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2004年10月10日(日)14:00開演 トッパンホール トルヴェール・クヮルテット ドビュッシー(新井靖志編)/四重奏曲〜4本のサクソフォンのための 座席:学生席 1階 A列22番 |
初めての室内楽演奏会がサクソフォン四重奏という人は珍しいかもしれません。「惑星」のサクソフォン編曲が都内全曲初演されるということで迷わず聴きに行きました。
トルヴェール・クヮルテットは、1987年に結成されたサックス四重奏団です。ソプラノサクソフォンの須川展也は東京佼成ウィンドオーケストラのコンサートマスターだけでなく、クラシック以外でも活躍しています。
トッパンホールは、その名の通り凸版印刷株式会社が運営しているホールで、トッパン小石川ビルの1階にあります。飯田橋駅から少し歩かなければいけないので地理的にはいまひとつの立地ですが、音響がいいことから稼働率は高めです。
今回の演奏会は、芸大生のメリットを生かして、学生席を購入しました。ただし、座席はなんと最前列。しかも、周りは制服姿のいかにも吹奏楽部でサックスを吹いている高校生ばかりで、私は浮いていました。客席はほぼ満席で、好評につき追加公演も出たくらいでした。
トルヴェール・クワルテットの4人が登場。左からソプラノ(須川)、アルト(彦坂)、バリトン(田中)、テナー(新井)の順に座って演奏しました。プログラム1曲目は、ドビュッシー作曲(新井靖志編)/四重奏曲〜4本のサクソフォンのための。ドビュッシー作曲/弦楽四重奏曲をテナーサクソフォン担当の新井靖志が編曲した作品です。もともと弦楽四重奏として書かれているだけあって、原曲にかなり忠実な編曲でした。初めの一音で心が奪われました。のびやかなフレージングがすばらしく、またアンサンブルの乱れもなく一体感がある演奏でした。さすが気心が知れたアンサンブルを聴かせました。サクソフォンは楽器の特性上、発音がはっきり出ますが、それが長所として作用して弦楽四重奏よりも勢いを感じさせる演奏になりました。演奏楽器をサクソフォンに置き換えたことによって、表現の幅が広がったように感じました。スタッカートやテヌートの処理も弦楽器と比べて遜色なく、自由自在に楽器を扱っていました。トゥッティでは力強いパワーが感じられましたが、必要以上にうるさくなることはありません。特に、第1楽章と第4楽章は、原曲以上の魅力を感じさせる演奏でした。トレモロなどの弱奏では、トーンホールをふさぐバコバコする音が少し気になりますが、許容範囲内です。特に須川のソプラノサクソフォンは、身震いせずには聴けないほどの美しい音色で、決して音色がキンキンしないところに好感が持てました。アンサンブルを終始リードしていました。
演奏終了後、メンバー4人が順番にマイクを持って、簡単な自己紹介や休憩後に演奏する「惑星」に関するざっくばらんな話がありました。
休憩後のプログラム2曲目は、ホルスト/長生淳作曲/トルヴェールの「惑星」。ホルストの原曲に長生淳が「彗星」「冥王星」「地球」を新たに作曲して構成した作品です。「彗星」はその名の通りどの曲順で現れるか分からないとのこと。長生淳とトルヴェール・クワルテットとは「長い付き合い」だそうで、以前から作品を提供しているようです。ピアノが加わり5人での演奏。
演奏を聴いてびっくり。これはもう編曲ではありません。作曲です。ホルストの原曲の素材を借りたまったく新しい作品でした。ホルスト以外の作曲家からの旋律の借用もあり、原曲の形跡をとどめないまさに衝撃的な作品でした。そもそも大規模管弦楽作品をたった5人で忠実に演奏することはおよそ不可能なので、それなら新しい作品として聴かせようという意図があったように思います。プログラムに寄せられた長生淳の言葉によると、ホルストが意識した惑星にまつわるローマ神話の神々の性格にしばられず、トルヴェール・クヮルテットの持ち味が存分に発揮できるようにいろいろと細工を施したとのことです。リズム音型を変更したり装飾音を頻繁に使用したりサクソフォンアンサンブルを楽しめる作品でした。ただし、原曲のあまりの変貌ぶりにとまどいを覚えたことも事実です。最初から最後まで圧倒されっぱなしでした。
火星は、冒頭からさっそく「木星」を借用。ピアノが不規則なリズムを刻むなかで、サクソフォンが演奏する旋律は原曲のリズムを自由に変更していました。また、原曲にあるゆっくりした部分はカットされていました。
金星は、ピアノの音量が大きくてうるさく感じられました。全体を通していえることですが、ピアノとサクソフォンという組み合わせはやはり少し異質に聴こえました。長生淳はピアノにもサクソフォンと同じくらいの役割を与えていましたが、私はあまりピアノが目立たないほうがよいと感じました。
水星は、頂点で火星のリズム音型を聴かせるのがユニーク。
木星は、ジュピターつながりということで、モーツァルト作曲/交響曲第41番「ジュピター」を登場させました。途中からはジャズのノリ。平原綾香が歌った有名な旋律は、やはり感動的。原曲がよいとどんなアレンジでも美しく聴けます。
土星は、「美しく年齢を重ねられるよう」(長生淳)という編曲でしたが、少しスケールが小さくなってしまったのが残念。
天王星は、最も力を入れて作曲したと思われます。バリトンサクソフォンをまだ修行中の魔術師として性格づけ、わざと音を間違えて演奏させました。会場から笑いが漏れました。R.シュトラウス作曲/交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」や、デュカス作曲/交響詩「魔法使いの弟子」を大胆に借用。
彗星がここで登場。この曲のみピアノなしのサクソフォン四重奏で演奏されました。サクソフォンらしさが発揮された快活な作品。
海王星は、海つながりで、ドビュッシー作曲/交響詩「海」が登場。ここでもピアノの拍感が余計に感じられました。原曲の雰囲気を尊重するなら、ピアノなしでもいいのではないでしょうか。
冥王星は、イギリスの作曲家C.マシューズが作曲していますが、それとはまったく別の作品です。長生は「黄泉の国の神」として、ホルスト作曲/セント・ポール組曲を借用。また、「最果て惑星だけに、帰りを待ち望む歌」として、グリーグ作曲/ソルヴェイグの歌が登場しました。
地球では、EARTHというアルファベットの綴りから、E-A-D-C-Hの音をつなげて旋律を形成。最後にホルスト作曲/吹奏楽のための第1組曲が登場し、意気揚々と曲を終わります。しかし、我々が住んでいる惑星だけに、もう少しおもしろい要素を取り込んで欲しかったですね。期待外れでした。これが地球の音楽なのかは大いに疑問です。
他にも隠れている旋律があると思いますが、残念ながら聞き分けられませんでした(須川も「1回で聴き取れる人はいないでしょう」と言っていました)。分かる方がおられましたら教えてください。
演奏は、前曲同様すばらしい技術で聴かせました。アンサンブルの組み立て方としては、ソプラノサクソフォンの須川に他のメンバーがぴったりと付いてきている印象です。長生淳の編曲に確信を持って演奏している点に感銘を受けました。
演奏終了後のカーテンコールでは、客席に座っていた長生淳がステージに呼び出されました。若くてとてもまじめな作曲家という印象でした。また、メンバーの5人が背の順でステージに現れたりで楽しませてくれました。拍手に応えてアンコール。木星の後半部分を演奏。鳴り止まぬ拍手に応えて、アンコール2曲目は、天王星を演奏。さっきよりもアドリヴが効いてました。
吹奏楽部でクラリネットを演奏していた私にとって、サクソフォンはあまり好きな楽器ではありませんでした。クラリネットよりも大きな音が出る楽器が同じ旋律を吹かれるとクラリネットが聴こえなかったりするので、そんなに親しみや興味が沸く楽器ではなかったのです。しかし、今回の演奏会では、サクソフォンの楽器の魅力を存分に味わうことができました。サクソフォンの短所があまり感じられませんでしたが、それはトルヴェール・クワルテットの技術水準の高さにあることは言うまでもありません。トルヴェール・クヮルテットはまさに理想的なサクソフォンアンサンブルと言えます。
今回の演奏会では、「惑星」がかなり注目されていましたが、私はドビュッシーのほうが楽しめました。長生淳の「惑星」は実に大胆な作品ですが、原曲が持つ雰囲気を排除している点はなかなか評価が難しいでしょう。
(2004.10.31記)