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2019年1月14日(祝・月)13:30開演
京都府立府民ホールアルティ 西脇義訓・森悠子指揮/JAOマスターズオーケストラ
武満徹/弦楽のためのレクイエム 座席:全席自由 |
第19回日本マスターズオーケストラキャンプの初春コンサートに行きました。主催は公益社団法人日本アマチュアオーケストラ連盟(JAO)。JAOには日本全国のアマチュアオーケストラ136団体が加盟しています。
このキャンプは、募集要項によると、1月12日(土)から14日(祝・月)の3日間、京都府立府民ホールアルティで開催されました。定員は概ね80名で、参加費はJAO会員が25,000円、一般公募は35,000円。この「初春コンサート」はキャンプの最後に3日間の成果を発表する場として行われました。講師は、森悠子(ヴァイオリン)と西脇義訓(よしのり)(音楽監督)。森悠子は長岡京室内アンサンブルの音楽監督を務めています。西脇義訓はデア・リング東京オーケストラを創設し、指揮者を務めています。この二人は、2004年、2006年、2013年にもこのキャンプの講師を務めており、今回で4回目です。
入場は無料ですが、入場整理券が必要でした。前日にTwitterでたまたま発見したので、申し込み締切は過ぎていましたが、残席があるということで、当日受付で先着順で整理券が配布されました。
京都府立府民ホールアルティに行くのは本当にひさびさで、学生時代以来約20年ぶりでしょうか。開場待ちの行列に100名程度が並んでいました。クロークはありません。1階ロビーにメンバーの自己紹介シートが貼られていました。毎年のように参加している人もいました。
ホールの座席数は560席ですが、今回のレイアウトではステージが広く取られていて、1階席前方の座席が撤去されていたので、約350席でしょうか。以前来た時にはホールが広く感じましたが、そうでもありません。出演者の多さに比べると、ホールの容量は狭いです。客の入りは9割程度。ビデオカメラが多数配置されていましたが、関係者向けにDVDが3,000円で販売されるとのこと。
メンバーが入場して、キャンプ運営委員長の奥田氏があいさつ。「高円宮殿下メモリアル」と冠されている理由を説明しました(第2回に高円宮殿下が参加されましたが、2002年に逝去)。ステージ上手袖にはチェロを弾いている高円宮殿下の写真が置かれていました。また、奥田は「生涯学習としても位置づけており、京都を会場に移してから今回で8回目となる。一般からの公募もしており、7月に要項を発表している。コンマスクラスの奏者が参加している」と紹介しました。
プログラムによると、今回のキャンプの参加者は、第1ヴァイオリン18名、第2ヴァイオリン18名、ヴィオラ24名、チェロ16名、コントラバス10名の86名。楽器配置は左からヴァイオリン、チェロ、ヴィオラで、コントラバスは右後方と左後方に5名ずつ配置。メンバーの服装は統一されていません。
まず、西脇義訓が指揮台に上がって、指揮棒なしで1曲演奏。曲目は、J.S.バッハ作曲/「マタイ受難曲」よりコラール「神のみこころのままに常に行われますように」。西脇は指揮台から客席を振り向いて、音響を確認しているようでした。
演奏後に西脇がマイクで解説。「武満徹はマタイ受難曲をピアノで弾いてから作曲していた。この曲を演奏するといい音になる」と説明しました。
プログラム1曲目は、武満徹作曲/弦楽のためのレクイエム。まず、大原哲夫が「武満徹の「レクイエム」についてのお話し」。大原は『武満徹全集』(全5巻、小学館、2003年出版)で編集長を務めました。西脇は「武満の家族よりも武満徹を知っている」と大原を紹介しました。大原は「武満が亡くなって22年になった。当初は「武満徹」が読めない人が多く、「ぶまんてつ」とか読まれていた。音楽教育を受けないで世界的な作曲家になった。家にピアノがなかったので、段ボール紙に鍵盤を書いて弾いていた。ピアノのある家があると弾かせてもらって、晩ごはんをごちそうになって帰ってきた」と幼少期のエピソードを紹介。また、「弦楽のレクイエムは結核になった頃に作曲され、自分の死を意識している。早坂文雄の死への思いも重なっている。1957年に日比谷公会堂で初演されたが、1959年にストラヴィンスキーが評価した。ストラヴィンスキーが何を聴いたのか調べたところ、1958年にNHKラジオ第2放送で森正指揮のN響の演奏が流され、アメリカの評論家ターフィーが多分これを聴いていたと思われる。N響の録音室でストラヴィンスキーはこの曲を聴き、「厳しい音楽」と語ったことで有名になった。ハチャトゥリアンは「この世の音楽ではない」と語った。吉田秀和は「日本画の墨絵、書のようである」と語った」と説明しました。
大原の詳しい解説が終わり、西脇の指揮で演奏しました。森悠子は指揮台の後ろでヴァイオリンを演奏しました。ゆったりしたテンポでしたが、編成が大きすぎて散漫な演奏でした。アクセントが明確に聴こえませんでした。音程やアインザッツなど気になることが多く、相当の難曲ですね。西脇の意図はのちほど説明されました(後述します)。
演奏が終わると、西脇義訓と森悠子が二人でトーク。西脇が「キャンプ3日目の最後となる演奏会で、今回のテーマは「<交響する瞬間>を求めてパート5「原点回帰」」。講習会ではなくワークショップ形式で進めている」と説明しました。森は「弦の奏法の原点はボウイングの基礎。西脇とは長いおつきあいになる」と話すと、西脇は「退職する前に会った。私が求めている音楽を実践していると感じた」と話しました。
森は「日本人の演奏は特徴がないと言われた」と話し、実際にヴァイオリンを弾いて聴かせました。「プラハでは肘をたぐって弾く。フランスでは手首が大事と教わった。右手が自然とおしゃべりする。 国によってボウイングは違うが、曲によってどんな音が欲しいか。好きな音を見つけることが重要。武満の音楽はフランスのシャンソンに由来する」と話しました。
プログラム2曲目は、チャイコフスキー作曲/弦楽セレナード。オーケストラメンバーの配置替えが行なわれ、西脇が「コントラバス以外ごちゃ混ぜに配置した」と説明したように、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロがシャッフルされました。その理由について、西脇は「2003年に初めてやっていい響きが出た。長岡京室内アンサンブルでもされている」と説明しました。西脇が指揮者を務めるデア・リング東京オーケストラでも、奏者が指揮者ではなく客席を向いて座るユニークな配置が行なわれています。
また、西脇は「弓の原点、響きの原点、どうすれば響きが変わるかということに重点を置いたため、言い訳になるかもしれないが、曲の練習はあまりやっていない。先ほど演奏した武満は、岩城宏之が「プロのオーケストラでも5日間は練習が必要」と語った。先ほどの指揮で拍子しか振らなかったのは、奏者にスコアの指示を自発的に表現して欲しかったから。合っていないところもあったが、武満が求めた響きは出ていたかもしれない。一人の奏者に一本の譜面台を置いたのも音楽を聴きあえるため」とねらいを説明しました。
また、森は「座って弾く音と立って弾く音は違う」と説明。第1楽章の冒頭を「限界のff」で演奏。続いてppppで演奏。森は「最初に自分たちのダイナミクスを把握しておくと、ある程度自覚してやれる」と説明。さらに、森が「立って揺れてください」と促し、チェロ以外の奏者は立って演奏することに。西脇は「ごちゃ混ぜに配置したのは今日の午前中で、立って演奏するのはこれが初めて」と話しました。
森が指揮台でヴァイオリンを弾きながら合奏。たまに右手で指揮したり、タイミングをはかるときは左足を上げて下ろしたりしました。先ほどの武満徹とは打って変わって一体感のある響きでした。楽器の配置をバラバラにしているからでしょうか。音量は大きめで、アインザッツの乱れなど細かなことは気にしません。よく響いて、躍動感のある演奏でした。
第2楽章は、森が「冒頭のアウフタクトの四分音符は遅くしないでスラッといく」と話し、何回か演奏を止めました。また、第2楽章演奏後に、森が「みんな下を向いている。譜面台が低いからかもしれないが、楽器の位置を上に」と指示。また、「すいません。練習です」と話して、E(133小節)から繰り返し。第3楽章は、三連符が連続する60小節付近や第1ヴァイオリンがソリになる101小節付近でテンポがずれました。
演奏後に、森は「(指揮台から向かって)右と左でテンポがずれてしまってなかなか一致しなかった。呼吸をもっとしましょう」とテンポがずれてしまった原因を分析。「融合しないところはあったが、全体的にはすごかった」とコメントしました。演奏者に感想を聞いたところ、「聴きながら演奏するのが難しかった」「聴くことが大事だと分かった」と話しました。森は「聴くことが大事だが、端の奏者とは距離があるので、想像性をコントロールすることが大事。本当は指揮者なしでやってみたかった」と話しました。西脇は「配置がバラバラだと隣に合わせられない」と話しました。
森の提案で追加練習。本番の演奏が終わってから練習が始まったので、西脇は「前代未聞」と笑って話しました。先ほどの練習でずれてしまった第3楽章D(137小節)から指揮者なしで演奏しました。演奏後に、森は「指揮者を見て弾く習慣ができている」と話しましたが、立って演奏したのが初めてだったので、致し方ないでしょうか。
最後に、森が2月3日に長岡京室内アンサンブル名古屋公演で展示するという鈴木政吉のヴァイオリンを紹介。1900年頃にできて、森の祖母の家から発見されたので、「おばあちゃんのヴァイオリン」と呼びました。このヴァイオリンで、森がバッハを一曲演奏。「深い音がする」と話し、「聴きに来てください」と公演を宣伝しました。15:15に終演。
成果を披露する「初春コンサート」としては、演奏の完成度が低かったですが、西脇と森が意図したキャンプでの取り組みは理解できました。アインザッツを合わせることが目的ではなく、音楽の精神やアンサンブルの心構えやポイントを学び、刺激的な体験もされたようです。指揮者なしでも、もっと奏者から積極的に表情を作ることの重要性も学ばれたことでしょう。森はもっとアンサンブルを高めたかったように見えましたが、このキャンプの目的はおおむね達成されたと言えるでしょうか。
このようなイベントは、全国のアマチュアオーケストラ団員のモチベーション向上につながるでしょう。なお、来年は第20回を迎え、2020年1月11日(土)から13日(祝・月)に、同じ京都府立府民ホールアルティで開催されることが決定しています。
(2019.2.24記)