ロームミュージックファンデーション音楽セミナー2004レッスン見学会


   
      
2004年5月5日(祝・水)14:30開演〔見学会1〕
2004年5月5日(祝・水)17:00開演〔見学会2〕
京都コンサートホールアンサンブルホールムラタ

指導講師:湯浅勇治(ウィーン国立音楽大学指揮科教授)〔見学会1〕
       三ッ石潤司(ウィーン国立音楽大学声楽科伴奏助教授)〔見学会2〕
ピアノ:三輪郁、小梶由理、大森洋子〔見学会1〕

受講生:伊藤翔(桐朋学園大学指揮科)
    鬼原良尚(東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校)
    羽部真紀子(東京芸術大学指揮科)
    三ツ橋敬子(東京芸術大学大学院指揮専攻)

座席:全席自由


ロームミュージックファンデーションが実施している音楽セミナーも今年で15回目を迎えました。昨年度から新たに指揮者クラスが開催され、今年はその2回目になります(2003年度実施の詳細は、『音楽の友』2003年9月に掲載されています)。内容は、オーディションで選抜された受講生が合宿形式で指導講師から指揮の技術に関するレクチャーを受けて、その成果を最終日のコンサートで披露するというものです。5月7日のコンサートのチケットが早々と完売したことからも、全国的に注目を集めている企画であることがうかがえます。
今回は、コンサート前々日に行われた公開練習(90分×2コマ)を見学しました。翌日には小澤征爾氏と小澤征爾音楽塾オーケストラによる公開練習があったのですが、平日だったので行けませんでした。残念。チケットは事前にハガキで申し込んで、抽選で入場整理券(無料)が送付されてくるとのことでしたが、運良く2コマとも取ることができました。

客席は普段のコンサートよりも女性の姿が目立ちましたが、スコアを持参するなど熱心なクラシックファンも多数来場していました。見学会1では、湯浅勇治氏が指導。湯浅氏は、曽我大介、下野竜也、金聖響など多くの指揮者を輩出しています。
オーケストラを雇えないときは、ピアノ連弾用に編曲された版で指揮の練習をするということで、ステージにはピアノ2台が置かれており、三ッ石潤司、三輪郁、小梶由理、大森洋子の各氏が連弾でピアノを演奏しました。受講生が次々に指揮台に上がり、教材のハイドンとモーツァルトの交響曲の一部を指揮しました。湯浅氏曰く「ハイドンの作品は基礎を学ぶのによくできている。インスピレーションだけで作曲していない。しっかりとした形式がある」とのことです。
受講生は客席に向かって指揮をすることになるので、少し緊張した面持ちで指揮を披露しましたが、湯浅氏から厳しい注文が飛んでいました。湯浅氏が特に重視していたのは、指揮法の基礎(音符の長さ、装飾音、アクセント、アーティキュレーション、シンコペーション、前拍をどう指揮するか、テンポキープ、意志を持たせること)、調性についての理解(D-durはオーケストラがよく鳴って明るいイメージがする、durとmollの違い、転調したときも本来の調性を忘れない)、コミュニケーション(奏者と音楽する)、一生懸命にならず音楽を楽しむこと、などです。また、音楽の進み方を歩き方に例えながら、「手を動かしている割には音楽が進んでいない」などコメントしていました。その他にも、指揮には法則がないので1拍目の動作が重要である、古典派のスタッカートは音の間を切る意味である、ピアノを指揮に合わせるときは、棒が上がったときに弾くとタイミングが合う、など有用な知識が披露されました。
指揮練習の目標として、オーケストラをコントロールできるまで練習することを挙げていました。湯浅氏も指揮棒を使わずに指揮を披露しましたが、音楽の特徴をつかんだすばらしいものでした。身振りだけでピアノの音が生命感を持つようになるのには驚きです。

続いて行われた見学会2では、三ッ石潤司氏が指導。湯浅氏曰く「三ッ石氏の指導は世界で一、二を争う」ほど優れた内容で、小澤征爾も絶賛したようです。ステージにはピアノが1台置かれており、三ッ石氏が、ピアノを使った練習は、指揮者の総合的な訓練として有用で、指揮者は少なくともピアノは弾かなくてはならないとの説明がありました。また、ピアノは和声、リズム、メロディーを一気に演奏できる唯一の楽器であるが、一人で弾いていてもひとつの楽器だと考えてはいけない、音色のバラエティや表現力などピアノ1台でどこまで表現できるかが重要である、と説明されました。
はじめに即興で作曲を行なう練習が行われました。譜面(河合出版発行)に書かれている和声の枠組みとリズムを使って、その場で旋律を作曲するという練習です。これは、「音楽は人間と人間のコミュニケーションで成り立っているので、前もって作るのは無理である。相手がどう出たかによって、指揮者は臨機応変に対応しなければならない」という三ッ石氏の考えによるもので、「音楽を先に思い浮かべて状況を判断すること」、「パニックにならず最後まで通すこと」、「頭で考えずに次々と実践すること」が重要であると述べておられました。受講生がそれぞれ取り組みましたが、同音連打をやめる、跳躍を入れる、非和声音を入れる、などレベルアップしていきました。もし失敗したと思っても、経過音として扱って理屈がつくようにすればいい、どう説得力がある旋律にするかが重要であるとのことです。このように、楽譜に書いてあることをとっぱらう練習は、日本の音楽大学ではなかなか行われていないということですが、とても参考になりました。湯浅氏によれば、ヨーロッパでは鉄道模型を5本同時に走らせて、パニックに慣れる練習が行われているようです。
続いては、リズム練習。間宮芳生がアフリカの民族音楽を題材にして作曲したピアノ作品を教材にして練習が行われました。この作品は十六分の五拍子で書かれているのですが、分割すると、2+3+3+2になるという特異なリズムで構成されています。ピアノで演奏してこれを分割せずに五拍子として取れるようになることがねらいです。ビートを自然に流していけるように、手が勝手に動くようにする練習が行われました。
最後は、モーツァルト作曲「フィガロの結婚」のレチタティーボのピアノ編曲版を使って、自分で歌いながらピアノを弾く練習が行われました。また、その場面の心理をオーケストラに移し替えたモーツァルトの楽曲について詳しく分析しました。三ッ石氏は、モーツァルトの作品にはいろいろなアイデアが詰まっていて、登場人物の人間性をモーツァルトは巧みに描いている、アクセントや強弱記号の設定などにも心理的な意味が隠されていると解説しました。さらに、言葉を理解する重要性にも触れ、言葉が分からなければ、どこがおもしろいのか分からない、あらすじだけでなく、心理的状態を読む必要があると説明しました。また、モーツァルトの交響曲やピアノ作品でも、オペラと似たような旋律があるので、それを覚えていればオペラ以外の作品でも、モーツァルトの心理状態は分かる、オペラを見ることで、ピアノ曲を演奏する場合でも同じ感情で弾けばいいと説明されました。
この日の見学会の締めくくりとして、湯浅氏が、指揮者の勉強を続けるのは難しいが、小澤氏は毎朝5時起きで勉強している。しかも演奏会はすべて暗譜で指揮している、と説明しました。

このレッスン見学会を通しての感想ですが、音楽に興味を持っている者にとっては、音大の授業に参加しているようで大変勉強になりました。公開練習は、あまりにも専門的なことをやると観客がついて来れなくなるという難しさはありますが、それでも指揮者をどう養成しているのかその一端を見ることができるのは、非常に価値があることです。レッスン見学会は、日本から指揮者を多く育てていく趣旨を持ちながら、練習を公開することで音楽愛好家の裾野をさらに広げていこうという大変意義があり評価できる取り組みです。次年度以降もぜひ継続的に実施していただきたいです。なお、このレッスン見学会の模様は、ビデオカメラ2台で収録されていたようなので、どこかで放映されるかもしれません。

(2004.5.9記)




第17回NTT西日本N響コンサート 都響プロムナードコンサートNo.309