〔芸大課題〕20世紀の音楽「ペレアスとメリザンド」

20世紀の音楽
「ペレアスとメリザンド」に見るフランス音楽とドイツ音楽の特性

本稿では、「ペレアスとメリザンド」を題材として作曲されたドビュッシーとシェーンベルクの２作品を通して、フランス音楽とドイツ音楽の特性を考察した。

ドビュッシー作曲：歌劇「ペレアスとメリザンド」
メーテルランクの戯曲「ペレアスとメリザンド」が初めて上演されたのは、1893年のことである。この上演を観たドビュッシーは、歌劇「ペレアスとメリザンド」を作曲し、1902年に初演を行なった。これはドビュッシー唯一の歌劇作品となった。
この作品は、台本にメーテルランクの戯曲をそのまま使用している（メーテルランクはベルギー人だが、彼の作品はすべてフランス語で書かれている）。ドビュッシーは戯曲にあった４つの場面（第１幕第１場「お城の門」、第２幕第４場「城中の居室」、第３幕第１場「城中の居室」、第５幕第１場「城中の地下室」）を割愛し、他の場面でも部分的に修正が加えられているが、メーテルランクの戯曲を極めて忠実に使用している。
作品の構成としても、独唱が重視されている。オーケストラは台詞の表情付けをサポートする役割に徹しており、独唱とオーケストラ伴奏が互いに密着することによって、感情の変化が見事に表現される。伴奏はテンポ感を意識させず、ヨコの流れを重視し、音楽に継続性を与えている。感情の高ぶりを表現する際には、弦楽器や木管楽器の種類を増やしたり音域を変えたりして、和音を重ね合わせている。また、テンポを速めたり、音価を短くしたりして、音楽を揺れ動かしている。作品全体を通して、木管楽器の明るい音色や弦楽器の重層的な響きによって、フランス音楽らしい幻想的な雰囲気が表現されている。例えれば、カラフルな絵の具を使って大きな筆遣いで色彩的に華麗に描いた絵画とでも表現できよう。ところどころで、当時並行して作曲されていた交響詩「海」や「牧神の午後への前奏曲」に似た音楽が聴かれる。これは、この戯曲に海や水に関連した場面設定が多いことも関係しているように思われる（泉…第１幕第１場、海…第１幕第３場、洞窟…第２幕第３場など）。
1901年にドビュッシーがメーテルランクにこの歌劇をピアノで聴かせたときには、メーテルランクは無理解の態度を示したという。また、ドビュッシーは初演前にメーテルランクと不和となった。理由は、メリザンド役にメーテルランクがルブラン（当時メーテルランクの恋人でのちに妻となった）を推したためである。新聞で公開質問状を掲載させるなどメーテルランクの怒りは相当のものであったようだ。

シェーンベルク作曲：交響詩「ペレアスとメリザンド」
シェーンベルクは、交響詩「ペレアスとメリザンド」を1903年に作曲した（1905年初演）。シェーンベルク初期の作品で、彼の唯一の交響詩となった。作曲にあたっては、リヒャルト・シュトラウスからの勧めがあったと言われている。作曲を開始した時点では、ドビュッシーが歌劇を作曲していることは知らなかったようだ。
約40分程度の交響詩であるが、単一楽章で構成されている。楽器編成は４管編成を要する大規模編成で、性格的には交響曲として分類しても差し支えないような作品である。音楽は切れ目なく続くが、戯曲のどの場面を書いているかについてスコアには指示はない（のちにアルバン・ベルクが序奏部と４部に分けて作品分析を試みている）。時間的に考えても、戯曲に書かれていた場面をすべて盛り込むのは不可能であるから、シェーンベルクはドビュッシーに比べて、メーテルランクの戯曲の内容から自由にイメージを膨らませていると言える。しかし、逆に言えば、構成としては非常に複雑で分かりにくい。事前に戯曲のあらすじを理解していないとこの交響詩は楽しく聴けないと思われる。おそらく退屈してしまうだろう。初演時には「地獄のような長さ」と酷評されたが、約100年を経た現在においてもうなずける部分が多いのではないか。
作品は、終始暗い色調で書かれており、モノトーンで華やかさはない。この戯曲を悲劇として捉えていることが理解できる。マーラーが旋律線の交錯を追うのに困難を感じたとされるほど複雑な構成で、最も対位法的に複雑な管弦楽作品であるという評価もある。いくつもの楽想を同時に登場させるなど、一回聴いただけでは作品の特徴をつかみにくい。その点では、スコアに休符を書くのを不安がって常に多くの楽器で演奏させたリヒャルト・シュトラウスの交響詩に似ている。強奏では金管楽器と打楽器が前面に出てきて、対旋律によって新たな旋律や音型が登場する。例えれば、金属製の道具を用いて叩いて作った工作品とでもいえようか。しかも、アクセントが付いた付点音符や三連符の音型によって切迫感が表現される。また、弦楽器は、和音を形成するのではなく総じて１オクターヴ音域が上がり、高揚する。
なお、シェーンベルクは晩年にこの作品をオペラにしなかったことを後悔したとされている。しかし、交響詩として作曲したことについて、「きちんと決められた要素をもって雰囲気や登場人物を表現できた」と語っている。

２作品の比較
ドビュッシーとシェーンベルクの２作品の特徴を見てきた。同じ戯曲を題材にした音楽だが、ここにはドイツ音楽とフランス音楽の特性が明快に表れている。
ドビュッシーは、音楽が持つ方向性としてヨコの流れを与えており、その流れをふくらませたりしぼめたりして感情の変化を表現している。音楽の流れが小節線に規定されることがなく、打ち寄せる波のように流動的である。これは自由で強いアクセントを持たないフランス語が有する性格と密接に関連していると言える。ドビュッシーは音楽史上では「印象主義」を確立した作曲家として認識されている。印象主義の言葉は、もともとフランスの画家、モネの絵画を形容するために用いられ、その後音楽を表現する際にも使われるようになった。ドビュッシーは自らの音楽を印象主義として分類されることを拒んだとされるが、ドビュッシーは1890年頃から1910年頃にかけてフランスを中心にして現れた印象主義音楽の先頭にいた。長年にわたってドイツ音楽の影響下にあったフランスにおいて、ドビュッシーはドイツ音楽に意識的に対抗する音楽様式を作り出した。その特徴は、五音音階や全音音階、教会旋法の多用である。これらの音階は、全音階が確立される以前に使われていた音階であるが、ドビュッシーはこれらの音階を再発見し、自らの音楽に取り入れて現代的な新たな価値観を創出した。「ペレアスとメリザンド」においては、戯曲が持つ神話的で幻想的な雰囲気を巧みに表出することに成功している。
対して、シェーンベルクは、音楽をタテに捉えている。リズム音型によって表情の変化を与えようとしており、常にテンポ感がある。アーティキュレーションとしてはアクセントが強調されることが多く、子音が強く発声されるドイツ語の発音との関連性が指摘できる。楽器使用では、金管楽器と打楽器が重要視されている。現実的な音響で、低音楽器がしっかりとした土台を形成している。固く引き締まった音楽設計は、バッハ、ベートーヴェン、ブラームスをはじめとしたドイツ音楽の伝統の延長線上にあると言える。のちにシェーンベルクは、「今後100年間のドイツ音楽の優越が保証される」として、十二音技法による「十二音音楽」を創案した。幹音と派生音の区別をなくし、オクターヴに含まれる12の半音を均等に扱う数学的な作曲技法は、無調音楽に組織的な構成を与えた。しかし、シェーンベルクの名声はドビュッシーに比して低く、音楽史上で果たした役割からすれば軽視されている。これはシェーンベルクがヒトラーから逃れるため、1933年にドイツからアメリカに渡ったことにも一因があるだろう。当時ナチスが求めていた芸術とは、分かりやすく広く大衆に支持される芸術だったため、彼の作曲技法は敬遠されてしまった。その後、十二音音楽は、弟子のベルクやヴェーベルンを経て世界に普及し、第2次世界大戦後に登場したセリー音楽へと発展を見せた。

使用ＣＤ・ＤＶＤ
ドビュッシー：歌劇「ペレアスとメリザンド」
・ピエール・ブーレーズ指揮／ウェールズ・ナショナル・オペラ管弦楽団・合唱団ほか　1992年録音　ドイツ・グラモフォン　UCBG-9027（ＤＶＤ）
シェーンベルク：交響詩「ペレアスとメリザンド」
・ピエール・ブーレーズ指揮／シカゴ交響楽団　1991年録音　エラート　WPCS-11545（ＣＤ）

参考文献
・『最新名曲解説全集第20巻　歌劇Ⅲ』　音楽之友社　1980年
・『最新名曲解説全集第6巻　管弦楽曲Ⅲ』　音楽之友社　1980年
・『対訳ペレアスとメリザンド』　メーテルランク作　杉本秀太郎訳　岩波書店　1988年
・『ドビュッシーとその時代』　ヒルスプルンナー著　吉田仙太郎訳　西村書店　1992年
・『20世紀の音楽』　ソーズマン著　松前紀男・秋岡陽訳　東海大学出版会　1993年
・『レコード芸術』1999年7月号　音楽之友社　1999年

以上

2004.9.5記