ロームシアター京都 サウスホール
寒川晶子（ド音ピアノ）、 檜垣智也（アクースモニウム）、伊藤悟（音の織機）、小沼純一（ポストパフォーマンス・トーク）
「音に溶けて」より �機ァ蘇睇癲覆佞錣佞錙法繊´供ァ漸盡后覆�げん）〜
「にじませ震わせ」
「響紡ぎ織（ひびきつむぎおり）」
座席：Ａ席 ２階１列１９番
|
|
|
２０１６年９月２４日（土）18:00開演 ロームシアター京都 サウスホール 寒川晶子（ド音ピアノ）、 檜垣智也（アクースモニウム）、伊藤悟（音の織機）、小沼純一（ポストパフォーマンス・トーク） 「音に溶けて」より �機ァ蘇睇癲覆佞錣佞錙法繊´供ァ漸盡后覆�げん）〜 座席：Ａ席 ２階１列１９番 |
寒川晶子のピアノコンサートに行きました。ピアノのすべての鍵盤をド音に調律した「ド音ピアノ」が演奏される大変ユニークな演奏会です。ロームシアター京都オープニング事業で、主催は京都市、ロームシアター京都（公益財団法人京都市音楽芸術文化振興財団）。ロームシアター京都のTwitterを通して、YouTubeにPR映像が公開されたり、寒川晶子と山下洋輔（！）との対談記事が配信されたり、広報にかなり力を入れていました。記事によると、作曲家の一柳慧もド音ピアノを評価しているとのこと。
寒川晶子は18歳まで京都市で育ち、華頂女子高校音楽科とフェリス女学院大学音楽学部ピアノ専攻を卒業。現在は女子美術大学アート・デザイン表現学科アートプロデュース表現領域で非常勤講師を務めています。約１ヶ月前に開催されたプレイベント「寒川晶子 トイピアノ・ミニコンサート」で、ド音ピアノについて紹介されたので、今回の演奏会の予習ができました。
プレイベント終了後に、チケットを申し込みました。京都コンサートホール・ロームシアター京都Club会員なら、インターネットから座席指定もできて、チケットは当日にホール１階のチケットカウンターで受け取れるのでとても便利です。１階席がＳ席で、２階席がＡ席でしたが、あえて２階席の最前列を申し込みました。
ロームシアター京都のサウスホールは、716席。１階ホワイエにはドリンクコーナーもあります。２階席は建物の３階にあります。２階席の後ろから前までの傾斜がかなり急で、前の席に降りるときには足元に注意したほうがよいでしょう。傾斜を大きくつけたのは、後方の座席からでもステージを見やすくするためでしょう。隣の席との間隔は狭くて少し窮屈。客の入りは３〜４割程度でした。
ステージは奥行きが広くてびっくり。ステージ中央の向かって左にピアノが、ピアノと対面するように織機が置かれていました。その周囲に大小のスピーカーがたくさん置かれています。ステージ下には操作盤が置かれていました。
プログラムの「曲目/作品説明」には、寒川晶子による「音楽のスケッチ」が掲載されました。作品のイメージが数行程度の詩で書かれています。また、沼野雄司（音楽評論家）は「ピアノの調律を根本的に変えてしまうというのは、もはや演奏家の発想を超えている」とのコメントを寄せています。
プログラム１曲目は、「音に溶けて」より �機ァ蘇睇癲覆佞錣佞錙法繊´供ァ漸盡后覆�げん）〜。寒川晶子の作曲で、ド音ピアノで演奏します。プログラムの楽器紹介によると、ド音ピアノは「88鍵ある鍵盤の音全てをドの音に特殊調律し直したピアノ。ドとド＃の間という非常に狭い音程の中を十二分割した微分音程で、各音域とすべての弦を調律する」と記載されています。
暗転の中、寒川晶子が登場。拍手もなく、演奏が始まりました。楽譜はありませんでした。ド音ピアノは、ドからド＃までという狭い音程しか演奏できませんが、実際に聴くと、ドとド＃以上の音の広がりを感じました。音程をずらすという点では、弦楽器や管楽器で用いられるグリッサンドに似ています。鍵盤楽器では音程を任意に変えることができないので、ピアノの表現の可能性への挑戦と言えるでしょう。最初は１オクターヴ内で単音を演奏しましたが、次第に音域が広がりました。倍音の効果なのか、ド以外の音も聴こえました。また、鐘やアンティークシンバル（もしくは東南アジアの小さなドラ）のような音色も聴こえました。不思議な音世界です。メロディーを演奏するというよりも打楽器的な奏法が多い。
１曲目「浮浮（ふわふわ）」 に続いて、２曲目「霞弦（かげん）」では、途中で左手に白い手袋をはめて、立ち上がって大屋根の中に首を突っ込みながら、弦をなでて音を出しました。ツィンバロンに似た音色でした。寒川はうすい灰色のドレスでした。曲想によって、照明が変わりました。
演奏後に寒川がマイクで挨拶。感極まって泣きそうになりながら話しました。「ロームシアター開館の１年くらい前にお声がけいただいた」「今回の演奏会は自主企画ではなく京都市ご公認。ピアノの調律は変えにくいが、調律師の鈴木さんに修理に出す前のピアノを使わせていただいた」「昨日のリハーサル中もおかしなことを真剣にやっているなと思った」「先ほど演奏した１曲目は書き下ろしで、即興的でもある」と挨拶。「恵まれている」「信じられない」などと感謝の言葉を述べました。
プログラム２曲目は、「にじませ震わせ」。コンセプトは寒川晶子。プログラムによると、「寒川のコンセプトをもとに各自パートをそれぞれの演奏者が考え、セッションを楽譜に起こして再現可能なものにしました」とのこと。寒川晶子のド音ピアノと、檜垣智也のアクースモニウムの２名で演奏しました。寒川は「スピーカー30台以上（実際には55台）で、立体音響を体感していただきたい」と話しました。
この曲は寒川は楽譜をめくりながら演奏しましたが、五線譜？にどのように書かれているのか見てみたいです。即興ではなく、タイミングはピアノとアクースモニウムで事前に調和されていました。アクースモニウムは、プログラムの楽器紹介によると、「スピーカーのために作られた電子音響音楽をコンサートで発表するための多次元立体音響装置。（中略）「スピーカーのオーケストラ」とも称される」と記載されています。ステージ下にミキサー（パソコンと調整卓）があり、檜垣智也が椅子に座って、調整卓のレバーを上下に動かしました。最初は長くて優しい音でしたが、次第に細かな音符がスピーカーを通じて拡散されていきました。スピーカーはもともとホールに設置されたものに加えて、２階席の左右にも設置されたようで、立体的な音響が楽しめました。水の音など癒し系の音から始まって、女性の声も聴かれました。鐘や金属音など激しさを増し、波の音で終わりました。 ド音ピアノは伴奏扱いで、アクースモニウムとの掛け合いが多い。トレモロなど打楽器的な扱い。アクースモニウムとド音ピアノが合っているかは微妙でした。15分の休憩中に、調律師がド音ピアノを調律しました。
休憩後のプログラム３曲目は、「響紡ぎ織（ひびきつむぎおり）」。コンセプトは寒川晶子。寒川晶子（ド音ピアノ）、檜垣智也（アクースモニウム）、伊藤悟（音の織機）の３名で演奏しました。寒川によると、音の織機演奏は日本初演とのこと。音の織機は、プログラムの楽器紹介によると、「布を織りながら音の紋様を奏でる機。そんな世界でも珍しい織機が中国雲南省のタイ族に伝わっていた」と記載されています。織機はピアノの対面に置かれていて、伊藤悟が実際に座って横糸を通して織物を織っていきました。縦糸も横糸も白色でした。織機は操作すると、カランコロンというかなり大きな木の音がしました。一定の間隔で操作を繰り返します。寒川はこの曲では黒のドレスに着替えていました。途中で立ち上がって、ピアノの中の弦をボンゴのように叩きましたが、ド音ピアノは表現の幅が限られてしまいます。アクースモニウムはシュワーとした音で、広がりを感じさせる効果があり、織機を補強する役割です。最後はド音ピアノがスケールを繰り返して静かに終わりました。プレイベント「寒川晶子 トイピアノ・ミニコンサート」では、トイピアノ版が演奏されましたが、まったく別の曲のように聴こえました。この曲も楽譜に基づいて演奏されました。
演奏終了後は、ポストパフォーマンス・トーク。進行役は、音楽・文芸評論家の小沼純一（早稲田大学文学学術院教授）。小沼は「ド音ピアノはいろんな音がして、ド音だけしか聴こえないとか不協和音や協和音の概念が吹き飛ぶ」「音楽を狭い範囲でしか考えていないことに気がつく」とコメント。ド音ピアノと共演した印象を尋ねると、伊藤悟は「織機は中国の雲南省で見つけた。いろんな日常の音を表現できた」と話しました。檜垣智也は「ドビュッシーが夢見ていたことができたかもしれない」と話しました。ド音ピアノのイメージについて、寒川晶子は「最初からド音の１音というイメージだったわけではない」「小学校の習字の時間で墨汁が使えなかったが、磨った墨では黒くならなかった。墨のグラデーションができたが、この黒の変化が記憶にあり、音楽でやったらどうなるか、音楽にしようと思い立った」と説明しました。使用するピアノが違うと、構造上の問題で、ド音のオクターブのグループが変わるとのこと。織機について、伊藤は「６〜７本の竹を踏み分けている。竹の並べ方によって音色が変わる。今回の演奏では実際に織った」と話しました。小沼は「鳴子（なるこ）の音みたい」とコメント。アクースモニウムについて、檜垣は「事前に作った音楽を流した。ロームさんの協力によって、55台のスピーカーを使用した。ホールの大きさを利用して表現できた」と話しました。寒川は「どちらの演奏装置（アクースモニウム、織機）も憧れだった。好きなものとやりたいという気持ちが先行した。電子音楽に憧れがあった。織機は聞きなじみがあって、学校の帰り道に聞いていたので、昔の記憶が強く、ピアノと一緒に演奏できないか考えた」と二人と共演したことについて語りました。
今後の展望について、寒川は「楽器の運搬が大変で、織機も昨日ここで組み立てた。中国から持ってきた部品もある。ド音ピアノは埼玉に置いているが、ここへ運ぶ運搬代が大変で、調律師の鈴木良に相談したところ、今回は西宮から借りることができた」「将来はもっといろんな方と絡みたい。ピアノを運ぶリスクを省けば、いろんな地方でやりたい」と語りました。
なお、檜垣から「トークの後、ステージの写真を撮ってもよい」という撮影許可が出て、20：05に終演しました。ステージ前に多くの客が集まりました。
ド音ピアノは初めて聴きましたが、寒川晶子を発掘した京都市に拍手。ド音ピアノは、ピアノという楽器の表現の可能性を広げる試みと言えるでしょう。世界的にも珍しい挑戦だと思うので、もっと世界に紹介されてもよいでしょう。今回演奏された３曲は、寒川晶子の作曲もしくはコンセプトの曲でしたが、他の作曲家にド音ピアノのための作品を委嘱したらおもしろいでしょう。交流がある山下洋輔との共演も実現してほしいですね。今回のプログラムでは、１曲目の「音に溶けて」より �機ァ蘇睇癲覆佞錣佞錙法� が最も楽しめました。プレイベント「寒川晶子 トイピアノ・ミニコンサート」では、トイピアノや紋紙などを素材を楽器にして演奏しました。寒川の今後の活躍に注目したいです。
(2016.10.3記)
