チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番


◆作品紹介
チャイコフスキー34歳の作品。作曲後、初演を依頼するつもりでニコライ・ルービンシュテインに試奏したが、ルービンシュテインは期待に反して「演奏不可能」などと酷評した。しかし、この作品に自信を持っていたチャイコフスキーは、ドイツのピアニスト、ハンス・フォン・ビューローに楽譜を送った。ビューローはこの作品を高く評価し、ボストンで初演を行なった。初演は大成功で、次第にヨーロッパ各地でも演奏された。その後、ルービンシュテインはチャイコフスキーに謝罪し、自らも演奏するようになった。


◆CD紹介
演奏団体 録音年 レーベル・CD番号 評価
ホロヴィッツ(p)、トスカニーニ指揮/NBC交響楽団 1941 RCA BVCC9931
ホロヴィッツ(p)、セル指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック 1953 オタケンレコード TKC302
クライバーン(p)、コンドラシン指揮/交響楽団 1958 RCA BVCC37643
リヒテル(p)、カラヤン指揮/ウィーン交響楽団 1962 グラモフォン POCG9530
ギレリス(p)、ケーゲル指揮/ライプツィヒ放送交響楽団 1965 ヴァイトブリック SSS0065-2
ワイセンベルク(p)、カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1967 ドリームライフ DLVC9004【DVD】
ギレリス(p)、メータ指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック 1979 ソニークラシカル SRCR1526
アルゲリッチ(p)、コンドラシン指揮/バイエルン放送交響楽団 1980 フィリップス UCCP7003
ダグラス(p)、スラットキン指揮/ロンドン交響楽団 1986 RCA/タワーレコード TWCL2021
キーシン(p)、ゲルギエフ指揮/サンクトペテルブルク・アカデミック交響楽団 1987 イエダンクラシックス(輸) YCC0001
ボレット(p)、デュトワ指揮/モントリオール交響楽団 1987 デッカ UCCD7013
キーシン(p)、カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1988 ソニークラシカル(輸) SVD45986【DVD】
上原彩子(p)、フリューベック・デ・ブルゴス指揮/ロンドン交響楽団 2005 EMIクラシックス TOCE55695


ホロヴィッツ(p)、トスカニーニ指揮/NBC交響楽団 【評価A】
速いテンポでライヴのような熱気を感じさせる。ピアノとオーケストラが互いの主張を激しくぶつけ合っている。特にホロヴィッツがすごい速さで弾いていて圧倒される。アドリブも聴かせていてまさにベラボーにうまい。ミスタッチもあるが、このテンションでは気にならない。
トスカニーニの伴奏も交響曲のように豪華で力強い。少し冷静さに欠け哀愁も感じないが、現代では聴くことができない歴史的名演である。第3楽章のラストは何度聴いても興奮する。


ホロヴィッツ(p)、セル指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック 【評価B】
ライヴ録音。アメリカRCA社が正規録音したが、何らかの理由で発売中止となった音源。外部流出したプライベート盤を、某音楽評論家(誰?)が秘蔵していたとのこと。録音状態はこの年代のものにしては大変いい。
演奏は、速めのテンポでホロヴィッツのテクニックが披露されていく。ホロヴィッツとセルとの間で、テンポ設定の主導権争いがところどころで見られる。オーケストラは音符を短く処理しすぎて重厚さに欠けるのが残念。上述のトスカニーニ指揮/NBC交響楽団のハイテンションで密度が濃い演奏には及ばない。
聴きどころは、第3楽章252小節のMolto meno mossoからセルのテンポを無視して、ホロヴィッツが暴走。そして、ラスト2小節の上昇音階で、ホロヴィッツがアドリブでスコアにない音符を追加。驚いたセルが指揮棒を止めてしまったのか、急激にリタルダンドがかかって終わる。珍演。


クライバーン(p)、コンドラシン指揮/交響楽団 【評価C】
第1回チャイコフスキー国際コンクールで優勝したクライバーンのデビュー盤。コンクール直後にカーネギー・ホールで録音された。コンクール本選を指揮したコンドラシンを呼び寄せている。
クライバーンのピアノは、タッチが明瞭で粒立ちがはっきりしている。マルカートで音符を短くはっきり演奏する。響きは硬いが、重くならない。中身が詰まった音で、音に勢いがある。コンクールを制覇した勢いそのままに、はちきれんばかりの活気を感じる。第1楽章253小節から、スタッカートはないが音符を短く聴かせる。
オーケストラはRCAビクター交響楽団と表記されることもある録音用のフリーランス奏者の寄せ集めである。クライバーンのピアノが聴こえなくならないように音量抑えているようだが、強奏の響きが貧弱で聴き劣りする。第1楽章のラストは音量不足。第3楽章255小節ティンパニのpからffのクレシェンドがすごい。
この録音がミリオンセラーを記録したとは意外。


リヒテル(p)、カラヤン指揮/ウィーン交響楽団 【評価B】
カラヤン1回目の録音。珍しくウィーン交響楽団を指揮しているが、音色が洗練されていないのでカラヤンの演奏としては違和感を感じる。また、オーケストラの編成が薄手のせいか、力づくで鳴らしがちでやや乱暴に聞こえる。強奏でも迫力や高揚感に乏しい。
リヒテルのピアノは、丁寧に弾いており美しい音色が魅力的。一音もおろそかにしない真面目な演奏だが、少し慎重すぎる気がしないでもない。全体的にいくぶん遅めのテンポで演奏しているが、第1楽章は少し退屈である。第2楽章は音量をぎりぎりまでセーブしている。


ギレリス(p)、ケーゲル指揮/ライプツィヒ放送交響楽団 【評価C】
ライヴ録音。熱演だけにモノラル録音なのが残念。聴衆の咳が大きめに聴こえる。
第1楽章冒頭は鍵盤を叩きつけるような勢い。しかし、その後は勢い一辺倒ではなく、一本調子にならずに多彩な表現を披露する。テクニックもほぼ文句なし。ケーゲルのテンポよりも速く弾きたいようで、オーケストラとのアインザッツがたまにズレる。
オーケストラは金管楽器がバリバリ鳴らす。木管楽器は素朴な音色。ケーゲルの指揮は予想したほど鋭角的な伴奏ではない。
第1楽章終盤の648小節で、ピアノとオケが大きくズレる。ヒヤッとしたがすぐに修復。第3楽章終盤の284小節からピアノの低音パートが聴こえるのが珍しい。


ワイセンベルク(p)、カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 【評価C】
カラヤン2回目の録音で、ベルリンフィルハーモニーと別撮りのスタジオ録音を組み合わせた映像。カラヤンとワイセンベルクの初共演であった。
カラヤンが芸術監督を担当し、プロモーションビデオ感覚で創作性のある映像となっている。意識的にカメラを配置し、画面が頻繁に切り替わる。また、曲想によって照明の光度や角度を変化させている。オーケストラ側から撮った映像が多く、客席から撮った映像はほとんどない。カラヤンの指揮はよく映るが、オーケストラ全景はほとんど映らない。「木は見えるが森が見えない」映像と言える。別撮り映像や合成映像など突拍子もなく不自然で、意図が不可解な映像もある。この映像作品でカラヤンは何を見せたいのか理解しがたいが、実際の演奏会では撮影不可能なアングルを非現実的な魅力として楽しめばいいのだろうか。
オーケストラの歌いこませ方などいかにもカラヤンの演奏だが、音型がゆるく音色も甘すぎる。この時期の録音にしては金管楽器が鳴らないので、強奏がスマートで物足りない。
ワイセンベルクのピアノは明るい音色がよく響くが、深みに欠ける。正確に弾いているがいくぶん機械的である。ソロでフレーズの最後をデクレシェンドするなどカラヤンに遠慮しているのか盛り上がらない。白熱した展開にならず、指揮者と独奏者がそれぞれの役割をひとまず果たしたという演奏である。


ギレリス(p)、メータ指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック 【評価B】
ライヴ録音。ギレリスのピアノは、高音が明るく輝かしい。音色に芯があり、明確な意志を感じる。オーケストラは弦楽器の音程がかなり気になる。アンサンブルの精度はやや低いが、熱演に引き込まれる。第3楽章257小節のティンパニの強打がお気に入り。


アルゲリッチ(p)、コンドラシン指揮/バイエルン放送交響楽団 【評価C】
ライヴ録音。残響などの間接音を多く収録した録音で、まろやかなサウンドである。アルゲリッチが曲想に応じてタッチの感触を変えているため、場面展開がスムーズで、オーケストラとピアノに一体感がある。ピアノとオーケストラとの対立関係はあまり感じない。一点一画をきっちり聴かせるのではなく、自由で即興的な部分が多い。草書体のように流麗で、身のこなしが軽やか。奏者の感性がよく現れており、こなれた印象を受ける。アルゲリッチのピアノは火が出るような熱さは感じない。ピアノソロやカデンツァは速いテンポで通り過ぎるが、もう少しじっくり弾いて欲しい。アゴーギクや間の取り方が独特で、彼女の語調になじめるかどうか好みが分かれるところ。


ダグラス(p)、スラットキン指揮/ロンドン交響楽団 【評価C】
第8回チャイコフスキー国際コンクール(1986年)で優勝したダグラスのデビュー盤。録音は残響が多く含まれていて、アーティキュレーションがぼやけがちである。ダグラスのピアノは安定したテクニックで、安心して聴ける。オーケストラは金管がよく鳴るが、低音がさびしいため響きが軽い。ティンパニが大きく聴こえる。ホルンはミュートがついたような音色がして珍しい。第3楽章252小節からのMolto meno mossoは、弦楽器がテヌート気味に演奏していて少し息苦しく感じる。


キーシン(p)、ゲルギエフ指揮/サンクトペテルブルク・アカデミック交響楽団 【評価C】
キーシン16歳、ゲルギエフ34歳のライヴ録音。キーシンのピアノはフレッシュで素直。勢いがありスリリングで高音に輝きがあるが、表情の付け方が少し一本調子である。特に装飾音がかなり大きくうるさく感じられる。もう少し落ち着いた雰囲気が欲しい。またミスタッチも散見される。
ゲルギエフは伴奏に徹していて強奏でも意外におとなしいが、第3楽章のラストをティンパニの一撃で締めくくっているのは、いかにもゲルギエフらしい。


ボレット(p)、デュトワ指揮/モントリオール交響楽団 【評価D】
温和で平和的な雰囲気にあふれているが、あまりにも上品すぎる。ボレットのピアノがオーケストラの一部分のように融合してしまい、この作品の魅力が半減してしまっておもしろくない。音圧が低すぎ、生ぬるく気が抜けている。手加減をしているようで、緊張感に乏しい。ffでも力強さがない。遅めのテンポで丁寧に演奏しているが、全体的にもたれがちである。第3楽章ではスコアに指定のないところで下手に抑揚や表情をつけているのが気に入らない。


キーシン(p)、カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 【評価B】
1988年12月31日に行なわれたベルリン・フィルハーモニーでの「ジルヴェスター・コンサート」のライヴ映像。同ホールでのカラヤン最後の演奏会で、カラヤン最後の映像作品である。
カラヤンは足腰がかなり弱っていて、キーシンに手を持ってもらいながら登場する。しかし、指揮台に上がると、譜面台なしで力強い指揮を見せる。ただ、往年のようにオーケストラを細部までコントロールしておらず、自主性に委ねている部分があるため、アインザッツや音程がやや乱れる。楽器編成は、トランペットと各木管楽器を倍管(2本→4本)にしているのが確認できる。
当時まだ16歳のキーシンはあどけない。演奏中は口を動かして何か話しているように見える。それなりにミスタッチはあるが、強弱や緩急をつけて演奏している。また、ペダリングによって柔らかい響きを出している。
第1楽章257小節からスコアにはないリタルダンドがかかる。453小節からクラリネットとバスーンの全音符を聴かせる。499小節でキーシンがカラヤンの指揮よりも速く弾いたため、クラリネットとずれる。キーシンが「しまった」という表情をする。626小節と634小節の四分音符はスラーがついていないことを強調して演奏している。第3楽章258小節から金管楽器の四分音符を聴かせる。
録音は、独奏ピアノをやや大きめに収録している。


上原彩子(p)、フリューベック・デ・ブルゴス指揮/ロンドン交響楽団 【評価C】
第12回チャイコフスキー国際コンクール(2002年)で優勝した上原彩子の待望の録音。指揮者が遅いテンポ設定を採っているため、オーケストラの演奏にエネルギーや覇気が感じられない。ふぬけた響きで気力がなく、音の立ち上がりが鈍い。アクセントでも音圧が低く、この作品をここまで生ぬるく演奏できるものだと感心する。
上原は明るい音色で、粒立ちをはっきり明確に聴かせる。ただ、遅いテンポのせいで、小林研一郎との共演(日本フィルハーモニー交響楽団第134回サンデーコンサート)で聴かれたような一心不乱に弾く彼女の長所が生かされていない。共演者を変えて再録音を要望したい。





2003.12.16 記
2005.4.17 更新
2005.10.27 更新
2005.12.19 更新
2006.2.17 更新
2006.4.11 更新
2008.1.4 更新
2008.9.28 更新
2009.10.24 更新


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