フィルハーモニック・ウインズ大阪第36回定期演奏会


  2022年9月19日(祝・月)14:00開演
住友生命いずみホール

ヤン・ヴァンデルロースト指揮/フィルハーモニック・ウインズ大阪

<マイルストーンズ~ヤン・ヴァンデルロースト65年の軌跡~>
セレモニアル・マーチ
交響詩「スパルタクス」
プスタ―4つのジプシー舞曲―
交響詩「エト・イン・テラ・パクス」
ステップストーンズ
コロレス(カラーズ)【日本初演】

座席:SD席 1階Q列10番


フィルハーモニック・ウインズ大阪(オオサカン)の演奏会に初めて行きました。通称「オオサカン」と呼ばれていて、Osaka Shion Wind Orchestra(オオサカシオン)とは別の団体です。本公演は「マイルストーンズ~ヤン・ヴァンデルロースト65年の軌跡~」と題して、あのヤン・ヴァンデルローストが自作を指揮するという貴重な機会でした。「マイルストーン」とは「標石」の意味で、ヴァンデルローストの作曲歴における重要な作品を取り上げるとのこと。

ヤン・ヴァンデルローストは、1956年にベルギーで生まれて、今年で66歳。ベルギーのレメンス音楽院教授、名古屋芸術大学名誉教授、洗足学園音楽大学客員教授、尚美ミュージックカレッジ専門学校特別客員教授を務めています。フィルハーモニック・ウインズ大阪とは2013年から首席客演指揮者を務め、実に10年以上にわたって共演していて、CDも何枚かリリースしています。もともとは第33回定期演奏会(2021.9.23)を指揮する予定でしたが、新型コロナウイルス感染症にかかる入国制限等で来日できず、今回が3年ぶりの来日とのこと。

フィルハーモニック・ウインズ大阪は、1999年に設立されました。2011年からは大阪府北部の豊能町(とよのちょう)にある豊能町立ユーベルホールを本拠にして活動しています。名誉音楽監督に木村吉宏(大阪市音楽団元団長で、2021年2月に没)、正指揮者には2018年から松尾共哲(とものり)が就任。松尾は特定非営利活動法人の理事長も務めています。ミュージックアドバイザーは2011年からオリタノボッタが務めています。

定期演奏会は年に3回、住友生命いずみホールで開催しています。本公演をヴァンデルローストが指揮することは3月頃の早い時期に発表されましたが、6月末についに「プスタ」「スパルタカス」などの曲目が発表されて、これは聴き逃がせなくなりました。チケットの一般発売は8月20日からでしたが、オオサカンDM会員の先行発売は1日早く行われることを知り、これを機にDM会員に入会。入会費や年会費は無料で、会員証とオオサカンオリジナルステッカーが届きました。郵送で公演案内が定期的に届くのでお得です。

また、7月30日に「ご希望の宛名入り! ヤン・ヴァンデルローストのサイン色紙 プレゼントキャンペーン!」が発表されました。オオサカンの有料会員・DM会員限定で、本公演のチケットを購入した人から、抽選で5名にサイン色紙がもらえるとのこと。

オオサカンDM会員の先行販売は8月19日から開始。ユニークなのは、SD席(ソーシャルディスタンス席)が設定されている点で、1階席の通路より後ろの左右両サイドの座席が、前後左右を1席空けた配席になっています。チケット代は1階席中央のSS席と同じ5,000円でした。フィルハーモニック・ウインズ大阪ホームページのチケット注文フォームから、SD席を申し込み。ただし、座席は選べません。上述した「サイン色紙プレゼントキャンペーン」の申し込みは、メッセージ欄に「サイン入り色紙申し込み」と、希望の宛名(ローマ字)を入力するだけでOKでした。チケット代の支払いは、所定の銀行口座に振込。チケットの受け取りは郵送(500円)の他に、当日会場受け取りも可能でしたが、演奏会当日まで自分の座席は分かりません。その他にも、U-25席(2,000円)、U-18席(1,500円)、ペア席(2階バルコニー席)(7,000円)など、席種がバラエティに富んでいます。

その後、9月8日に「抽選結果のお知らせ」のメールが届き、厳正なる抽選の結果、サイン色紙プレゼントキャンペーンに当選したとのこと。超ラッキーです。フィルハーモニック・ウインズ大阪のTwitter(@p_w_osakan_)には、正指揮者の松尾がクジを引いている写真が掲載されました。
Twitterには、他にもヤン・ヴァンデルローストが自作を解説する動画が随時掲載されました(詳細は後述)。来日前に撮影されたようです。また、豊能町立ユベールホールでのリハーサルの動画もアップされました。
また、フィルハーモニック・ウインズ大阪のYouTubeチャンネルでは、9月16日(金)20:00から、オンライントークイベント「松尾の部屋」が配信され、初日のリハーサルを終えたヤン・ヴァンデルローストが正指揮者の松尾と対談。残念ながらアーカイブは残っていませんが、演奏会の聴きどころなどについて話し、チャットの質問にも答えました。同時視聴者数は50名程度で少なめでした。

この日の大阪府の新型コロナウイルス感染症の新規感染者数は2328人で、少し落ち着いてきたと思ったら、なんと史上最強級と言われた台風14号が接近。3連休の最終日だったのに、公演前日の9月18日(日)に、JR西日本が翌日の計画運休を発表して、明日18時以降はすべての列車の運転を取りやめるとのこと。それを受けて、前日の19時に、本公演も開始時間が変更するとの連絡がメールやTwitterなどであり、開場が15:30から13:30に、開演が16:00から14:00に変更になりました。2時間前倒しになりましたが、機転の利いた対応ですばらしい。

住友生命いずみホールに行くのは、日本を代表する室内オーケストラで聴くベートーヴェン交響曲全曲演奏会Vol.5以来、実に16年ぶりでした。2020年4月に30周年の節目を受けて「いずみホール」から「住友生命いずみホール」に改称されました。大阪府に暴風警報が発令中で、風は強いですが、晴天でした。チケット受付は13:00からで、エントランス横のチケットセンターでチケットを受け取り。制服姿の高校生もチラホラ見られました。

開場後に、ホワイエのショップオオサカンで、ヴァンデルローストのサイン入りCDを購入。これは、ショップオオサカンの公式Twitter(@shoposakanpw)で9月16日に発表されて、ヤン・ヴァンデルローストのサイン入りCDが各5枚発売されました。5種類のCDの中から、「オオサカン・ライブ・コレクション Vol.16「バレエ組曲「シバの女王ベルキス」」」を2,500円で購入しました。当然ですが、サイン入りCDは完売したとのこと。

住友生命いずみホールの客席は821席。お客さんの入りは4割ほど。台風の影響で来場できずに払い戻しになった人もいたでしょうが、少し少ない。SD席は範囲が広かったですが、私の座席は中央に近いいい席を用意していただきました。ありがとうございます。私の前列は誰も座っていなかったので快適でした。ちなみに、SS席はぎっしりでした。プログラムがカラー刷りで手が込んでいます。「コンサートのポイント」として、聴きどころが掲載されているのも丁寧で分かりやすい。

開演前の13:45からプレトーク。正指揮者の松尾共哲とヴァンデルローストと通訳の3人がステージに登場。ヴァンデルローストは白髪で背が高い。「まいど」と日本語で挨拶しました。松尾が「ヴァンデルローストさんが台風に激怒り」と紹介。松尾が「台風の接近で公演のキャンセルに傾きかけたが、ヴァンデルローストが「お客さんが待っている」と言ってくれたので、開催にこぎつけた」と説明して、客席から拍手。松尾は本公演のプログラㇺについて「1部は親しまれている曲、2部は新しいあまり知られていない曲」と紹介しました。各曲の紹介は後述します。10分ほどで終了。当初はプレトークが15:45から予定されていましたが、台風の影響でないと思ってトイレに行ったら始まったので、あわてて客席に戻りました。ちなみに、プレトークは前回の第35回定期演奏会からスタートしたようですが、いい試みです。

メンバーが入場。黒の衣装です。ぎりぎり人が通れるくらいに、ステージに所狭しと多くの楽器が置かれています。プログラムの出演者名簿には57名が掲載(ピッコロ・フルート3、オーボエ・イングリッシュホルン3、バスーン3、クラリネット13、サクソフォン5、ホルン4、トランぺット・フリューゲルホルン7、トロンボーン3、ユーフォニアム2,テューバ2,チェロ2,ストリング・ベース1,パーカッション7、ハープ1、ピアノ・チェレスタ1)。オオサカンのホームページに掲載されている楽員一覧は38名(フルート1、オーボエ1、バスーン1、クラリネット9、サクソフォン3、ホルン2、トランペット5、トロンボーン3、ユーフォニアム1、テューバ2、ストリング・ベース1、パーカッション8、ハープ1)なので、ほとんどのパートでエキストラ団員が出演しています。メンバーは女性が8~9割。コンサートミストレス(クラリネット)が立ち上がって、オーボエのGでチューニング。

演奏の特徴を先に述べると、金管楽器が木管楽器よりも大きめ。木管楽器の細かな音符を一つずつ聴かせようとはせず、細部のデフォルメもありません。ただし、ピッコロは音量をおさえがちになるところを目立たせて演奏。ピッコロには高音の声部を強調する役割があるようです。ヴァンデルローストは長い腕を広げるような指揮。音楽の方向性を示すような大振りなので、アインザッツが少し合わなかったりしました。自作ですが、譜面台にスコアを置いて指揮しましたが、めくってないようでした。他の作曲家の吹奏楽作品も指揮しているので、指揮に慣れているところはあるでしょう。

プログラム1曲目は、セレモニアル・マーチ。1984年の作品。プレトークで、ヴァンデルローストは「27~28歳で作曲した。エルガー没後50年の年に「威風堂々」を意識して作曲して、エルガーに捧げる曲。中間部のトリオはイギリスのマーチにないメロディックさがある」と説明しました。Twitterに掲載された動画でも「エルガーを祝した作品。トリオのメロディーはエニグマ変奏曲のテーマにもとづく」と説明しています。
演奏は音量が大きすぎて、肩に力が入っています。もう少し軽やかに聴かせてほしいです。中間部は確かに威風堂々に似ています。演奏後のヴァンデルローストは退場時に舞台袖で礼をして、左腕をメンバーに向けて讃えました(以降の曲でも同じ)。

プログラム2曲目は、交響詩「スパルタクス」。1988年の作品。Twitterに掲載された動画では、「作曲を学んだ音楽院の最後の試験のための作品」と解説しました。プログラムに掲載された「コンサートのポイント」によると、レスピーギへのオマージュとして作曲されたようです。
コントラバスの前に、チェロ×2が登場。打楽器は7人の奏者を要します。速めのテンポで、楽器は自然な鳴らし方で、予想したほどのシャープさはありません。吹奏楽コンクールではカットされる部分も魅力的です。ステージ左端に配置されたホルン×4がよく響きます。不協和音の色彩感もいい。

プログラム3曲目は、プスタ―4つのジプシー舞曲―。1987年の作品。チェロはいなくなりました。私は第1楽章が大好きで、テンポが遅いところから盛り上げましたが、あっという間でした。第2楽章は、木管楽器がしっとり聴かせます。第3楽章は、冒頭のクラリネットソロを演奏したことがあるので、学生時代を懐かしく思い出しました。第4楽章は、クラリネットのメロディーをおさえて演奏。遅い部分はゆったりと、金管楽器のメロディーは速いテンポで対比させ、この二つの主題は別々に並列しているように聴かせました。ホールの音響もこの作品によくなじみます。

休憩後のプログラム4曲目は、交響詩「エト・イン・テラ・パクス」。1998年の作品。Twitterに掲載された動画では、「曲名は、ラテン語で「そして大地に平和を」の意味で、第1次世界大戦終結80周年を記念した作品。声楽の要素が入っていて、演奏者自身が歌うことが求められる。歌っている言葉は「エト・イン・テラ・パクス」をベースにして、地上の平和を求める声や訴えが込められている」と解説しました。プレトークでも「中間部に詩の朗読が入る」と解説。パンフレットに掲載された広瀬勇人(ヴァンデルローストの弟子らしい)の「曲目解説」によると、ベルギーのフラメルティンゲの吹奏楽団の委嘱作品とのこと。
冒頭から、一定のタイミングで打楽器が繰り返し強打で鳴らされ、教会の鐘を思わせます。メンバーが何か呪文のようにささやきますが、「エト・イン・テラ・パクス」の言葉を唱えているようで、グレゴリオ聖歌のような厳かさも感じます。中盤から戦闘シーンのような描写。その後は、イギリスの詩人のチャールズ・ハミルトン・ソーリーの「ソネット」という詩が英語で朗読されます、スピーカーから男声のナレーションが流れたので、誰の声かと思いましたが、オオサカンのFacebookに朗読を録音するヴァンデルローストの写真が掲載されたので、本人の声でしょう。詩の全文がプログラムに掲載されています。朗読の間は、穏やかなコラールを演奏。最後に、また同じ単語を繰り返して歌います。音程があって、時間差で歌うので、立体感もあります。ユニゾンはレクイエムのようで、なかなか宗教的な作品です。

プログラム5曲目は、ステップストーンズ。2018年の作品。パンフレットに掲載された広瀬勇人の「曲目解説」によると、ルクセンブルクの一般バンド、ヴィクトリア・テイテン吹奏楽団の委嘱作品。前半は委嘱団体の創立年の25年前に亡くなったロッシーニのスタイルで作曲され、後半は委嘱団体の創立年の25年後に生まれたレナード・バーンスタインの作風をもとに作曲されているとのこと。Twitterに掲載された動画では、「バンドの軌跡を象徴するような曲をリクエストされた。作品のはじめはロッシーニスタイルで書かれていて、まるで19世紀に書かれたようだ。その後はジャズ風で20世紀風になる。ロッシーニの時代から今日の音楽まで音楽の歴史の小さな旅ができる」と解説しています。プレトークでも「一曲で19世紀から21世紀までの音楽の旅ができる」と話しました。
ロッシーニをベースにした前半は、モチーフが古風で、オペラの序曲のような趣き。バーンスタインをベースにした後半は、打楽器がドラムセットのノリで、トムトムが活躍。バーンスタイン作曲の「シンフォニック・ダンス」に似ているところがあります。

プログラム6曲目は、コロレス(カラーズ)。2020年の作品で、本公演が日本初演です。「コロレス」とは、スペイン語で「カラー」の意味。Twitterに掲載された動画では、「スペインのヴァレンシアで2年に一度行われる大きなコンテストのために作曲したが、コロナで延期になった。2ヶ月前にベルギーで初演された」と解説。プレトークでも「ベルギーの楽団がスペインで演奏するために作曲した。3~4個のテーマが変わる」と解説しました。また、リハーサルの動画を見たところでは、指揮台がないためか、ヴァンデルローストは動き回って指揮しています。
チェロ×2が再登場。冒頭はコントラバスやハープによる変拍子。色彩感を意識した作品で、鉄琴×2(スコアの表記は、Mallet Percussion)が鮮やか。あまり拍感を意識させないコラールの後、一撃でテンポが速い部分に。ここでも鍵盤楽器の金属音が印象的です。ミュート付きのトロンボーンに導かれるようにフィナーレへ。最後は「スパルタカス」と似ている部分があります。チェロ×2は期待したほど目立たちませんし、ソロもありません。少し散漫な印象で、一度聴いただけではなかなかなじみにくい作品でしょうか。

ヴァンデルローストが「みなさん、おおきに」と話し、その後は英語で挨拶。通訳がなかったのでよく分かりませんでしたが、「台風が来る前に帰りましょう」のようなことを話しました。
アンコールは、ヤン・ヴァンデルロースト作曲/アポロ。オオサカンのために2010年に作曲された作品のようです。マーチですが、中間部はテンポを遅くしてメロディーを歌わせます。アンコールが「カンタベリー・コラール」だったら最高でしたが、メンバー全員での演奏になりませんね(笑)。

終演後の会員受付で当選したサイン色紙を受け取りました。風は強いですが、雨は降っていませんでした。開演時間が早くなったおかげで、なんとか帰宅することができました。感謝です。
なお、本公演の2日後には、ヴァンデルローストは、名誉教授を務める名古屋芸術大学ウィンドオーケストラ第41回定期演奏会「山麓の叙情詩」(東海市芸術劇場大ホール)でも自作を指揮しました(ソレムニタス、ドムス、交響詩「モンタニャールの詩」)。

自作自演は説得力があり、オオサカンの演奏もヨーロピアンスタイル風とも言えるような演奏で、日本の吹奏楽団であることを忘れる瞬間がありました。ヴァンデルローストとの相性はよさそうです。エキストラの人数が予想以上に多かったですが、それにしては寄せ集め感はなく、パートでよくそろっていて、安定していました。大阪にこんな吹奏楽団があるのはうれしい。伝統があるOsaka Shion Wind Orchestraとの違いをどう打ち出していくか課題とも言えますが、Osaka Shion Wind Orchestraよりも室内楽的な吹奏楽団と言えます。ただし、本拠地の豊能町立ユーベルホールは行きにくい場所にありますね。ちゃんと残響が消えてから拍手する観客のレベルも高い。これからも応援したいです。

京橋大阪城線沿いにあるカリヨン 住友生命いずみホール ヤン・ヴァンデルロースト サイン色紙

(2022.9.29記)

 
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