.20 更新
2013.9.8 更新


R.シュトラウス/交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」 チャイコフスキー/交響曲第6番「悲愴」