R.シュトラウス/交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」


◆作品紹介
リヒャルト・シュトラウスの交響詩第5作。ニーチェの著作『ツァラトゥストラはかく語りき』(1883〜1885年)をもとにして作曲されている。スコアの冒頭には、序説が引用されている。
この著作は、古代ペルシャのゾロアスター教の教祖ツァラトゥストラの説話集の形態で書かれた哲学書で、「超人」と「永劫回帰」が中心的な思想になっている。リヒャルト・シュトラウスは、この作品でニーチェの哲学思想の音楽化を目指したのではなく、著作から感銘を受けた作曲者の精神が描かれているとされる。
作品は、「序奏」、「後の世の人々について」、「大いなる憧憬について」、「歓喜と情熱について」、「埋葬の歌」、「科学について」、「病が回復に向かう者」、「舞踏の歌」、「さすらい人の夜の歌」から構成されている。休みなく続けて演奏される。大編成のオーケストラで演奏されるが、弦楽器を細かく分割するなど繊細な表情も見せる。「序奏」が映画「2001年宇宙の旅」(1968年公開)で使われたことで有名。
初演は、1896年11月に、作曲者自身の指揮で行なわれた。


◆CD紹介
演奏団体 録音年 レーベル・CD番号 評価
R.シュトラウス指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1944 ドイツシャルプラッテン TKCC15070
クラウス指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ボスコフスキー(vn) 1950 ロンドン POCL4309
カラヤン指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ボスコフスキー(vn) 1959 ロンドン KICC9298
カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、シュヴァルベ(vn) 1973 グラモフォン POCG3521
ドラティ指揮/デトロイト交響楽団、ステイプルス(vn) 1980 ロンドン POCL9836
カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ブランディス(vn) 1983 グラモフォン POCG50031
カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1987 ファハマンフューアクラスィシャームジーク(輸) FMKCDR163
カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、シュピーラー(vn) 1987 ソニークラシカル(輸) SVD46388【DVD】
ショルティ指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1996 ロンドン POCL1709
エッティンガー指揮/東京フィルハーモニー交響楽団 2009 タワーレコード TPTW1001


R.シュトラウス指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 【評価B】
記録が正確なら、リヒャルト・シュトラウス生誕80周年記念コンサート(1944.6.13)のライヴ録音とされる。ノイズもなく聴きやすいが、これが本当に戦前のライヴ録音なのかと疑ってしまう。
高い音程で演奏される。金管楽器が直接的に響き、強奏の音圧がすごい。ベートーヴェンの延長線上にある堅固な音楽となっている。弦楽器の伸びやかで流麗な音色はさすがウィーンフィル。内声も充実した響き。
冒頭の「序奏」はトランペットが入る5小節からはじまり、それ以前は収録されていない。「後の世の人々について」は67小節からオルガンの低音が効いている。「歓喜と情熱について」は金管がバリバリ鳴り、ティンパニも轟き、激しく荒れ狂う。131小節(noch bewegter,sehr leidenschaftlich)からテンポアップ。「舞踏の歌」は529小節からテンポを落とす。さらに737小節(sehr lebhaft und schwungvoll)からもテンポ落とす。809小節からホルンのゲシュトップがジージーと刺激的。857小節からのティンパニの躍動もすごい。


クラウス指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ボスコフスキー(vn) 【評価C】
モノラル録音。1950年の録音にしては、ノイズもなく音質が驚くほどよい。ただ、強奏で情報量が少ないのが惜しい。
演奏は、弦楽器主体で耳当たりがよい。弦楽器の澄みきった音色が美しく、力強さはないものの重厚なシュトラウス演奏が多いなかで新鮮なアプローチである。ただ、音程やタテなどの精度がいまひとつで、完成度はあまり高くない。「歓喜と情熱について」は純粋に美しい。「舞踏の歌」は弦楽器の響きが薄く内声があまり聞こえないなどウィーンフィルらしさが感じられない。期待外れ。


カラヤン指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ボスコフスキー(vn) 【評価D】
カラヤン1回目の録音。カラヤンにしては演奏に勢いがなく、響きの密度が薄く平面的で広がりに乏しい。音に張りがなくffでもあまり鳴らないので、盛り上がりに欠け散漫である。特に低音がさびしい。技術的な精度もいまひとつ冴えない。旋律の歌わせ方はいかにもカラヤンだが、こじんまりとした印象を与える。シュトラウスがスコアに書いた音を素材としてすべて扱えておらず、オーケストラ全体でサウンドに一体感があまりない。カラヤンがまだシュトラウス像を模索しているような演奏である。「さすらい人の夜の歌」で使用されている鐘が、寺院の鐘のようで非常に気に入らない。


カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、シュヴァルベ(vn) 【評価A】
カラヤン2回目の録音。流麗なスピード感と溢れんばかりのボリューム感がすばらしく、壮年期のカラヤンらしい演奏である。一音に込められた意義をよく理解して丁寧に演奏しており一体感がある。テンポ設定も変化に富んでいる。内声もくっきりと浮かんでくる。特に弦楽器のアンサンブルが見事。「序奏」は弾けとぶようなエネルギーがある。「舞踏の歌」は、ソロヴァイオリンがやや危なっかしい。
録音はイエスキリスト教会の残響を豊富に取り込んでおり、強奏で豊かな音響が得られている。ただし、「さすらい人の夜の歌」の冒頭は、鐘が大きく、オーケストラがやけに小さく聞こえてバランスが不自然なのが惜しい。


ドラティ指揮/デトロイト交響楽団、ステイプルス(vn) 【評価D】
落ち着きを払って演奏を進めているが、演奏に熱がこもっていない。強奏はfffでも鳴らない。もっと前のめりになるような勢いが欲しい。音色の明るさや音圧の低さ、軽さなど作品に対するアプローチがあまりにも異なっていてシュトラウスの音楽とは思えない。シリアスさに欠け、のんびりしすぎている。ところどころ音程の悪さも気になる。オルガンが目立ちすぎて違和感がある。


カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ブランディス(vn) 【評価A】
カラヤン3回目の録音。遠近感や立体的な広がりが感じられ、カラヤン美学が徹底されている。人工的だがオーケストラがよくコントロールされており、整理されたサウンドを聴かせる。しかし、いくぶん機械的に感じる。表現は淡泊で落ち着いており、音楽に対する深い思考を感じる。カラヤンにしては意外におとなしい鳴らし方で、特に金管楽器は少し物足りなさを感じる。音楽を決して乱雑に扱うことがなく、むしろ繊細な一面を感じさせる。技術的な至難も感じさせない。


カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 【評価C】
1987年4月30日のライヴ録音との表記があるが、次掲のソニークラシカルのDVD(1987年5月1日ライヴ)と同一音源と考えられる。演奏時間が酷似し、「後の世の人々について」の17秒頃、「科学について」の27秒頃に聴こえる聴衆の咳が一致する。ちなみに、4月30日にこの作品を演奏した演奏会記録はある。正規音源のDVDが発売されているため、このCDの存在意義は低い。
DVDとはマイク位置が異なるようで、木管楽器の音量が大きめである。残響はあまり収録してない。セッション録音よりも生々しく、各楽器の音色がよく聴きとれる。細部の完成度は劣るが、強奏での重量感はすごい。
「序奏」の4小節と5小節の間で、コントラファゴットがスコアどおりタイを切ってブレスしているのがかなり目立つ。7小節からの強奏での全音符と続くティンパニソロは、速めに演奏している。「後の世の人々について」は弦楽器の豊かな響きが美しい。「埋葬の歌」は、木管楽器の下降音型の音量が大きすぎて、弦楽器の美しさが半減している。「病が回復に向かう者」368小節以降はやや遅めのテンポで、チェロとコントラバスの音型をはっきり聴かせる。「さすらい人の夜の歌」886〜888小節は、第3・第4トランペットの上昇音型を強調している。演奏終了後には拍手が収録されている。


カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、シュピーラー(vn) 【評価A】
カラヤン4回目の録音で、同曲唯一の映像作品。1987年5月1日のベルリン市750周年記念演奏会のライヴ映像。本拠地ベルリン・フィルハーモニーで収録している。明らかに別撮りしたと分かる映像はない。
チューニングが終わらないうちにカラヤンがゆっくり登場。手すりを持ちながら、コンサートマスターに左手を持ってもらいながら登場する姿は弱々しい。しかし、指揮台に上ると、老いをまったく感じさせない。
譜面台なしで指揮している。目を開けて指揮していることが多く、奏者とアイコンタクトをとってうなずきながら指揮している。また口を大きく開けたり、口ずさんだりすることもある。積極的にオーケストラをリードしないで流している部分もあり、集中力の減退が感じられる。指揮の打点が分かりにくく、縦線がずれる原因になっていると思われる。しかし、カラヤンの指揮に機敏に反応するオーケストラは見事で、一体感がすばらしい。奏者の真摯な演奏姿勢が見て取れる。
全体の約半分がカラヤンを撮らえた映像である。第1ヴァイオリン後方のカメラで撮影している。ソロ楽器をクローズアップした映像が随時挿入される。カメラアングルは豊富だが、落ち着いたカメラワークである。オーケストラ全景を撮影した映像はない。コンサートマスターの左隣の席で、安永徹氏が演奏している。演奏終了後は拍手(音声)が収録されているが、退場の映像はない。
ライヴならでは躍動感や演奏の流れなど、セッション録音では聴けない魅力がある。上掲のCD(ファハマンフューアクラスィシャームジーク)よりも、音量バランスや音質がよく、演奏の特徴も鮮明に分かる。「病が回復に向かう者」312小節から第3・第4トランペットのトリルがよく聴こえる。329小節からの強奏は、ティンパニと金管楽器の威力がすごい。3分11秒付近で、第1オーボエ奏者が、左隣の第2奏者に何か話しかけている。その他、上掲CDのコメントも参照のこと。


ショルティ指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 【評価B】
ライヴ録音。局地的に細部がかなりクローズアップされている。特にE♭クラリネットを強調しているのが実に効果的。この作品の本質を突く表現であると言える。その分、音楽全体の流れはいまひとつで、響きがやや硬い。
情報量が多い演奏だが、優先順位がつけられていない部分があり、並列的に響いてしまっている。ダイナミクスの幅にもやや乏しい。音程もあまり合っていない。「序奏」は豪快に鳴るが、それ以降は強奏は意外に控えめである。「舞踏の歌」は、ワルツにふさわしい夢見心地な雰囲気が欲しい。いくぶん機械的で現実的すぎるのが惜しい。


エッティンガー指揮/東京フィルハーモニー交響楽団 【評価C】
エッティンガーが東京フィル常任指揮者に就任する前年の「第768回定期演奏会」(2009.4.17 サントリーホール)のライヴ録音。
勢いに任せないで節度を持って鳴らす。強奏もガンガン鳴らさず、うるさくならない。オーケストラが大編成であることを感じさせない。高音から低音までバランスよく鳴らす。ホルンがおとなしいが、ゲシュトップはよく聴こえる。マイクと距離があるようで、細部の解像度はいまひとつ。響きも薄く、解説文に書かれている「濃密な響き」は感じ取れない。
「後の世の人々について」は、表情を込めて丁寧に歌われる。「歓喜と情熱について」は、随所でリタルダンドをかけるなどテンポを変化させながら歌う。「埋葬の歌」は線がやや細い。「病が回復に向かう者」は393小節以降でエッティンガーがうなり声を上げながらオーケストラをリードするが、音量的にはあまり盛り上がらない。「舞踏の歌」は速めのテンポ。響きが硬直して色気に乏しい。864小節と868小節のティンパニのアクセントが効果的。テンポを維持したまま「さすらい人の夜の歌」に突っ込む。鐘の音量はかなり大きい。



2004.2.2 記
2007.8.29 更新
2010.6.1 更新
2013.2.2 更新


R.シュトラウス/アルプス交響曲 ストラヴィンスキー/バレエ音楽「春の祭典」