ブルックナー/交響曲第9番


◆作品紹介
ブルックナー最後の交響曲。4楽章からなる予定だったが、第3楽章まで完成したところでブルックナーは世を去り、第4楽章は未完となった(残されたスケッチをもとに、第4楽章を補筆完成させる試みがある)。ブルックナーは生前、第4楽章が未完に終わった場合は、自作の「テ・デウム」(1881〜84年作曲)を演奏してほしいと語った(1894年11月12日のウィーン大学での講義)が、実際に演奏されることは少ない。
初演は、ブルックナー死後7年経った1903年2月11日にレーヴェの指揮で行なわれたが、レーヴェはブルックナーのスコアに手を入れて演奏した。これを「改訂版」と呼ぶ。ブルックナーの本来のスコアによる初演は、1932年4月2日にハウゼッガーの指揮によって行なわれた。これを「原典版」と呼ぶ。その後、1951年には「ノーヴァク版」が出版された。


◆CD紹介
演奏団体 録音年 レーベル・CD番号 評価
ベイヌム指揮/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 1956 フィリップス UCCP-3333
カイルベルト指揮/ハンブルク国立フィルハーモニー管弦楽団 1956 テルデック WPCS12154
クナッパーツブッシュ指揮/バイエルン国立管弦楽団 1958 オルフェオドール(輸) C 578 021 B
シューリヒト指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1961 EMIクラシックス TOCE3069
グッドール指揮/BBC交響楽団 1974 BBCレジェンズ(輸) BBCL4174-2
ムラヴィンスキー指揮/レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団 1980 ヴェネツィア(輸) CDVE03214
マタチッチ指揮/ウィーン交響楽団 1983 アマデオ/タワーレコード PROA14
ジュリーニ指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1988 グラモフォン UCCG8008
チェリビダッケ指揮/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団 1991 ヴィブラート(輸) VLL21
朝比奈隆指揮/大阪フィルハーモニー交響楽団 1995 キャニオンクラシックス PCCL00477
ティントナー指揮/ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団 1997 ナクソス 8.554268J
野口剛夫指揮/ジャパン・エレクトロニック・オーケストラ 1999 ゼーレンクランク SK2001


ベイヌム指揮/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 【評価C】
モノラル録音。アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の第3代首席指揮者を務めたベイヌムの代表盤とされる録音。ドイツのオーケストラを思わせる引き締まった音色を聴かせる。過不足ない充実した響きだが、細かい音符で縦線が乱れるのが惜しい(特に第1楽章)。ティンパニがやや大きめである。第1楽章はやや速いテンポだが、もう少しゆっくり演奏して欲しい。


カイルベルト指揮/ハンブルク国立フィルハーモニー管弦楽団 【評価C】
カイルベルトが常任指揮者を務めたハンブルク国立フィルとのステレオ録音。
オーケストラの鳴らし方に独自性が感じられる。スピード感があり重苦しくならず、すっきり聴かせるところに好感が持てる。スラーがついていないフレーズは明確に区切って聴かせる。内声を大きめに聴かせるのも特徴。弦楽器が強力で、強奏でも埋もれずに聴こえる。弱奏での清らかで繊細な音色も魅力。
第1楽章冒頭のホルンはやや硬い。もっと朗々と豊かに響いてほしい。400小節からの弦楽器は三連符と四分音符の拍感のズレが楽しめる。493小節からはトランペットが盛り上げる。549小節からラストまで実にすっきりした音響だが、少し物足りなく感じる。第2楽章は45小節からトロンボーンの内声を聴かせるので不協和音が強調される。65小節からの第2ヴァイオリンとヴィオラの八分音符も大きめ。トリオは遅いテンポで落ち着いて演奏する。第3楽章は69小節からの弦楽器のピツィカートを強調。199小節からはティンパニをほとんど鳴らさないかわりに低音が力強い。206小節3拍目は四分音符の一撃だけでぶった切る(4拍目のフェルマータを意識しない)。


クナッパーツブッシュ指揮/バイエルン国立管弦楽団 【評価B】
レーヴェ改訂版による珍しい演奏。原典版と比べて指摘しきれないほど、スコアを改変していることが分かる。ティンパニのカット・追加、楽器変更が頻繁に行なわれていてとても驚く。ブルックナーのスコアにわざわざこれだけの手を加えることに、レーヴェの音楽的センスを疑ってしまう。ノーヴァク版のスコア(音楽之友社刊)の序文には、「(レーヴェの編曲は)善意の意図によってなされた」と書かれているが、そうは思わない。ただ、原典版が退屈な人には、刺激的でいいかもしれない。
主な改変は以下の通りである。ティンパニの追加・変更は多すぎるので割愛した。詳細は専門書で確認いただきたい。
第1楽章:39〜50小節のオーボエと57〜58小節のトランペットを、弦楽器のピツィカートに変更。63〜70小節のティンパニはリズムを改変。74小節4拍目と75小節は、短く切って演奏。265〜268小節のファゴットをチェロに変更。全楽器が全休符の302小節にオーボエによる旋律を追加。507〜508小節の木管を弦楽器に変更。565〜567小節のトロンボーンとコントラバスチューバをヴァイオリンに変更。
第2楽章:3小節からのオーボエとクラリネットの延ばしをカット。38〜40小節のフルートをヴァイオリンに変更。243〜246小節をカット(da Capo後の2回目は演奏)。
第3楽章:17小節からのティンパニは、1小節単位でクレシェンド・デクレシェンドさせている。206小節3拍目は、短く切って演奏。
演奏は、レーヴェ改訂版の特徴をそのまま伝えている。やや速めのテンポで演奏している。第2楽章スケルツォの荒れ狂うような迫力もいい。
モノラルライヴ録音だが、ノイズはなく聴きやすい。


シューリヒト指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 【評価C】
原典版による演奏。名盤として誉れ高い演奏だが、私の感性には合わない。ファーストチョイスには勧めない。
楽器の鳴らし方が個性的である。ホルンが張りのある響きで勇壮に響くが、楽器バランスが気に入らない。スコア指定がない部分でもテンポに緩急をつけて聴かせる。縦線が乱れる箇所があるが、意図的なのかどうか不明である。ウィーンフィルにしては音色の美しさに欠ける。洗練されておらず田舎っぽい。
第1楽章冒頭は弦楽器のトレモロがよく聴こえる。73小節からはリタルダンドを無視してそのままのテンポで突っ込む。329小節の「accel. sempre」もなだれ込むように演奏していて、音符がスコアよりも多く聴こえる。539小節からはホルンが強力に鳴る。第2楽章49小節のヴァイオリンの8分音符の上昇音がはっきり聴こえる。179小節でティンパニが1小節早く叩き間違えている。第3楽章93小節からは速いテンポで演奏する。


グッドール指揮/BBC交響楽団 【評価C】
ライヴ録音。聴き手に威圧感や緊張感を強いない演奏。切羽詰まったところがなく余裕が感じられる。残響が多めでオルガンらしい音響が魅力。各楽器が突出することなくうまく融合されている。アクセント等のアーティキュレーションも鋭角的でない。やや遅めのテンポ設定だが、耐え切れず奏者が先走ってしまう部分があるのが惜しい。
第1楽章冒頭のホルンはもっと大らかさが欲しい。183小節でヒューという変な高音が入る。 195小節からオーボエが1拍早く入ってしまい全体のテンポ感を失う。377小節でジーという雑音が入る。第2楽章もセカセカしないで余裕がある。トランペットが鮮やかに鳴る。第3楽章冒頭は脱力感がある始まり方。ffでもうるさくならずに、天国的な安らぎを感じる。


ムラヴィンスキー指揮/レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団 【評価C】
表記はないが、ライヴ録音。演奏後に拍手が収録されている。他のオーケストラでは聴けない独特の乾燥した音色で、ブルックナーらしくないところが魅力でもあり欠点でもある。トランペットとトロンボーンがよく鳴るが、音色が汚い。強奏は直線的で平面的な音響となる。木管楽器の音色も冷たい。対向配置で演奏されている。
第1楽章は39小節からアッチェレランド。第2主題は弦楽器が表情豊かに演奏する。400小節からのzart gestrichen(繊細に弾く)での弦楽器の精緻なアンサンブルが聴きもの。494小節からのトロンボーンとテューバはマルカートで短く演奏される。
第2楽章は金管楽器の鳴らし方がショスタコーヴィチを思わせる。107小節から金管が急激にクレシェンド。トリオは速いテンポで演奏される。
第3楽章はゆっくりしたテンポで始まる。弦楽器と木管楽器が美しく、チェロとコントラバスの重厚な響きが魅力である。曲想に比して、金管楽器がややうるさい。138小節からと216小節から、スコアのクレシェンド指定に反して、デクレシェンドする。


マタチッチ指揮/ウィーン交響楽団 【評価D】
原典版による演奏。ライヴ録音のためか、音像が遠く、マイクと奏者に距離感がある。弦楽器の響きが貧弱で、バランスも悪い。
外面的な効果に頼らない演奏だが、ソフトすぎてなよなよしている。長い音符が維持されずに早く減衰してしまい、休符ができてしまっている。また、スコアにないディミヌエンドも見られる。アンサンブルは機能的でなく、アクセントに対する反応も鈍い。金管楽器の音色が汚いのが気になる。フルートの透明感ある響きは聴きもの。クラリネットの高音が時折顔を出しておもしろい。


ジュリーニ指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 【評価C】
原典版による演奏。教会で聴くような厳かさがあり、襟を正して聴かなければならないような雰囲気がある。遅いテンポで、音符を大切にかみしめるようにゆったり演奏している。しかし、あまりにも遅すぎて、間延びしてしまう部分がある。聴いているほうが息切れしそうである。ジュリーニは大らかな態度で指揮しているが、音量設定などしっかり計算され、意外に個性が強い。オーケストラをコントロールし、聴かせたい楽器をはっきりさせている。金管楽器とティンパニは、強奏では浮かび上がるが、それ以外はおとなしい。木管楽器のソロが器用に顔を覗かせる。第2楽章42小節から、金管楽器がアクセントとスタッカートを吹き分けているのがおもしろい。


チェリビダッケ指揮/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団 【評価B】
1991年3月15日のミュンヘンでのライヴ録音。残響が多めで音像がぼんやりしている。聴衆ノイズがやや大きく、聴衆の咳払いが近くで聴こえることから、客席内で録音されたと思われる。音飛びもする部分もある。 第1楽章と第2楽章の最後は、余韻が消える前にブチっと切れている。
テンポは遅いが、たっぷり鳴らしているので間延びしない。音圧が強く、確信に満ちた演奏である。いきいきと表情豊かに演奏される。スケールの大きさや密度の濃さも並外れている。ミュンヘンフィルのアンサンブル能力の高さに驚く。音色もよく磨かれていて、コントラバスがしっかり鳴るので、和音が美しく響く。
第1楽章40小節からのフルートとクラリネットによる旋律は、透明感ある音色で美しい。第2楽章243小節からの第1トランペットが輝かしい。第3楽章121小節でチェリビダッケのうなり声が聴こえる。199小節からの強奏は、この世の終わりを感じさせるほど破滅的ですさまじい。


朝比奈隆指揮/大阪フィルハーモニー交響楽団 【評価C】
原典版による演奏。1995年4月23日のザ・シンフォニーホールでのライヴ録音で、朝比奈隆5回目の録音。遅めのテンポで丁寧に演奏している。主旋律を力強く鳴らすことに演奏の主眼が置かれている。金管楽器は息切れすることなく演奏しているが、力んで音を外すことがある。全体的に縦線や音程が甘く、強奏で金管楽器に対して弦楽器の響きが薄いのが残念。アクセントやテヌートなどのアーティキュレーションの違いはあまり意識されないので、もっとはっきり表現して欲しい。第3楽章155小節のbreit(幅広くゆったりと)から、テンポを落として神聖な響きを聴かせていて美しい。


ティントナー指揮/ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団 【評価D】
ノーヴァク版による演奏。縦線や音程の乱れなど、オーケストラの技術的な弱さを感じる。透明感のある澄んだ音色で演奏され、清潔感がある。その反面、この作品が持つ神々しさは感じない。対向配置を採っているが、弦楽器の響きが厚みに乏しく、強奏ではもっと音量が欲しい。トランペットは突出してよく鳴る。ホルンやティンパニは弱い。
第1楽章541小節から第2クラリネットの高音が聴こえるのが珍しい。第2楽章は速いテンポだが、慌しく乱暴に聴こえる。


野口剛夫指揮/ジャパン・エレクトロニック・オーケストラ 【評価C】
エレクトーン4台と電子パーカッションによる演奏。少ない人数でほぼスコア通りに再現できていて、「エレクトーン=習いごと」という固定観念を打ち破ってくれる。演奏ミスや縦線の乱れが少なく、奏者の演奏技術も高い。ただし、鍵盤楽器だけに、ピツィカートやトレモロなどアーティキュレーションの表現力に限界がある。また、どの楽器も高音は、電子的なキンキンした音色になっていただけない。音色のバリエーションに乏しいのも残念。「オルガン的」と形容するには、もう少し響きの密度や音の厚みが欲しい。第2楽章は原曲と明らかに異なる電子的な音色で驚く。第3楽章の練習番号Yから、ヴァイオリンのパートを鐘の音色に置き換えている。ライヴ録音。



2006.10.31 記
2006.12.31 更新
2007.4.30 更新
2007.7.1 更新
2007.9.8 更新
2007.11.29 更新
2008.2.10 更新
2008.6.16 更新
2008.11.1 更新
2009.4.9 更新
2010.10.18 更新


ブルックナー/交響曲第7番 ドビュッシー/交響詩「海」