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<京都市交響楽団練習風景公開>
2012年10月27日(土)10:30開演 アレクサンドル・ラザレフ指揮/京都市交響楽団 チャイコフスキー/交響曲第5番より第1楽章、第2楽章 座席:自由
<京都市交響楽団第562回定期演奏会> 2012年10月28日(日)14:30開演
アレクサンドル・ラザレフ指揮/京都市交響楽団 チャイコフスキー/弦楽セレナード 座席:3階 C−2列9番 |
日本フィルハーモニー交響楽団首席指揮者で、ボリショイ劇場のコンダクター・イン・レジデンスを務めるアレクサンドル・ラザレフが、京都市交響楽団を初めて指揮しました。ラザレフは京都市交響楽団第547回定期演奏会(2011.6.24)を指揮する予定でしたが、腰の緊急手術のため来日をキャンセル。予定されていたプログラムは、リスト/交響詩「プロメテウス」、ピアノ協奏曲第2番、チャイコフスキー/交響曲第4番でしたが、パヴェル・コーガンが代役で指揮しました。今回は1週間前に日本フィルと「プロコフィエフ交響曲全曲演奏」を完遂し、1年半ぶりのリベンジ公演となりました。オール・チャイコフスキー・プログラムで、チケットは1ヶ月前に完売しました。
本番前日に京都市交響楽団練習場で、毎月定例の「練習風景公開」が行なわれました。往復ハガキで申し込んだところ、めでたく参加票のハガキが届きました。いつものように2階のギャラリーから聴きます。団員は私服で音出し中でした。
10:15頃に早くもラザレフが指揮台に登場。こんなに早く指揮台に現われる指揮者は初めてです。半袖のポロシャツでした。京都はもう長袖の季節ですが、ロシアに比べると暑いということでしょうか。メガネをかけていました。1列目の弦楽器奏者と握手。大物なのに紳士的です。その後も指揮台に立ったまま、団員が音出しする様子を見ていました。早く練習を始めたくて仕方がない様子でした。通訳の女性と何か話していました。
10:30になって音が鳴り止み、コンサートマスターの渡邉穣が立ち上がってチューニング。ラザレフが「Good Morning」と挨拶して、チャイコフスキー作曲/交響曲第5番の練習が始まりました。
冒頭のチェロとクラリネットの入りが合わなかったので、何回かやり直し。これまでにない張り詰めた空気の中、練習が始まりました。第1楽章を通して演奏。ラザレフは指揮棒なしで指揮。イスは使わずに、立って指揮しました。両腕を大きく上下させてオーケストラをリードします。演奏中は声を出して指示することはなく、聴かせてほしい楽器に左手の人差し指でキューを出し、逆に音量を抑えてほしい時は左手の手のひらを前に出して表現します。すでにアーティキュレーションが徹底されていたので、ラザレフから事前に指示があったのでしょう。金管楽器がよく鳴りました。朝早くからお疲れ様です。170小節からのMolto piu tranquilloおよび427小節からのMolto piu tranquillo come soraは、テンポを落としてたっぷり歌います。緩急がよくついています。531小節からのチェロの音型を強調。
「Begin」と話して、冒頭から練習。1回通しただけで、練習したい場所を的確に把握しているのがすごい。部分的にパートを取り出して練習しました。英語で話しながら練習を進めます。同じ部分を再度練習するときは「same」、全員で演奏するときは「together」と話しました。団員に意味が通じていないと感じたときは、後ろを振り返って通訳に話して、通訳から日本語で話してもらいました。気に入らないときは手をたたいて演奏をすぐに止めます。
アルファベットの練習記号で練習場所を指示していましたが、私が持参したポケットスコア(音楽之友社)には練習記号が載っていなくて少し分かりにくくて残念でした。50小節からのフルートとクラリネットに「ぼかし気味の音に、オープンな音にしないでください」。116小節から弦楽器のデクレシェンドとクレシェンド(sfp<f>p<mf<ff>p<sff>mp<sff>mp<ff)を練習。同音型の373小節からも再び練習しました。ラスト4小節のファゴットのデクレシェンドとクレシェンドの音量とタイミングを練習。ファゴット奏者に「同じ給料なので小さくていいです」と話しました。「第1楽章の後は動かないで。咳もしないで」と話し、第1楽章からアタッカで第2楽章につなげるとのこと。「ポケットに小銭を入れておかないで」と話しました。「ロシアではオーケストラ団員はポケットに小銭を入れて演奏することが多く、本番中の静かな部分で落ちることがある」とエピソードも披露しました。
11:00頃から第2楽章の練習。上述したように、第1楽章から続けて演奏され、弦楽器のpからぞわっと始まります。冒頭は音量を絞りました。第2楽章を通して演奏。108小節からの弦楽器のピツィカートに「アクセント piu f」と声をかけました。演奏後は、ホルンソロに拍手。24小節のCon motoの前は「no rit.」と指示。45小節からの弦楽器は12/8拍子の二連符をリズム通り演奏させました。手をたたいて歌って団員に聴かせました。「間が空かないように。弓をスムーズに動かしてください」と指示。ヴィオラ奏者が「リテイクするか」と質問したところ、ラザレフは「ノーリテイク」と答えましたが、何のことについて話しているのかは聞きとれませんでした。練習記号E(83小節)に入ろうとしたところで、腕時計を見て11:30を過ぎていることに気がついて、「大事なところなので休憩後に」と話して、休憩に入りました。
まず最初に1回通して戻って練習する方法は、井上道義とよく似ていました。指示はそれなりに長く話します。たまに通訳が訳しましたが、多くの指示はラザレフの英語を団員は聴いて理解しているようでした。「only strings」のようにパートを取り出して練習するなど、細かい部分を合わせようとしていました。練習の雰囲気が緊張しすぎることがないように、たまにジョークを言って笑わせようとしていました。翌日の本番が大いに期待できる練習でした。
いつもは開演20分前からプレトークが始まりますが、この日は開演10分前の14:20からスタート。14:15に早くも予ベルが鳴りました。京都市交響楽団ブログ「今日、京響?」によるとこれはラザレフの意向で、プレトークと演奏を続けたかったようです。ラザレフが手を挙げながら登場。指揮台の上で話します。言葉はロシア語で話し、ロシア語通訳の女性が翻訳しました。「チャイコフスキーはロシアの音楽教育の原点」と話し、まずチャイコフスキーの生涯を紹介。「サンクトペテルブルク音楽院を1期生で卒業した後に、モスクワ音楽院の教授に招かれたが、作曲している方が好きで、教えるのは好きではなかった。金のためだった。モスクワ音楽院は「チャイコフスキー記念」の名前がついているが、チャイコフスキーは学んでいない。サンクトペテルブルク音楽院は「リムスキー=コルサコフ記念」の名前がついているが、リムスキー=コルサコフは学んでいない」と話しました。
続いて、チャイコフスキーの女性関係について。「チャイコフスキーはフランス人歌手と婚約したが、彼女はスペインで別人と結婚してしまった。その後、教え子と結婚したが、1ヶ月で離婚した。彼の苦悩の人生は音楽に現われている。チャイコフスキーほど女性のイメージを取り込んでいる作曲家はいない。ロメオとジュリエット、ハムレット、テンペスト、フランチェスカ・ダ・リミニなど。チャイコフスキーはメロディーの巨匠で、美しいメロディーが多い。この頃のチャイコフスキーのオペラ作品は、女性が男性を好きだと言うストーリーで、チャイコフスキーの理想の女性像が現れているのではないか」と解説しました。「チャイコフスキーは自分の作品に批判的だったが、ヴァイオリン協奏曲は1日に25時間聴いても飽きない。今日演奏する交響曲第5番も悪い交響曲と批判した。リハーサルでブラームスと会った。愚作だと言われたが、今日は愚作とは言わせません」と話しました。最後に「今日はこのトークで終わりではありません。最後までしっかり聴いてお帰りください」とジョークで締めくくりました。よくしゃべってくれました。
プログラム1曲目は、弦楽セレナード。ラザレフは本番も指揮棒はなし。両腕を使って、なめらかできれいな指揮。聴かせたい楽器のキュー出しも忙しい。指揮台の上を前後左右によく動きます。アクションが大きいので、スケールの大きな演奏になりました。第1楽章ではアクセントに合わせて数回ほど足を踏み鳴らしたり、第3楽章では右足だけを指揮台に降りて、チェロに近づいて指揮しました。
オーケストラもよくそろっていてすばらしい。ここ最近の京響では一番の演奏でしょう。第2楽章では柔軟な表情が引き出されました。第3楽章は遅めのテンポでたっぷり歌いました。アタッカで第4楽章へ。44小節からのAllegro con spiritoは速いテンポ。84小節からチェロの高音のメロディーの音程が乱れたのが残念。386小節のMolto meno mossoの前もリタルダンドせずにインテンポで突っ込みます。最後もアッチェレランド気味に加速して終わりました。
演奏終了後は、ラザレフが拍手しながらカーテンコール。客席に向かって投げキスしたりご満悦の様子でした。両手の人差し指でオーケストラを指差して、「あっちに拍手してください」というようなアクションを見せました。
休憩後のプログラム2曲目は、交響曲第5番。冒頭のクラリネットの伴奏は、音符を伸ばさずアクセント気味に短め。84小節からは、トランペットとトロンボーンがバリバリ鳴りましたが、強すぎたのか弦楽器のメロディーがかき消されてしまいました。前日の京都市交響楽団練習場のほうが弦楽器はよく聴こえました。170小節からのMolto piu tranquilloおよび427小節からのMolto piu tranquillo come soraは、ゆったりしたテンポで演奏。前日の練習で指示があったように、アタッカで第2楽章へ。弱奏でぞわっと始まりました。45小節からはやや速めのテンポ。128小節からクラリネット2名がベルアップ。メロディーを大きく聴かせたいということでしょうか。前日午前中の練習では見られなかったので、それ以降に指示があったのでしょう。最後の小節はきれいにデクレシェンドして終わりました。第3楽章は、28小節からなどのホルンのゲシュトップを強調。73小節からの弦楽器の十六分音符は、クレシェンド・デクレシェンドを徹底。間を空けずに第4楽章へ。20小節の金管楽器は、最初の二分音符だけ強く吹きました。ラザレフ流の解釈なのかと思いましたが、スコアにsfpと書かれていました。70小節からは木管楽器を聴かせました。ここもスコアでffと指定されているので、スコアに忠実な演奏です。173小節からの金管楽器のメロディーは、1回目は弱く、2回目は強く演奏。スコアではともにffなので、1回目の音量を落としたのはラザレフ流の解釈と言えるでしょう。226小節からホルンとトランペット+トロンボーンが掛け合い。血圧が上がるような演奏でした。474小節からの弦楽器のメロディーはlargamenteの指示通り、レガートでのびやかに演奏。503小節の二分音符は、sfffを短く切って演奏。504小節(Presto)からのヴァイオリンは軽い響き。
演奏終了後は、客席から熱狂的な拍手。ラザレフは第2楽章でソロを好演したホルン奏者のところへ歩いて行って握手しました。
おもむろにアンコール。チャイコフスキー作曲/バレエ音楽「白鳥の湖」から「4羽の白鳥の踊り」。オーボエのメロディーの三十二分音符をコミカルに指揮。コントラバスの下降音型を強調するのがラザレフ流。最後の音符は長くのばして、ラザレフが客席を振り向きました。カーテンコールでは特にラザレフに盛大な拍手が送られました。最後は1列目の弦楽器奏者と握手しました。大物なのに、謙虚な姿勢でした。
これほど客席が熱狂的な拍手で沸いたのも久しぶりでした。ラザレフは音符を短く切るところはアクセント気味に短く、レガートはたっぷりと歌うメリハリをつけた演奏でした。音量も落とすところは落として、演奏が単調にならないように、表情を鮮やかに描きました。慣習的にリタルダンドして演奏する部分でも、スコア通りインテンポを維持しました。弱奏も丁寧に演奏しました。指揮する姿も美しかったです。
ラザレフは日本フィル首席指揮者の任期を2017年8月まで延長しました。今後も定期的に来日するので、ぜひ京都まで足を伸ばして京響を指揮して欲しいです。再演を大いに期待します。
(2012.11.5記)