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2005年6月18日(土)14:00開演 大阪音楽大学ミレニアムホール プロデュース・講師:日下部吉彦 ヴェルディ/歌劇「椿姫」 座席:全席自由 |
今年も大阪音楽大学で年4回のレクチャー・コンサートが開催されます。昨年の第15回「リズムの発見」がいい内容だったので注目していましたが、今年の第1回は「オペラのヒロインの死なせ方」という斬新なテーマで行なわれました。去年、芸大の課題「「ペレアスとメリザンド」に見るフランス音楽とドイツ音楽の特性」で初めてオペラを観てオペラについて興味を持ったので、どんな話が聞けるのか楽しみに行きました。プロデュースと講師は、大阪音楽大学理事で音楽評論家の日下部吉彦氏。
このレクチャー・コンサートを受講するには、事前に受講料1,000円を振り込む必要があります。ホールはほぼ満席。
日下部氏が登場。このコンサートの趣旨について「ほとんどの悲劇はヒロインが死んで終わる。オペラは演出の時代と言われているが、なかでも終幕でヒロインをいかに死なせるか、うまく効果をあげて涙を誘うかが重要。」と語りました。今日の演奏者は「すごいメンバー。日本を代表する声楽家」を揃えたと紹介。
まず、1曲目は、ヴェルディ作曲/歌劇「椿姫」。終幕は、ヒロインのヴィオレッタが肺病(肺結核)で亡くなるシーンです。初演は大失敗だったそうで、理由はヒロインのヴィオレッタ役の女性が太っていたため肺病で死ぬという設定に無理があることと、最後にヴィオレッタが倒れるときにドーンという地響きがして、悲劇なのに大爆笑が起こってしまったこと。
そして、石橋栄実(ヴィオレッタ)、田原祥一郎(アルフレード)、田中由也(ジェルモン)、岡本佐紀子(ピアノ)のメンバーで演奏。演技付き、照明効果付きです。テノールの田原の歌声には驚きました。マイクがあるのかと思うほど無理なくソフトな声です。声量もすばらしい。なお、フェニーチェ劇場の来日公演では、この終幕の場面が、パリのヴィオレッタの家ではなく、病院の個室という演出だったことを紹介。日下部氏はイメージが違うと述べていました。
2曲目は、プッチーニ作曲/歌劇「蝶々夫人」。この歌劇もスカラ座で行なわれた初演は大失敗で、拍手はなくブーイングが起こったとのこと。プッチーニは、初演後に二度とスカラ座では「蝶々夫人」を上演しないことを決めたらしいです。失敗の理由は、舞台がまだ知られていない日本で、侍や君が代が風変わりに受け取られたことと、女性の腹切り(自殺)はけしからん、というのが原因だったとか。海外では今でも、和服なのに靴を履いているとか、角隠しのかわりに白い帽子をかぶっているとか、日本人が見るとびっくりするような衣装で演じられているとのこと。東洋と西洋の文化の違いでしょうか。
この作品は、蝶々夫人が自殺するシーンを映像(DVD)で2つの演奏を見比べ。まず、フランス人ポネルの演出による映像作品。演奏はカラヤン指揮/ウィーン・フィル、フレーニ(蝶々夫人)、ドミンゴ(ピンカートン)、ルートヴィヒ(スズキ)という豪華メンバー。蝶々夫人の名前は知っていましたが、本当に和服を着ているんですね。召使いのスズキは、ここでは蝶々夫人に刀を渡すなど「自殺幇助の役割を果たしている」と日下部氏は指摘。ピンカートンがTシャツ姿で飛び込んでくるのには違和感がありましたが、カメラワークはよかったです。
続いて、劇団四季の演出を手がけている浅利慶太氏が、1986年にスカラ座に初めて呼ばれたときのライブ映像(マゼール指揮)。浅利氏はこの歌劇を「木の文化(日本)と石の文化(西洋)の対決」と捉えたとのこと。とても凝った演出にびっくり。随所に歌舞伎の演出を応用させています。黒子ならぬ白い衣装を着た白子が舞台に座っています。また、蝶々夫人の自殺のシーンは、刀ではなく扇子を使って表現。蝶々夫人が手に持っている赤い扇子が少しづつ開いていき、血がにじむ様子を表現。扇子を床に落とすと、白子が床に敷かれた布を引っ張ります。すると、白い布の下から赤い布が現れ、血が床に広がったように見せる演出です。自殺シーンにこんな上品なアプローチがあるとは驚きました。この舞台を見たプッチーニの孫娘は、「スカラ座は(初演から数えて)80年のあやまりを正した」と語ったそうです。また、浅利氏は第一幕の前に、舞台でわざわざ日本の家屋を建てて見せたそうです。日本文化を理解してもらおうとする姿勢の表れかもしれません。
2パターンの映像を観ましたが、私はポネルのほうが気に入りました。もっとも、オペラの演出にこれだけおもしろさがあるとは知りませんでした。CDの聴きくらべ以上に奥深い世界です。DVDは字幕がついているのは初心者にはありがたい。
休憩後の3曲目は、プッチーニ作曲/歌劇「ラ・ボエーム」。このオペラもヒロインのミミは肺病で亡くなる設定になっています。昔は美人はみんな肺病で死ぬと言ったとか。演奏は、石橋栄実(ミミ)、田原祥一郎(ロドルフォ)、田中由也(マルチェロ)、荒田祐子(ムゼッタ)、岡本佐紀子(ピアノ)。予算の関係で男2人は省略(笑)。迫真の演技でした。日下部氏によると、小澤征爾音楽塾の公演では、家の周辺が菜の花で囲まれていて、「ひとつのスタート」という解釈をしていたとのこと。
最後の4曲目は、ビゼー作曲/歌劇「カルメン」。このオペラも初演は大失敗。理由は、オペラの登場人物に、殺人、脱走兵、ジプシー女、密輸業者など、ちゃんとしたやつが出てこないことに抵抗感があったとのこと。当時のパリの上流社会に合っていなかったことが原因らしいです。終幕は、ホセがカルメンを追いかけて、なんとかよりを戻して欲しいと懇願しますが、カルメンは指輪を投げ返し、ホセが刺し殺すというストーリーです。
カルメンの死なせ方は2通りの演出があるとのこと。1つは、カルメンが闘牛場に入るところを、ホセが後ろからカルメンの背中を刺すというもの。この方法が定番でしたが、20年ほど前からは、カルメンからホセに向かって殺されに行くという死に方が主流になっているとのことでした。これはカルメンが「自分は死ぬ、その後、彼も死ぬ」というトランプ占いを信じていたことを根拠としているようです。演奏は、荒田祐子(カルメン)、田原祥一郎(ホセ)、岡本佐紀子(ピアノ)。田原の歌声が軽く心地よく聴けました。
ここで、出演者に日下部氏がインタビュー。興味深かったのは、コルペテ(岡本氏)の話。日下部氏は「日本ではコルペテが育っていない。オペラのピアノ伴奏は、筋が分かっていないとできない。」と指摘しました。また、岡本氏は「ピアノが歌い手についていくのではなく、支配している。「ここで死ね」というきっかけをピアノが作っている。」と語りました。
これだけじっくりとオペラを見たのは今回が初めてでした。私がオペラをあまり観ていない理由として、演奏時間が長いことと、台詞が外国語なので意味が分からないという2点が挙げられます。今回のコンサートのように、演奏前にストーリーの紹介があると理解しやすいと思います。また、演奏会で聴くよりも、DVDで観るほうが字幕が表示されるので初心者には好都合だと気づきました。日下部氏が意図した「オペラは演出によって変わる」ということはよく分かりました。オペラの見比べはCDの聴きくらべ以上に奥が深い世界だと感じました。DVDでいろいろ研究したいと思います。この演奏会の作品では「蝶々夫人」が一番気に入りました。今度買って見ます。
(2005.7.4記)