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<京都市交響楽団練習風景公開>
2016年10月5日(水)10:30開演 ラドミル・エリシュカ指揮/京都市交響楽団 スメタナ/「わが祖国」から、交響詩「モルダウ」 座席:自由
<京都市交響楽団第606回定期演奏会> 2016年10月7日(金)19:00開演 ラドミル・エリシュカ指揮/京都市交響楽団 スメタナ/「わが祖国」から、交響詩「モルダウ」 座席:S席 3階 C3列13番 |
ラドミル・エリシュカが京都市交響楽団を初めて指揮しました。エリシュカはチェコ国内での活躍が多かったため、初来日は2004年と遅かったものの、日本国内のオーケストラに数多く客演していて、近年評価を高めています。2008年から2014年まで札幌交響楽団の首席客演指揮者を務め、2015年度からは札響名誉指揮者となりました。今年で85歳です。今回のプログラムは、「京都・プラハ姉妹都市提携20周年記念」ということで、ドヴォルザーク「新世界から」をメインに据えた絶好の選曲でした。チケットは9月15日に早くも全席完売しました。なお、今回は京響の単独招聘ではなく、エリシュカはその後札幌交響楽団を指揮しました(10月14日&15日 第594回定期演奏会、10月22日 森の響フレンドコンサート/札響名曲シリーズ)。
本番2日前に京都市交響楽団練習場で、毎月定例の「練習風景公開」が行なわれました。往復ハガキで申し込んだところ、めでたく参加票のハガキが届きました。2015年度から定期演奏会が隔月で土日2回公演となったため、練習風景公開は平日に行われることがほとんどになり、京都市交響楽団練習場に赴くのも2013年4月以来3年半ぶりでした。いつものように2階のギャラリーから聴きます。平日の午前中でしたが、50席の客席が満席になりました。曲目は、京都市交響楽団メールマガジン第127号(2016年8月16日配信)では、「ドヴォルザーク/交響曲第9番「新世界から」より(予定)」でしたが、スメタナ/「わが祖国」から、交響詩「モルダウ」でした。エリシュカと団員の会話から、練習は昨日から始まり、「モルダウ」はこの日が初めての練習だったようです。
10:30にチューニング。コンサートマスターは泉原隆志でも渡邊穣でもなく、白髪でメガネの男性でした(本番で山口裕之氏と判明しました)。エリシュカが指揮台に登場。スーツのズボンに、長袖のワイシャツでした。コンサートマスターと握手。指揮台に上がると「こんにちは」と日本語で団員にあいさつ。「モルダウ」を冒頭から練習しました。エリシュカは指揮台に置かれた椅子に座らず立って指揮しましたが、途中で何回か座って指揮しました。
冒頭から速いテンポで、指揮棒を下から上に弾くように指揮しました。頻繁に指揮棒を止めて、指示を団員に伝えました。エリシュカはチェコ語で話しました。よく通る声で、一度話し出すと、話は長い。楽器ごとに取り出して練習しました。指示した内容がクリアできたか、反復して確かめました。
通訳の若い女性(本番でプロハースカ尚子と判明)が指揮台の左側に立って、日本語訳をマイクで話しました。マイクで話したのは、2階のギャラリーまで聴こえるように練習風景公開への配慮かと思いましたが、当日のゲネプロでもマイクを使って話している様子が京都市交響楽団オフィシャルブログ「今日、京響?」で確認できました。エリシュカは団員に向かって話すというよりも通訳に向かって話しました。ときどきプロハースカ尚子の肩に手を置きながら話しました。
冒頭のフルートには「音が上に上がるときにディミヌエンドしない」「3小節目で1stと2ndのつながりが分かってしまう。一人でやっているように」といきなり細かな指示。「13小節などヴァイオリンのピツィカートがずれる」。16小節からのクラリネットは「フルートよりも聴こえすぎる」。チェロはこの曲は2つのパートに分かれますが、エリシュカは「チェコでは全員で全部弾く」とのこと。ときどき歌って団員に示しました。初演のエピソード(もっと演奏者数が少なかった)も披露。弦楽器だけ取り出して練習。36小節からの「クレシェンド、デクレシェンドをもう少し」「指揮で表していなくても、クレシェンド、デクレシェンドを絶対に忘れないように」。40小節からのヴァイオリンが演奏する有名なメロディーは、「メロディーが遅い。後ろの奏者は弓の動きで遅れているのが分かる。アクセントも全員で」「ゆっくりのモルダウに慣れているのかも」と話しました。反復練習でうまくいった場合は「ブラボー」「ブラビッシモ!」と叫びました。演奏を止めた際も「本当にすばらしい」と絶賛。フルート奏者から65小節の奏法について質問が出ると、エリシュカは「レガートで」と答えた後に、「質問してくれてうれしい」と話しました。
80小節からは「スコアに書いてあるように森の狩猟(Waldjagd)の場面。他の楽器はホルンよりも出てこないで。兵隊の行進のように演奏する指揮者がいるが、チェコ人が聴くと苦しい。森の中からホルンが遠くから聴こえるように」。98小節からのホルンは「4番ホルンから1番ホルンまで、八分音符が聴こえてほしい」と話し、八分音符についているタイを消すように求めました。106小節からは「ホルンが主役。動きを聴こえさせてください」。121小節の第2ヴァイオリンとヴィオラは「ラストの3つの音だけで気持ちを一つにする。メトロノームのようにぴったりしたテンポで」。175小節からのコントラバスは「ディミヌエンドする」。177小節からのファゴットには「音程が高いので、下げ気味で」。続くオーボエには「ファゴットと同じ音量で」。184小節からはフルートに「一人で吹いているように」と指示した以外は「本当にすばらしい。今のままで何もしなくていい」と称賛。
「229小節から2小節間は音量はppを担保してください」と指示したところ、テューバ奏者から「トロンボーンとテューバにあるクレシェンドはどうしたらいいか」と質問。エリシュカは「クレシェンドはなし。3小節目(231小節)から盛り上げてください」。239小節目は「第2ヴァイオリンなどクレシェンド、デクレシェンドをもっとつけてください。波打つような感じで。もっと弓を使って弾いてください。後ろのほうの人も」。275小節からのトロンボーンは「その前にやっているチェロとコントラバスに続く感じで」。「昨日の「新世界」のトロンボーンはすばらしかった」と昨日の練習を絶賛。「アッチェレランドは331小節から」。351小節は「2番トランペットの最初の音が聴こえない。4つとも音符が聴こえるように。第1トランペットと第2トランペットが1つに聴こえるように」。416小節は「リタルダントを自然につなげたい」。最後まで演奏が終わると、休憩に入りました。エリシュカは話が長くなることが多く、練習が長引くかもしれないと思いましたが、時間内に終わりました。15分後に「交響的変奏曲」をはじめるとのことです。
エリシュカはスコアにないアーティキュレーションや音量設定を指示しました。また、パッセージが自然につながるように求めていました。パートごとに取り出して、細かく練習しました。またヴァイオリンに対して後ろの奏者に対して指示するなど、パートが一体となって演奏するように指示しました。エリシュカの指示に京都市交響楽団は的確に応えていたようで、エリシュカは「本当にすばらしい」を連発しました。奏者からも質問が出て、双方向のコミュニケーションが図られました。本番が大いに期待できる練習でした。
通訳が入っての練習は初めて観ました。指揮者の指示を適格に伝える通訳の役割はきわめて重要です。語学力はもちろん音楽の知識もなければ務まりません。ラザレフにも通訳はついていましたが、英語だったのですべては訳しませんでしたが、チェコ語の理解は難しいでしょう。プロハースカ尚子が「どこからやろうかな」などエリシュカの独り言も通訳した際は、団員から笑いが起こりました。
18:40からプレトーク。エリシュカとチェコ語通訳のプロハースカ尚子が登場。プロハースカ尚子は2日前の練習で通訳していました。エリシュカはゆっくり話しました。「今回で日本で指揮するのは20回目だが、日本語ができない」として、通訳のプロハースカ尚子を紹介しました。「京都のオーケストラを指揮できると聞いて、喜んですぐに引き受けた。京都は文化財が多く美しい街だが、それに匹敵するオーケストラがあると知ってうれしい」「チェコのプラハにも古い建物があって京都とつながりがあるが、京都とプラハが姉妹都市と知って感動した」「京都の古い街並みは、世界の宝物、真珠と言うべきものだが、チェコの二つの真珠として知られる作曲家のドヴォルザークとスメタナを披露する。すばらしい京都市交響楽団によって、すごいコンサートになることを楽しみにしている。みなさん一人一人が心から楽しめますように」と話し、最後に「通訳ありがとう」とプロハースカ尚子に感謝を述べて、退場しました。プロハースカ尚子は、2013年の大阪フィルの定期演奏会でも通訳を務めていて、エリシュカのお気に入りのようです。
客演コンサートマスターは、山口裕之(元NHK交響楽団コンサートマスター)。コンサートマスターの泉原隆志は出演しませんでした。エリシュカが登場。足取りは軽やかで、普通に歩きます。段差を考慮して、指揮台の左横に一段踏み台が置かれていました。指揮台後方には落下防止用バーが付いていました。
プログラム1曲目は、スメタナ作曲/「わが祖国」から、交響詩「モルダウ」。ヴァイオリンがメロディーを演奏する40小節からのテンポが、2日前の練習よりも遅くなりました。239小節からも同じテンポだったので、本番で偶発的にテンポが遅くなったのではなく、その後の練習でテンポを遅くするようにしたということでしょう。滑らかで優しい響き。強奏でも目いっぱい鳴らさずに、高貴さを保ちます。打楽器も控えめ。トランペットは練習で指摘されたように音符がはっきり聴こえました。エリシュカは譜面台なしで指揮しました。
プログラム2曲目は、ドヴォルザーク作曲/交響的変奏曲。この曲は譜面台が設置され、エリシュカはスコアをめくりながら指揮しました。1曲目とほぼ同じメンバーでの演奏。ソフトでマイルドな響き。音色も生々しくなく、くすんでいます。
主題はドヴォルザークが作曲した男声合唱曲「私はヴァイオリン弾き」からの20小節で、その後28の変奏が続きます。演奏はよかったのですが、作品が地味で魅力に欠けました。主題も親しみやすいメロディーではなく、変奏も渋くて華やかさに欠けます。スタイリッシュとは対極にある作品で、聴いていてあまりおもしろくありませんでした。エリシュカがせっかく指揮するのに、他の曲のほうがよかったでしょう。エリシュカは大きく円を描くように指揮しました。
休憩後のプログラム3曲目は、ドヴォルザーク作曲/交響曲第9番「新世界から」 。エリシュカはふたたび譜面台なしで指揮。京響の美感を生かして、ウィーンフィルかと思うほど、きらびやかでつややかな音色で、強奏でも楽に鳴らしました。
第1楽章は弦楽器がレガート気味に演奏。フルートソロは、客演首席奏者の上野博昭(大阪フィルハーモニー交響楽団首席フルート奏者)。3月に定年で退団した清水信貴(首席フルート奏者)とはまた違って、透明感のある音色がいい。
第2楽章は音量をかなり抑えて、ゆっくりしたテンポで、たっぷり時間をかけて演奏しました。スコアにはpppと指定されていますが、まさにその通りの繊細な弱奏でした。こんなに静かな楽章だったんですね。しかし、それでいてメロディーには伸びやかさがありました。ff(96小節)の前で間を開けて貯めました。
第3楽章は木管楽器のメロディーが伸びやかで牧歌的。第4楽章は冒頭からしびれました。澄んだ音色がすばらしい。京響とは思えない出来で、うますぎて驚きました。京響のレベルがまた上がりましたね。金管楽器はあまり鳴らしません。299小節からの第2楽章のコラールも同様。204小節でいったん音量を落としました。221小節からコントラバスの十六分音符×4+八分音符を強調。314小節からは「三連符+八分音符+八分音符」の音型の受け渡し(フルート→第1ヴァイオリン→第2ヴァイオリン→ヴィオラ→チェロ→ティンパニ)をpppですがはっきり聴かせました。最後のディミヌエンドは、木管楽器を聴かせましたが、pppまでは落としませんでした。
カーテンコールでは、エリシュカはパートごとに立たせて、奏者に対して感謝のお辞儀をしました。エリシュカも演奏に満足したようでした。
エリシュカと京都市交響楽団は初共演とは思えないほど相性がいい。京響もすばらしいアンサンブルを聴かせました。客席からも「今シーズン最高の出来」「京響じゃなかった」 などの声が聴かれました。力で押すことなく、メロディーを歌わせて、あとからじわじわ良さが分かってくるような演奏でした。ぜひ再演を希望したいです。次回はヤナーチェクを聴きたいですね。エリシュカの指示を正確に伝えた通訳のプロハースカ尚子にも拍手です。練習でのエリシュカと奏者をつなぐコミュニケーションは一苦労だったと思いますが、すばらしい演奏となって現れました。