J.S.バッハ/ゴルトベルク変奏曲


◆作品紹介
2段鍵盤を持つクラヴィーアのために作曲され、「クラヴィーア練習曲集第4部」として1742年に出版された。バッハ自身は「2段鍵盤を持つチェンバロのためのアリアと種々の変奏」と名付けたが、通称「ゴルトベルク変奏曲」と呼ばれる。その理由は、バッハの弟子でクラヴィーア奏者のヨハン・ゴットリープ・ゴルトベルクのために作曲されたからである。ゴルトベルクが仕えていたドレスデン駐在ロシア公使のヘルマン・カール・フォン・カイザーリンク伯爵が不眠症に悩んでいたため、当時14歳のゴルトベルクがバッハに作曲を依頼したとされる。この有名な逸話は、フォルケル著『ヨハン・セバスティアン・バッハの生涯と芸術と作品について』(1802年)に記載されているが、近年では疑問視する説もある。
冒頭に演奏される主題「アリア(Aria)」をもとに30の変奏が展開され、最後は同じアリアで締めくくる。「アリア」は、バッハが後妻のために作曲した「アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集」(1725年作曲)から引用している。変奏されるのは右手で演奏されるメロディーではなく、左手で弾かれる低音の定旋律である。3つの変奏で1グループを形成していて、3つごとに「カノン(Canone)」が登場する。さらに登場するごとにカノンの音程間隔が1度ずつ広がっていく。すなわち、第3変奏は同音のカノンから始まり、第27変奏では9度のカノンに達する。第30変奏「クオドリベット(Quodlibet)」では、当時流行していた2つの俗謡を引用する。
第15変奏を境に作品を分割することができ、第16変奏「序曲(Ouverture)」から後半に入る。変奏によって、1段鍵盤で弾くか2段鍵盤で弾くか指定されている。また、各変奏とも前半と後半に反復記号があるが、反復せずに演奏されることも多い。


◆CD紹介
演奏団体 録音年 レーベル・CD番号 評価
ヴァルヒャ(cemb) 1961 EMIクラシックス TOCE14123
ニコラーエワ(p) 1986 BBCレジェンズ(輸) BBCL4228-2
ヴァユリネン(アコーディオン) 2003 アルバ(輸) ABCD191


ヴァルヒャ(cemb) 【評価B】
2回目の録音で、モダン・チェンバロでの演奏。明るい音色で華やか。強奏ではきらびやかで豊かに響く。変奏によって、チェンバロの音色を変えるのが楽しい。高音のかわいらしい音色が特徴的で、第18変奏などはパイプオルガンのように聴こえる。第3変奏左手、第8変奏左手、第19変奏両手、第27変奏左手はミュートをかけて、琴のような音色を出す。
楽器の特性上、打鍵がかなりはっきりしている。拍感が明瞭で軽快。古楽器奏法は採用せず、装飾音もあまり強調せず自然体。
全体的に速いテンポ設定で、短調の第15変奏、第21変奏、第25変奏もテンポが速い。最後のアリア以外はすべての反復記号を繰り返す。1回目と2回目で表情はまったく変えずに演奏する。
アリアは速いテンポが機械的でややせせこましい。14小節の十六分音符の装飾音を八分音符のように演奏していて、ちょっと違和感がある。第7変奏は速いテンポでリズムが弾みまくり。躍動感がすごい。第16変奏前半は、連符と装飾音のスピード感がある。第20変奏後半の左手はところどころでギターのような音色がする。第26変奏はリズミカルで歯切れがよい。


ニコラーエワ(p) 【評価B】
ライヴ録音。アリアから速いテンポで軽やかに弾かれる。女性ピアニストらしく、優しいタッチで音色も明るい。散文のような空気感があり、堅苦しくない。聴きやすい演奏で身構えなくても聴ける。インテンポを守るよりは、テンポを揺らして感情豊かに弾くことを優先し、リタルダントを多用する。左手の音符も比較的見えやすい。短調の変奏も音量は落とさずに演奏する。
その反面、重厚感や厳格な表情には欠けるが、こんなバッハがあってもいい。テクニックは余裕も感じるが、後半に進むにつれてミスタッチが増える。
各変奏において、前半および後半の反復記号で繰り返す場合と繰り返さない場合があるが、規則性はなく基準は不明。2回目は1回目よりも音量や動きを落として弾くことが多い。
第13変奏はテンポの揺らし方がすごく、途中で止まりそうなほど。第15変奏は音量が大きい。最後の1小節でリタルダントをかける。第16変奏前半はけっこう感情を込めて弾く。第29変奏は全曲で一番強い打鍵。ペダリング効果で重厚に響かせる。最後のアリアは冒頭よりも速いテンポで反復せずに弾く。



ヴァユリネン(アコーディオン) 【評価A】
アコーディオンによる演奏。主旋律よりも伴奏の聴かせ方に特徴がある。細かな音符がリズミカルに躍動し、表情も豊か。テンポが速い変奏では、指もよく動く。蛇腹を動かして空気を供給しないと音が出ない楽器の構造を考えると、驚異的なテクニックである。演奏している姿を見たい。
変奏によって音色を変える。パイプオルガン、ハーモニカ、サックス、フルート、クラリネットに似た多彩な音色が聴ける。低音はゴーという底から響く音がすごい。アコーディオンの魅力や万能性を再発見させられる。最後のアリア以外は、反復記号をスコアどおり行なう。
アリアは、アコーディオンにしては柔らかく、オルガンを少し硬くしたような音色。第1変奏は繰り返しの7小節からスコアにない装飾音をつけるが違和感なく聴ける(他の変奏でも一部で装飾音をつける)。最後はデクレッシェンドして終わる。第4変奏はスタッカート気味に強い音圧をかけて、言い切るような断定口調で響かせる。第5変奏はテンポが速く、目まぐるしく音符が流れていく。音圧は強くなく、一転してフワフワした響き。第7変奏は2回目でオクターブ上げて演奏する。第8変奏は二声の動きがよく見える。第13変奏は1回目と2回目で音色を変える(第24変奏も同じ)。ピアノよりも音価の持続が容易なので、伴奏がよく響く。第16変奏はパイプオルガンのように荘厳に響く。第20変奏はアコーディオンで演奏するのが難しいらしく、速く弾きすぎて拍が余る。第29変奏は十六分音符の和音が豪快に響く。第30変奏は徐々に盛り上げていき重厚に響かせる。アコーディオンで演奏されていることを忘れるほどである。



2009.10.16 記
2011.8.9 記


バルトーク/管弦楽のための協奏曲