黛敏郎の電子音楽全曲上演会


   
      
2011年8月28日(日)14:30開演
京都芸術センターフリースペース

企画・プレトーク:川崎弘二
音響:能美亮士
作曲:清水慶彦
チェロ:大西泰徳

ミュージック・コンクレートのための作品「X・Y・Z」
放送劇「ボクシング」
素数の比系列による正弦波の音楽
素数の比系列による変調波の音楽
鋸歯状波と矩形波によるインヴェンション
七のヴァリエーション(第2部:第七ヴァリエーション)
電子的音響による音楽的造形「葵上」
ミュージック・コンクレートのための「カンパノロジー」
カンパノロジー・オリンピカ
テープのための「三つの讃」
マルチ・ピアノのための「カンパノロジー」
電子音響と声による「まんだら」
日本万国博覧会のための音楽
「黛敏郎 リズムくん メロディーちゃん こども音楽教室」より
世界救世教光明神殿御本座祭典礼音楽
バレエ「THE KABUKI」より「Prologue」
清水慶彦/白傘蓋陀羅尼によるインヴェンション(初演)

座席:自由


黛敏郎の電子音楽を全曲上演する大変珍しい企画が行われました。主催は、JCMR Kyoto。京都市立芸術大学大学院の学生を中心に結成されたグループとのこと。開催趣旨としては、「黛の電子音楽は少なくとも20年は先取りしていた」と評価して、「黛の創作の軌跡を体系的に捉えることを第一の目的としている」とビラに書かれていました。新聞記事などを通して広報されたようです。

参加予約はメールで受付。受付番号は84番でした。当日受付で1800円を払うと、川崎弘二編著『黛敏郎の電子音楽』(2011年、enginebooks、1575円)が無料で配布されました。入場料金が1800円なのに、定価1575円の本を無償で配って採算は取れるのか心配になります。

13:45に開場。フリースペースは土足厳禁なので、靴を脱いで入場します。前方にスピーカーが5つ(左2、中央2、右2)並んでいました。中央には再生に必要な機材が置かれていました。後方の椅子に座って鑑賞します。
客の入りは、前売券が売り切れるという大盛況で、100人以上が来ていました。年齢層は幅広く、まさに老若男女が集まりました。普段のクラシック音楽の演奏会では見かけないような変わった服装や髪型の方もいました。

14:15からプレトーク。企画者の川崎弘二がマイクで挨拶。川崎は意外に若く、1970年生まれ。最終学歴は大阪歯科大学大学院博士後期課程修了。音楽は独学で学ばれたのでしょうか。著書に『日本の電子音楽』(2006年、愛育社)があります。膨大な資料からなる大著で、この分野の第一人者と言えるでしょう。マイクの音量が小さく、話が聞き取りにくくて残念でしたが、「黛敏郎を日本の電子音楽におけるパイオニアとして捉えていること」「ミュージック・コンクレートはフランスが発祥であること」を語った後、黛敏郎の電子音楽作品を概観したようです。詳しくは、配布された『黛敏郎の電子音楽』に載っているようです。第1部の作品はすべてラジオ放送を想定して作曲されているとのこと。

14:30に開演。進行は2部構成で、黛の電子音楽作品16曲を作曲年代順に鑑賞します。なお、「全曲」とありますが、「作曲されたすべての曲」という意味ではなく、「現在上演できるすべての曲」という意味のようです。『黛敏郎の電子音楽』巻末の作品リストに載っている作品でも、本日上演されていない作品があります。それでも黛敏郎がこんなに多くの電子音楽を作曲したとは知りませんでした。
中央に置かれた機材を音響担当の能美亮士が再生して、演奏が始まります。使用している音源は各所から取り寄せたようで、能美が今日の観賞用にリマスタリングを施しています。貴重な音源を集めていただいて感謝です。リマスタリングの詳しい状況は、プログラムに寄せられた「リマスタリング・ノート」に記載されています。なお、上演中は空調を切っていたため、少し暑かったです。空調が発するノイズが気になるからでしょう。

第1曲は、ミュージック・コンクレートのための作品「X・Y・Z」(1953年、5分20秒、4分39秒、3分53秒)。「X」「Y」「Z」の3曲からなります。「X」は、飛行機の音、能楽、クラクションなど、いろんな音の素材を聴かせます。「Y」は、水中で空気がプクプクする音や、人の声(笑い声や喘ぎ声)。「Z」は、女声が入ってきて盛り上がります。

第2曲は、放送劇「ボクシング」(1954年、35分46秒)。三島由紀夫が台本構成を担当した日本文化放送のラジオドラマです。芸術祭奨励賞受賞作品。冒頭のアナウンサーによる紹介もそのまま再生されました。ストーリーはチャンピオンのタケムラと挑戦者のホセ・ゴンザレスがボクシングの試合で対決しますが、「例の女」と呼ばれるトシコが場内に現われるとタケムラの勢いがなくなり、ノックアウトで負けます。アナウンサーが試合の様子を実況します。中年男に「ラジオで聞いてるなんて間の抜けた話さ」というセリフが風刺が効いています。
黛敏郎の音楽は、いくつかの基本モティーフが繰り返し出てきます。音楽によって登場人物を識別しているようです。中年男のモティーフは電子音楽で鍵盤楽器による跳躍のあるメロディー、試合中にはジャズ風の音楽、「死神」とも呼ばれるトシコには女声合唱団のアカペラ。音楽のみが流れる部分も多くあります。演奏はラモー室内楽団、合唱は二期会合唱団。

休憩後の第3曲は、素数の比系列による正弦波の音楽(1955年、4分14秒)。これまでの作品に比べると一気に進化して、現代に近づきました。65年以上前の作品とは思えません。音楽そのものは単音の羅列です。

第4曲は、素数の比系列による変調波の音楽(1955年、5分50秒)。前曲と発想は似ていますが、音程がフワフワと揺れます。単音ではなく、打楽器も含めて音が混ざります。クレシェンドやデクレシェンドもあります。

第5曲は、鋸歯状波と矩形波によるインヴェンション(1955年、4分15秒)。リズムが複雑化して、細かなリズム音型が続きます。

第6曲は、七のヴァリエーション(第2部:第七ヴァリエーション)(1956年、7分34秒)。引き裂くような効果音から始まり、音色の変化はありますが、メロディーらしきものはありません。どれが主題で、どれが変奏なのか分かりませんでしたが、『黛敏郎の電子音楽』を読むと、第六変奏までは諸井誠が作曲しており、黛敏郎が作曲したのは最後の第七変奏のみのようです。

第7曲は、電子的音響による音楽的造形「葵上」(1957年、27分26秒)。能楽を電子音楽で、源氏物語をベースにしています。口上から始まりますが、「六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の怨霊」以外の言葉は聞き取れませんでした。鼓と拍子木は金属的で硬い音色。笛も入ります。女が歌い、男が「よー」という合いの手を入れます。遅いテンポで、ゆっくりと歌います。続いて男が歌います。男声の合唱がお経のように歌います。盛り上がりにかけたまま終わります。やはり能楽は視覚的な動きがないと退屈してしまいます。

第8曲は、ミュージック・コンクレートのための「カンパノロジー」(1959年、10分34秒)。「カンパノロジー」という言葉は、1958年作曲の「涅槃交響曲」にも出てきますが、梵鐘の音色を電子音楽で模倣しています。ドラから始まり、どんどん楽器が増えますが、もっぱら金属音のみです。上昇と降下を繰り返す音程や音色の違いを楽しみます。16:35に第1部が終了。

休憩を挟んで、17:15から第2部のプレトーク。川崎弘二が各曲を紹介しました。
17:30から再開。第9曲は、カンパノロジー・オリンピカ(1964年、3分23秒)。東京オリンピック開会式のために作曲されました。前曲の「ミュージック・コンクレートのための「カンパノロジー」」の延長のような曲です。オリンピックらしい祝祭感はありません。テンポが速く、高音を使います。

第10曲は、テープのための「三つの讃」(1965年、20分55秒、5分55秒、17分14秒)。高野山の声明を用いた作品で、3つの部分からなります。第1曲は声明の音像が遠く、咳払いなどのザワザワしたノイズがあります。楽器が登場しないのでこの曲のどこが電子音楽なのかと思いましたが、だいぶ経って盛り上がったところで金属打音が登場。合いの手のような役割でテンポ感を与えます。次第に複数パートに分かれます。数珠をこするような音も聴かれました。第2曲は息の長い人工音で、急に雰囲気が変わりました。廊下を走る音や男たちの掛け声やカランカランという鈴の音が加わりました。第3曲は、お経を読むソロと合唱の応答が繰り返されます。突如としてオートバイの発車音が入り、ハープ、チェンバロ、篳篥、フルート、演歌、木管アンサンブル、和太鼓、三味線、ジャズ、弦楽アンサンブル、オペラ歌手(モーツァルト「魔笛」の「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」など)、金管アンサンブル、笙、打楽器アンサンブル、サイレンなど、いろいろな音の素材が断片的に次々と現われ、めまぐるしく変わります。黛敏郎はこの作品で何を目指したのでしょうか。いずれにせよ、もう一度聴きたいですね。

第11曲は、マルチ・ピアノのための「カンパノロジー」(1967年、8分10秒)。マルチ・ピアノは、ピアノというより加工された金属音で、音色は多様。鳩時計の鐘のような音も出てきます。この作品以降がステレオで制作されているようで、左右で音を振り分けたり、左右で違うパッセージを鳴らしたり、ステレオ効果が存分に発揮されています。

第12曲は、電子音響と声による「まんだら」(1969年、10分32秒)。川崎弘二はプレトークで「黛敏郎の最後の純粋な電子音楽」と紹介しました。鳥の鳴き声や水中で空気がプクプクする音など、しばらく電子音響が続きます。ステレオ効果が大いに発揮され、まさに集大成と呼ぶにふさわしい作品です。その後に、ザワザワとした会話や、咳払い、叫び声、笑い声、深い息遣い、談笑などが入ってきます。これといってメロディーはありません。男性の外人の演説で終わります。

休憩後の第13曲は、日本万国博覧会のための音楽(1970年、7分56秒、4分39秒、2分23秒、2分17秒、5分30秒)。3つの曲からなります。音源はレコードのようでした。第1曲「生命の讃歌(太陽の塔)」は、鉄琴やピアノのキラキラしたリズム音響から始まります。オーケストラが加わり、男声合唱が「アー」と力強く歌われます。讃歌にしては暗い雰囲気で切羽詰った緊張感がありますが、合唱が加わって勇壮になり、オーケストラも低音を聴かせて、すごいスケール感となります。いかにも黛敏郎らしい展開で、私の好きなタイプの作品です。もう一度聴きたいです。
第2曲「誕生(みどり館)」は、3つの部分からなります。1曲目はフルート、クラリネット、トランペット、ハープなど室内楽的に静かに始まります。合唱が入ってテンポアップして盛り上がります、頂点でホルンが高らかに吹奏されます。後半はグレゴリオ聖歌のような男声合唱が入ります。2曲目は完全にジャズ。サックスとトランペットがメロディーを演奏し、オーケストラが勢力を増し、そのまま終わります。3曲目は静かに始まり、オーケストラが入って女声が高らかに歌います。マーチ風の音楽です。
第3曲「21世紀へのメッセージ(富士グループ・パビリオン)」は、合唱、木管アンサンブルをはさんで、「あー」の声が積み重なり、混沌としてきます。弦楽器の伴奏に、木管楽器がメロディーを演奏し、神妙な雰囲気となります。未来の光に向かって歩くような曲想です。

第14曲は、「黛敏郎 リズムくん メロディーちゃん こども音楽教室」より(1971年、3分19秒、3分58秒)。同名のLP10枚組の教育レコードのために作曲された作品です。第1曲「音楽を素材としたミュージック・コンクレート」は、鳩時計や鶏の鳴き声などの生活音から始まり、男性ナレーションが「身の回りにはいろんな音がある」などと語ります。女声の賛美歌、男性の声明、オーケストラ、フラメンコギター、「電子音響と声による「まんだら」で登場した水中で空気がプクプクする音などが登場します。
第2曲「電子音楽によるこどものためのダイス・ファンタジー」は、電子音楽の原点に近い。プレトークで川崎は「さいころの出た目で作曲する「チャンス・オペレーション」という手法を用いている」と説明しました。キュイーンとした音が上昇したり下降したりします。音の種類は少ないですが、左右に散らして奥行きを出します。あまりこども向きではありません。

第15曲は、「世界救世教光明神殿御本座祭典礼音楽」(1971年、6分06秒、2分36秒、5分15秒、7分06秒、5分33秒)。5曲からなります。川崎弘二のプレトークによると、作品としては黛敏郎最後の電子音楽になるとのこと。第1曲「入殿(鎮魂の調べ)」は、横笛のソロがあり、雅楽に近い雰囲気で始まります。続いて、仏教の声明に似た男声の「あー」という合唱が入ります。さらに、神道を思わせるお祓いの鈴のような音も出てきます。鎮魂の調べという曲名にしては、ものものしい雰囲気です。第2曲「献饌」は、男声の「あー」に、ハープシコードの伴奏音型が加わります。第3曲「玉串奉奠」は、鈴を多用。弦楽アンサンブルに横笛が入り、女声ソロで「マー」という声が入り、高音で頂点を築きます。第4曲「御浄霊」は、尺八から始まり、弦楽アンサンブルを経て、ハープシコードが同じモティーフを長く繰り返します。女声が入ってにぎやかになります。第5曲「退殿」は、第1曲「入殿」と同じモティーフが使われ、曲も似ています。

第16曲は、バレエ「THE KABUKI」より「Prologue」(1986年、3分57秒)。プレトークでは「忠臣蔵をテーマにした現代を象徴する音楽。シンセドラムは黛自らが演奏した」と解説しました。リマスタリングされていないのに、すごく音がクリア。年代の違いを感じさせます。すべて電子音です。ドラムが5拍子のリズムを続けます。オーケストラも合唱もすべて電子音。テンポも軽快で、今聴いても非常に新しいですが、あまり黛らしさは感じられません。最後は爆発音で終わります。なお、「ザ・カブキ」は、12月に東京バレエ団が上演します。

第17曲は、清水慶彦作曲/白傘蓋陀羅尼によるインヴェンション(2011年、5分10秒)。清水は黛敏郎の研究者で、JCMR Kyotoのメンバー。プレトークでは清水が「パラフレーズに近いものを作った」と話しました。今回が初演です。電子音楽とチェロの生演奏の共演です。チェロ独奏は、大西泰徳。チェロの独奏から始まります。不協和音が演奏された後、スピーカーからも電子音でチェロの音色が流れます。多重録音でカノンを聴いているようでした。その後に加わった電子音は黛作品を高速で早回ししているようです。使用している作品は、前曲のバレエ「THE KABUKI」より「Prologue」でしょうか。その後、子供の声が入り、何かのお経を読みます。チェロはトレモロで高音を演奏。最後は「ほこほじゃほろに」(?)という言葉が繰り返され、音程が低くなって終わります。
最後に、清水が「このストイックな企画に長時間ご一緒いただきありがとうございました」と話し、20:05に終了しました。

休憩を挟んで約4時間半、黛敏郎の世界を堪能しました。夜遅くまで完聴した人は本当に音楽を愛している人たちでしょう。まさに「ストイック」という言葉がふさわしい。黛敏郎の作品はオーケストラ曲は聴いているものの、電子音楽は初めて聴く作品ばかりでしたが、貴重な音源がよく集められたものです。関係者の方々に拍手。こんなに安く聴けてよかったのでしょうか。
黛敏郎は、来年(2012年)に没後15年を迎えます。有名なオーケストラ曲でもCDのリリースやスコアの発売が少ないので、これを機に黛敏郎がもっと注目されて欲しいです。

(2011.8.31記)


京都芸術センター



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