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2005年4月10日(日)15:00開演 ザ・シンフォニーホール 宇野功芳指揮/大阪フィルハーモニー交響楽団 モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲 座席:A席 2階 AA列27番 |
『レコード芸術』などでおなじみの音楽評論家、宇野功芳がなんと大阪フィルを指揮するというので、怖いもの見たさに聴きに行きました。チラシの裏には「こんなロマンチックな「40番」 こんなドラマティックな「運命」が今までにあったのか?! 宇野功芳が大阪フィルに初登場!!」と書かれていました。宇野氏の批評は人によってかなりの好き嫌いがあって、インターネットでも時々熱い議論が交わされますが、私は宇野氏の文章は嫌いではありません。文章表現がユニークで面白いし、音楽が聴こえてくるような文章が書ける人はそう多くないと思います。
宇野氏は女声合唱団やアマチュアオーケストラ「アンサンブルSAKURA」を指揮しています。プロのオーケストラを指揮するのは、新星日本交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団に続いて8年ぶり13回目となるようです。大阪フィルについて宇野氏はプログラムで「特別な存在」と書いていましが、言うまでもなく親しかった朝比奈隆が率いたオーケストラだからです。この演奏会もライヴ収録されていました。
客席は9割程度の入り。よく入りました。コンサートミストレスは客演で佐藤慶子氏。新星日響でコンサートミストレスをされていたようです。宇野氏がゆっくりと登場。
プログラム1曲目は、モーツァルト作曲/歌劇「フィガロの結婚」序曲。冒頭からゆっくりとしたテンポで細かい音符をしっかりと弾きこんでいきます。全体的に重たく深刻な音楽に聴こえました。またいきなりリタルダントをかけるなど部分的にデフォルメしていました。またティンパニを強打させるのも特徴です。ヴァイオリンがコントロールされすぎで鳴らないのが残念。宇野氏は譜面台に譜面を置いていましたが、めくらずに指揮していました。
続いて、吉川智明氏とのトーク。彼はエフエム大阪でクラシック番組を担当しているプロデューサーで、宇野氏とは息が合う仲のようで、どうやら吉川氏が今回の演奏会を企画したらしいです。トークでは、宇野氏が関西に来てまず最初に朝比奈隆の墓参りをしたことや、今日のリハーサルではオーケストラが面食らっていたことなどを紹介。聴衆の層を拍手で質問していましたが、関東や東海から来た聴衆もいるようでした。話題は次に演奏するモーツァルトに移り、宇野氏は今はブルックナーよりもモーツァルトが好きで、なかでもこの40番が好きなようです。吉川氏がレヴァインが反復記号を忠実に守って演奏していることなどについて、いろいろ宇野氏にコメントを求めましたが、宇野氏は「今はあまり言えない」などとあまりしゃべりませんでした。毒舌トークに期待したのに残念。
プログラム2曲目は、モーツァルト作曲/交響曲第40番。演奏の前に、吉川氏が普通のテンポで演奏したらどうなるかということで、宇野氏が普通のテンポで指揮。それから宇野氏の解釈で全曲を演奏しました。第1楽章冒頭から突然リタルダントをかけるなど歌い込みたいところをゆっくりテンポを落として演奏するのが特徴です。管楽器のソロもクレシェンド・デクレシェンドをめいっぱいつけていました。指揮している宇野氏は面白いのかもしれませんが、表現している意図が分からないので退屈しました。ロマンティックというよりはかったるく、ねっとりしていてしつこく感じました。大阪フィルはまじめに宇野氏の指揮に合わせて演奏していました。
休憩後は、吉川氏と宇野氏による「音楽講座」。宇野氏が今まで演奏会で指揮した作品では、ベートーヴェンの作品が一番多いようです。理由は「好きだから」。ここから大阪フィルを実際に指揮しての聴きくらべがスタート。まずベートーヴェン作曲/交響曲第9番「合唱」の第2楽章(スケルツォ)93小節からを、原典通り、旋律にホルン追加(これを採用しているのはワインガルトナー、ベーム、フルトヴェングラー)、旋律にホルンとトランペットを追加(アーベントロート、メンゲルベルク、宇野功芳が採用)の3パターンを聴きくらべ。続いて、宇野氏が「第九は、第1楽章、第2楽章、第3楽章の終わりは疑問形で終わらなければならない」とのことで、第1楽章の513小節からを普通の演奏と「宇野流」の解釈で演奏。宇野流の解釈はスローテンポで進めて、544小節で急に音量を落とすというもの。以前、新星日本交響楽団を指揮したCDを聴いたことがあったのでそれほど驚きませんでした。
プログラム3曲目は、ベートーヴェン/交響曲第5番「運命」。宇野氏は「最近の演奏はダダダダーンがあっさりしすぎ、スマートでスポーティーになっている」とのことで、苦悩に満ちた演奏にしたかったようです。第1楽章の運命の動機はテヌート気味に演奏。前曲同様、テンポを落としたり、音量を操作したり、部分拡大の小細工がはじまりました。ティンパニを強打させるなど第1楽章はたしかに危機感あふれる演奏でしたが、思いつきでやっているようで解釈に一貫性がないように思いました。個性的な解釈という点で比較すると、シュトゥットガルト放送交響楽団来日公演でのノリントンの指揮のほうがやりたい放題の演奏でした。一方で、宇野氏のこだわりがなく、オーケストラに指示しなかった部分は、美しい響きがしました(特にヴァイオリン)。指揮者なしで演奏したほうがよかったかもしれません。大阪フィルも宇野氏の指揮に合わせようとしていましたが、慣れないことをやっているので縦線の乱れが見られました。第4楽章の最後は、急激にリタルダントをかけて終わりました。
演奏終了後は、ブラボーが飛び交い拍手の嵐。宇野氏は指揮台の上で直立不動で拍手に応えていました。なかなか様になっていました。「みんないい演奏をしてくれたので満足です」と語り、アンコール。ハイドン作曲/弦楽四重奏曲第17番「セレナード」より第2楽章を演奏。この作品の作曲者は最近になってハイドンではなくホフシュテッターという僧侶だったことが分かったらしいですが、ハイドンではないと分かるとみんな演奏しなくなったようで、「けしからん」と宇野氏は語りました。吉川氏が「メンゲルベルクもびっくりの究極のピアニッシモをお楽しみください」と言って宇野氏を送り出しました。宇野氏が好きそうな作品でした。
宇野功芳は74歳にしては元気でした。朝比奈隆がザ・シンフォニーホールのこけら落としで指揮したときも74歳だったようです。『レコード芸術』の新譜月評では明確に演奏を評価していますが、この日のステージではほとんどしゃべりませんでした。話し方も落ち着いた語り口で、月評での攻撃的な文章表現とかなりギャップがありました。宇野氏は「楽譜は記号である」という発言をしていて、チラシの裏面にも「楽譜忠実主義の今の音楽界に一石を投じたい」と書かれています。この日の演奏会で聴いたのは確かに宇野氏の音楽でしたし、「すごすぎる」演奏と言えるのかもしれません。ただ、どのように「すごい」のかと聞かれたら言葉で表現するのがとても難しいと思います。それだけ主観が強い演奏でしたが、これを他人に聴かせることにどういう意味があるのか、宇野氏は何を聴かせたいのか疑問が残りました。その点では、わざわざプロのオーケストラと演奏するだけの演奏ではないように感じましたし、アマチュアオーケストラを指揮したほうが、よりダイレクトに宇野氏が目指す演奏が聴けるように思いました。
大阪フィルハーモニー交響楽団は宇野氏の指揮によく合わせていましたが、今後はあまり共演しないほうがいいでしょう。変な癖がついて下手になるのではないか心配です。
(2005.4.12記)